まほうのつかえないまじょ
トンデモない事実が発覚してはや3分、やっとのことで落ち着きを取り戻していた。
「……はぁ……はぁ……バステカ、落ち着いた?」
「……はぁ……はぁ……元はと言えばお前のせい……だろ……」
たった3分とはいえ片や巨大バックパック、片やお子様ボディ、そりゃあお互い息も絶え絶えだ。
走っている途中、俺には少しだけ疑問が湧いた。
「なあ、なんで元の姿に戻らねえの?案外気に入ってるとか?」
「それは……」
アンゼは少し複雑そうな顔をしたが、すぐに胸を張って自信満々に口を開いた。
「実は魔法が使えなくなったんだ!いやー私ほどの天才が損なわれるなんて世界の損失だなー!」
空元気、大袈裟なリアクションからはそう感じざるを得なかった。
……そりゃあ使えたらとっくに使ってるか。
「あー、その姿の方が親しみやすいからしばらくはそれで頼むぜ」
「え?頼むって何を?」
「そりゃあアンゼお前、その体じゃ帰れねーだろ」
道中魔法で焼き払って来たんだ、あの魔の森を1人で抜けられるわけがない。そう踏んでの言葉だったが、アンゼは何故か口をぱくぱくさせるばかりだった。
一層、極彩色の森。
「うっ……やべぇ……」
胃をひっくり返されたような強烈な吐き気が俺を襲う。
この異物感にもいつか慣れる日は来るのだろうか。
「大丈夫か?バステカ」
小さい手で一生懸命背中をさすってくれる。極力刺激しないようにそーっと。
介抱されている身でありながら、俺の頭は一つのことでいっぱいになっていた。
「え、なんで平気なんだ?」
思わず心の声が漏れてしまう。
「なんでも何もこの程度の転移で酔うわけがないだろう?」
「マジデ?」
「どこに嘘をつく必要がある」
顔を見ずともその声色からは自信が溢れており、ドヤ顔をしていることは想像に難くない。
疑っていたわけではなかったが、アンゼは結構すごい魔女なのかもしれない。神聖術に精通した神官でも、高名な魔法使いであっても転移酔いからは逃れられなかった。
あ〜羨ましい……うっぷ……
「あ、もう無理……」
仮にもそこそこ長く探索者やっている故のプライドか、はたまた最後の抵抗か、流れるような動作でアンゼの死角に移動した。
彼の名誉のためにも何があったかは言えないが、一つ確かなのは、非常にスッキリとした表情をしていた。
「ば、バステカーーー!」
探索者シーカーを始めてから今日に至るまで、ヨバルが一層を抜けられないのにはワケがあった。
地上でも戦闘経験がなく、ダンジョン探索者シーカーになってからも真っ向から魔物とやり合ったこともない、言ってしまえばただ単に弱いだけではあったがもう一つワケがあった。
それはテイホウクインシーでもラビットハンターでもない。
言うなればそれは探索者の業であり、ダンジョンの裏の顔……一層、極彩色の森は徐々にその顔を覗かせ始めた。
ダンジョンは生きている、意思があるのだ。
ダンジョンは略奪者を決して許しはしない。
ダンジョンは土足で踏み荒らす者を決して許しはしない。
好奇心という名の魔物に負けてつい行き過ぎた採取を行うバステカの存在は、ダンジョンにとって目障り極まりなかった。
森を焼き、いたずらにダンジョンの物を毟り取る……テイホウクインシーが現れるまでに重ねられた蛮行はより一層、極彩色の森の怒りを燃え上がらせた。
「あー、魔女っ子。しっかり捕まってろ、絶対に振り向くなよ?いいか絶対だぞ?トラウマになるからな」
「……え?」
首を傾げるアンゼをひょいっと持ち上げるとバックパック上に乗せた。
今この間にもダンジョンはどんどん変貌していく、こうなってはもう走り抜けるしか道はない。
あれほど多様に彩られていた森はいつしか赤一色に染まり切っており、森中の魔物の気が立っていた。
「押し通る!」
スライムボール?樹液?そんなものは関係ない、今の奴らにあるのはただ一つ、ダンジョンに紛れ込んだムシケラを排除することのみ。
極度の興奮状態に陥った奴らは一層が綺麗になるまでひたすらに突き進む。
理性は既にほとんど失われており、通常時のような頭を使った行動は見られない。
それ故に大量の魔物が同胞を踏み潰しながら前へ前へと進む姿は軽くホラーだ。
「ななななんだあれは!?ひぃぃぃぃ!」
そうそうこんな風に悲鳴を上げるハメに……ん?
「なに振り向いてんだぁぁぁぁ!!!」
あれほど念を押したのに一分とせずに振り返りやがった。
それはもう恐ろしいものを見たんだろう、さながらゴキブリの大群が一斉にこちら目掛けて飛んできたかのような悲鳴を上げていた。
大きく揺れるバックパックに引っ張られないように一歩一歩踏みしめながら前へ前へ走る。
魔物の群れに飲み込まれないように。
「ファイアーボール!ファイアーボール!」
錯乱したアンゼは一心不乱に魔法を唱えるがそれが実を結ぶことはない。
正確には一瞬炎を顕現させることは出来ていたが、瞬き一つする間にコントロールが効かなくなり蒸散してしまっていた。
「ウォーターウォール!サンダーストライク!世界が終わる時ワールドエンド!」
「なんかすごい魔法打とうとしてないッ!?」
「なんで!なんで出ないんだっ!ウインドブラスト!」
それは偶然か必然か、錯乱するアンゼの手から繰り出された風は魔法という形から大きく崩れ、その場に暴れ狂う風を炸裂させた。
もはやアンゼの手から離れた風は、その膨大な風量を無差別に撒き散らした。
「おわぁぁぁあああ!!」
無差別に吹き荒れた暴風は、奇跡的に俺たちと魔物を分断に成功していた。
それも森を抜け切るまであと僅かというところまで吹き飛ばされていた。
「……ふぅ、大手柄だ、アンゼ」
「あ、あれ……?そうだっ!あの恐ろしい奴らは?」
目を白黒させたかと思えば今度は体を震わせた。魔女様といえど流石にあの死を厭わない魔物の大行進は効いたらしい。ここ一層の魔物は虫型が多いのも要因の一つだろう。
「アンゼ、お前がやったんじゃないか、魔法で。なんだなんだぁ?さっきの魔法使えない宣言は嘘だったっつーことか?」
「私が……?魔法で……?」
「ああ、しっかり風魔法ぶっ放してたじゃねえか。危うく巻き込まれるとこだったぐらいだ。まあそんなことはどうでもいい。さ、早いところここを出るぞ」
信じられないといった目で自分の手をまじまじと見ているアンゼを担ぎ上げ、転移陣目指して歩き出した。
間近ですごい魔法を体験したからだろうか、バステカの気は完全に抜けきっていた。
普段なら目と鼻の先にある転移陣まで走り抜けるだろうにあろうことか歩いていた。
後ろをまるで確認しなかった。
そんな慢心につけ込むようにダンジョンは牙を剥いた。
溢れる激情に身を任せ、その身を構える。幾千の骸を踏み越え突き進んで来た者の荒々しくも洗練されたフォーム。
立派なハサミを輝かせ、ソレは跳び出した。
「がァ……っ!」
突然、腰が強烈な衝撃に襲われる。考える暇もなくすぐに衝撃は消え……いや、感じなくなった。
──真っ二つ。
幾度となく切り裂かれた経験が直感的に答えを出す。
……くそっ油断した!
それでも咄嗟に反応出来たのは日々のダンジョンダイブの賜物だろうか、死にゆく体を片隅に頭は生きるための一手を打った。
「……ふぇ?えぇ何だなんだ!?」
上半身に残る力を振り絞り、アンゼを転移陣目掛けて投げた。
直後、首に強烈な衝撃が走り……意識を手放した。
「ば、バステカーーー!!!」
森には悲痛な叫び声だけが木霊した。
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女神様!ダンジョンを攻略させてください! 奈火 @NabikNight
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