第3話 「エリシアの灯」を満喫しようと思います


「...ちょっと姉ちゃん、なんで勝手におれの部屋に入ってきてんだよ!」

「えぇ~、いいでしょ~?ノックしても返事なかったから~」

「シャワー浴びてきたんだよ...ってか服着ろ服!あ、やべ!」


 清潔感のある見知らぬ部屋。

 ふかふかのベッドの上でアバウトは、男女の声で目を覚ました。


 頭を横に向けると、少なくとも上半身はいかなる布にも覆われていない女性が、のぞき込むようにこちらの顔を見てくる。


「あ、起きた」


 その瞬間バスタオルが男のほうから飛んできて、アバウトの顔を覆った。視界を遮られたアバウトは、バスタオルから石鹸のようないい香りがすることに気付いた。

(あ、これあのシャワー上がりの男が腰に巻いて出てきたやつじゃん...結構濡れてるし)


「姉ちゃん早く服着てこい!」

「は~い」


 そう言うと男は女の背中を押して、部屋から追い出した。


「もうバスタオル取っていいぞ」


 アバウトは「はあー」と漏らしながら顔を覆っていたバスタオルをつかみ、床へ放り投げる。そしてつぶやくようにこう言う。

「お前の姉ちゃん、可愛いのな」


「なっ...!ちょっ、おまっ...」

 男の顔を見ると赤面している。


「ぁあと、おれは“お前”じゃない、ノーティだ」


 アバウトより少し年下に見えるその男は名乗った。


「そうか、よろしくなノーティ。オレはアバウト。元魔王だ」


 アバウトは口が滑った。自らそれを言うつもりはなかったのだが。


「おう!おう、おう...魔王!?アバウト!?まじで?」

(あ、いや~その~、魔王っていうかなんていうか、まあそうなんだけど...)


 ごまかす方法を考えてはみたものの、思いつくこともなく割り切った。

「そうだ我こそが魔王、アバウトである!我の前でひれ伏すがよい」

「いやアバウト、さっき“元魔王”って言ったよね?」


(頭の切れる奴め。ここは下手に出るしかないか)


 スーッ。


「フォロ様アバウト様ノーティ様!このことは2人だけの秘密にしてくださいますよう、お頼み申し上げまする!」

「あー、あのねアバウト。ちゃっかりアバウト様って自分で言ってるけど、君“元魔王”だからね?フォロ様ってのもわからなかったけど...まあいいよ。2人だけの秘密な」



「3人、じゃないかな?」


 声ですぐにわかった。さっき部屋から出ていったはずのノーティの姉ちゃんだ。

アバウト(一番聞かれちゃいけない人に...)

ノーティ(聞かれてしまった...)


「やあ、元魔王のアバウトくん。私はセレナだよ、末永くよろしくね」


 さっき一瞬見たときは彼女は座っていたので気付かなかったが、こうして見てみるとスタイルの良さに驚いた。アバウトやノーティよりも背が高いようで、歳はアバウトより1つか2つほど上に見えた。


(...というか末永くって何だよ!あといい加減服着ろよ!)


「ねえねえ、魔王ってどんな感じなの!?すごい魔法とか使えるの!?見せて見せて!」

 セレナはアバウトの両手を掴んでぐいぐいくる。アバウトに興味津々な彼女はとても興奮しており、それに応えてあげたいのだが...。


 アバウトはあの時から気付いていた。己の保有する魔力が使えなくなっていることに。

これが、禁断の魔法<ダメなマジック>による魔力の封印なのか。どうやら魔力自体は消えていないようであるが、それが使えない、というより使い方を忘れているようだ。だからごめん、セレナさん!


「申し訳ないのですが...今魔力を使ってしまうとこの町を滅ぼしかねないので...」


 アバウトは適当なことを言った。魔力を使えないと言えば、彼女を失望させてしまうと思ったからだ。

 セレナはそれを疑うこともなく、

「すっごい!やっぱり魔王って強いんだね~」

と言って、掴んでいたアバウトの両手を離した。



 刺激的な彼女から少し距離がとれたことにほっとして、部屋をぐるりと見渡してみると、大きな窓からは西洋風の街並みをのぞき見ることができた。遠くのほうには連なる山々があり、まぶしい朝日が東の空に昇っていた。


(美しい景色だ...)


 この建物の前には石造りの広場があり、真ん中には大きな噴水がある。この広場を円状に囲むのが市場で、食べ物や装飾品などを売る多くのお店が並んでいるようだ。


「ここは4階建ての最上階だからね~!」

 窓から街を見下ろすアバウトの後ろで、セレナは満足げな表情を浮かべている。


「ノーティ、ちょっとお店手伝ってくれる?」

 下の階から聞こえてきた声の主はノーティの母だろうか?呼ばれたノーティは「わりぃなアバウト」と部屋から出ていった。

 

 セレナはアバウトの肩に手をポンッと置き、耳のすぐそばでささやいた。

「それじゃあアバウトくん、セレナお姉さんが街を案内してあげようぞ」

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