第4-1話 「ノワールの街」を満喫しようと思います
5分後玄関前で待ち合わせねと言われ、アバウトは着ていたアロハシャツのまま階段を下りていく。下の階に何があるのか気になったので、時間がくるまで見ていくことにした。
どうやらこの建物は、1階がバーで2階がカフェ、3階と4階が居住スペースとして使われているようだった。木の温もりが感じられる、いずれも清潔感のある綺麗な空間である。ノーティは2階で接客やモーニングの調理をしているようだったが、こちらに気付いて来てくれた。
「アバウト。外に行くのか?姉ちゃ...セレナがいるから大丈夫だとは思うが、エノやオートからくる連中には気を付けろよ」
「エノ?オート?」
「知らないのか?エリシアの街には4つの地域があるんだよ。ノワール、エノ、オート、アエス。で、おれらノワールの人たちを見下してくる奴らってのがエノとオートでね。あいつらには容赦しなくていい。君も魔力開放してブッパしちまいな」
ぜひそうしたいところではあるのだが、「あいにく魔力の使い方を忘れてね~」などとも言えず、「あ、あぁ」と自信なさげな返事をした。
エリシアと呼ばれるこの街はアヴァロニアの北に隣接する大きな都市で、アバウトは魔王だった時から知っていた。しかし、もしその都市の名前を口にしてしまえばフォロがあっという間に襲撃してしまううえ、自身にそこまでの占領欲求はなかったので特に手を出すことはなかった。
ノーティに別れを告げ玄関を出て待っていると、さっきまでとは打って変わって露出少なめの衣装を身にまとったセレナが現れた。ブラウスにロングスカートを合わせ、爽やかで涼しげな色合いをしている。部屋にいた彼女とはまるで見違えるようで、大人へ近づいていく女性の魅力が存分に引き出されている。
「お待たせ~アバウトくん。それじゃ行こっか!」
そう言って彼女はアバウトの手を取った。突然の異性との接触に、アバウトの脈拍は上がっていく一方である。
「あっれ~?アバウトくん照れちゃってる?」
アバウトの顔を覗き込み、にやにや笑っている。アバウトは目をそらし、
「そういうのいいですから!っていうか、噴水の周りに人が集まってますね」
と話もそらした。
「ああ、ホントだね。ノワールの守護者様たちだよ~。敵からの襲撃に備えた集会だね」
ここにいるのは十数人といったところか。魔王時代に戦ったことのある兵隊などとは違い、各々が思い思いの身なりをしている。
「指揮官は浴衣を着てるあの人ね。可愛くてかっこいいよね、フィレさん」
(あー、あの人ね...え、浴衣!?)
確かに該当する女性が1名。銀色の長い髪は腰辺りまで伸びている。周りとは異質の格好をしているのに加え、オーラもまた格別だった。アバウトの元魔王としての血が、この人は強いと騒いでいる。
「続きは歩きながら話そうか」
セレナの言葉にそうですねと頷き、アバウトはセレナと一緒に市場のほうへ歩き始めた。
「この街ってね、他の地域からあまりよく思われてないんだよ」
彼女の言葉で、さきほどノーティから聞いた話を思い出した。ノワールはエノとオートから見下されているという内容だった。
「ノワールは川と海に囲まれてるからさ、比較的平和なの。それにノワールの守護者様たちはみんな戦い方が平和だからさ、 “殺傷能力のない無能軍団” なんで呼ばれたりするんだよね」
「戦い方が平和?戦っているのに平和って、どういうことでしょうか?」
「それはもう、そのまんまの意味よ。この街の名前もNoWarから取ったものだしね」
なるほど、それでノワールなのか。言われてみると、この街はアヴァロニアやシャングリスと比べても、さらに穏やかな空気が流れている...というアバウトの感想は、次の瞬間に上書きされた。
「ようおふたりさん、きみたちここの人間かい?」
(うっわー、こういう人間いっちばん嫌い)
今にも暴力をふるってきそうな身なりである。数は4人か。まあ、喧嘩になったとしてもこんなの楽勝———
じゃない。なぜなら今は魔力が使えないから。魔王時代魔力に頼り切っていたアバウトは、体がバキバキに鍛えあがっているわけでもなく、格闘術ももちろん身についていない。こいつらがノーティが言っていた奴らか。
助けを求めるように隣にいたセレナを見てみると、なんと彼女は余裕の表情をしていた。アバウトに気付いた彼女は「任せて」とささやき、一歩踏み込んで4人と対峙した。そしてそのうちの1人の元へゆっくりと歩いて近づいていき、突然目の前で上着を脱ぎ始め、上目遣いでこう言った。
「これあげるから許して...?」
セレナお姉さん、素晴らしいです!もしオレがあいつらだったら、絶対に許します!とアバウトは思い、そのとおり4人の暴漢のうちの3人はセレナの提案に大きくうなずいた!ところが...
「おいてめえら!何考えてんだえー?」
「ひゃーっ!」
作戦は失敗したようだ。残り1人を落とせなかったセレナは、相手に背を向けてこちらへ走って戻ってくる。
「逃げようアバウトくん!」
セレナの勢いに押されて、アバウトは猛スピードで逃げることにした。逃げ足の速いセレナに向かってアバウトはこう尋ねた。
「任せてって言ってませんでした?っていうかあれは何ですか!?」
「おっかしいなー、いつもはあれでうまくいくんだけどな。お姉さん、やっちゃいました」
セレナはテヘッというような表情をアバウトへ向けた。アバウトは彼女のかわいらしいその表情に改めて惚れ、そしてこけた。
「大丈夫!?」
セレナは近くに腰を下ろし、手を差し伸べた。彼女のきれいな手をアバウトがつかもうとしたその時、
「こるぁぁ!」
と大声が背後から聞こえてきた。さっきのやつらだ!このままでは追いつかれてしまう!
「セレナさん、先に行ってください!オレは魔王の力を開放するので大丈夫です!」
このアバウトの言葉には、セレナが安心して先に逃げられるようにという意図があったのだが...
「魔力開放!?見たい見たい!」
だめだこれは。逆効果だったようだ。暴漢どもはすぐそばまで迫っている。それでもやるしかないので、とりあえず転んだ姿勢のまま闇の魔法の詠唱を始めた。
「光の世界にこんにちは。闇の世界にこんばんは。わが力よここに集え」
本当ならばこの時点で手のひらに魔力の核が生成されるはずなのだが、やはり何も起きない。魔力が体内を流れるあの感覚は、今となってはかけらも残っていなかった。
「アバウトくん危ないっ!」
暴漢の持っていた木刀がアバウトに触れた瞬間...!
吹き飛んだのは暴漢のほうだった。セレナも暴漢たちも、もちろんアバウトも何が起きたかわからなかった。
「...アバウトくん、すごい!さすがは元まお...オホン」
その事実を、一応隠す気はあるようで安心した。
さて、いったい何が起きたのだろう。その答えはすぐに見つかった。
「まったく。暴漢さんたちには早く帰っていただきたいです」
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