第112話 月華氷刃(げっかひょうじん)4

***




 映画館に着くと、人だかりができていた。

 こんなに人でごった返すことなんかないのに。


 その人たちの話を聞くと、なんでも映画俳優が来ているだとか……。



 『ハイブリッドアーティスト フォア・ローゼス』というポスターが至る所に貼ってある。



「キャー!! こっち向いてぇ!」

「実物、背高! 顔ちっさ! イケ面すぎるぅぅぅ!」

「あーん! 今こっち向いた! 私と目が合った!」

「違うわよ、私に笑いかけたんだから!」




 その人だかりの大半は女性で、皆メロメロになっているようだ。


 人だかりの隙間から見えたその俳優さんは、まるで女性のように白く、サラサラの髪をしていて、眼の色は青く澄んでいた。


 やっぱり女性はこういう人がタイプなんだろうな。

 自分とは対照的だ。



「ポップコーン食べるでしょ? アタシは映画観る時は絶対食べるんだー。さっきお金出してもらったから今度は出すからね。お互い好きな味選んで2種類頼も!(あー超ドキドキするー……楽しすぎるー……)」


 如月さんはそんな人だかりを気にせず通過しようとしていた。


「あ、あれ、なんか俳優さん来てるみたいだよ? 見ていかないの?」


「へー。……え、なんで? もしかしてホッくんの好きな俳優? いいよ、見てく?(ポップコーン何の味にしよっかなー。スパイシーミルクかアメイジングソルト……スパークリングメープルも捨てがたい!)」



 全く興味がない様子で、ニコニコしながらこちらを見てくる。



「いや……。女の人ってああいうイケメン? 好きじゃないのかなって思って」


「……ん……もしかしてアタシに気を遣ったの?w 女子がキャーキャー言ってたからアタシもキャーキャー言うと思って? ハハ! ちょっとウケる(ホントわかってないなぁ)」


「違ったのならゴメン。勝手にそう思っちゃっただけ……」


「うんいいよ。じゃあポップコーンの味を――……(ホッくんは何味にするのかなー」





「あれ……? フミカじゃね?」

「おー、ホントだ! 中学卒業ぶりじゃーん?」



 すれ違いざまに数名の女ヤンキー軍団から声を掛けられた。


 如月さんの友達かな……。

 まあ確かに入学当時の如月さんは見た目ちょっとヤンキーだったけども。


 そういえば今はかなり落ち着いてきているような気がする。

 足を洗った……って言うのかな?



 ……でも如月さんはその声掛けに返事もせず固まったままだった。



「もしかして隣にいるの彼氏? マ? ウ?」

※マジ? 嘘っしょ? の略

「いやそれ茄子。だってフミカのタイプと全然違くね?」

※「それはないです」の略

「確かに。地は良さげーだけど目覚めてないって感じ。誰かピーしたってー」

※プロデュースの意

「逆にフミカはこういうのがタイプになったワケ?」

「ウケる! どうしちゃったん? まさか成長ってヤツ?w」



 言われ放題の俺よりも、如月さんが肩を震わしワナワナしている。

 発言しないからか、その後も言われ放題だ。



「フミカが急にマブ学行くって言うから超ビビったんだよね」

「退学したって話も聞かないしうまくやれてるんなら良かったじゃん」

「あのヤンヤンキーが成長したよねーって感じ」

※ヤンキーの中のヤンキーの意

「あれじゃん? 『ゲベギャル』まんまじゃんw」

※ゲベとは最下位の意



 するとフラフラーっとヤンキー集団へ歩み寄る如月さん。



「おいお前ら……。マジでめねぇとヒすぞコルァ……(いいかげんにしろよコイツら……)」

※ヒすとは捻り潰すの略



 その声に、吹いていた風が止んだ。

 小声ではあったが、あまりにドスの効いた声だったので聞こえてしまった。



「ヒッ⁉ べ、別にウチらはそんなつもりじゃ……」

「お、おい……きょ、今日のところは一旦引くべ……」

「勘違いすんなよフミカ! ウチらはいつだって応援してんだぜ?」

「そうそ! そこの原石クン♪ また会おうねぇ~」



「早く散れ!(アイツらは……!)」



 そう言うと4人衆は立ち去って行った。



「……うう……(あーーん! ただでさえアタシの印象悪いかもしんないのにー! マジ最悪……)」



「き、如月さん。やっぱり友達多いね。うらやましいよ」



 生まれ持った、人に好かれるという才能。

 学生時代の大半をいじめられて生きてきた俺からしたら、その才能は憧れである。


 それと同時に、「嫌悪」という自身にも分からないモノが沸き上がってしまい、吐き気を催す。

 人の幸せを妬んでいるのか、それとも群れてるヤツらが嫌いなのか。


 どちらにせよ、自分の嫌な部分でもある。


 人の幸せと自分の不幸は全く別物……。

 それを妬むなど言語道断……。


 何に対してそんな感情を抱いているかすらも自覚出来ていない。

 何故、如月さんの女友達が多いことで自分の感情が乱れるのかが全くもって理解できなかった。



「う、羨ま……? そ、そう? アイツら……いや、あの子たちにはあたしも手を焼いててね(意外と気にしてない……? うーん、前はあのノリが楽しかったんだけど……今はそうじゃないんだよな……)」



「楽しそうだけどね。あ、映画どうする? 観たいのあるんだっけ?」


 先程までのモヤモヤを振り払うよう、俺は極力平静を貫いた。


 映画館の前で如月さんに聞いたが、どれでもタダで観られるなら気にすることもない。



「え、あ、うーん……どうしよっか……(観るとは言ったけど何観るのか全然考えてなかった! ここは何を観るのが正解なの⁉ アクション? アニメ? でもあたしアニメ少ししか知らないし……ホラー? ミステリー? そこまで興味ないし……コメディ? ドキュメンタリー? 好きピと来てまで……ロマンス? 恋愛? ……ってこれしかないじゃん!)」


「……如月さん?」


「こ、これにしよ(恋愛って書いてあったからもうこれでいい!)」



 如月さんは『ガリレオは恋をした』という映画を指さした。



 恋というからには恋愛モノっぽいな。

 如月さんもそこはやっぱり女子なんだね。


 ……って、だから今はそういう言い方しちゃいけないんだったよな。

 どうも「これは女子っぽい、男子っぽい」みたいな考えになっちゃうんだよな。


 俺の考え方が古いのかな……気を付けなきゃ。

 今は男女平等。

 先入観とか思い込みはいけないんだ。



「へ、へー。恋愛モノかぁ! 俺も丁度観たかったんだ!」



 そう言って時間を確認すると、あと10分で始まるみたいだ。



「あ、丁度もうすぐ始まるぽいよ! ポップコーン買うんだっけ?」


「えっ、ホントにそれでいいの?(適当に決めたんだけど……)」


「うん、早く! 何味にするんだっけ? 飲み物は?」


 そういってポケットからお金を出す。


「あ! 今度はあたしが出すってばー!」


「早く! 時間ないからw 何味か言って!」



「……ホッくんの好きなの……」



「お、俺の? メチャ悩んでなかった? いいの?」


「うん! ホッくん選んで!」



「え、えーと……すみません、ペアポプコセットで……しお味ください。あとウーロンティー。サイズは……じゃあ両方ラージで」


「…………!(し、しお味!! しかも1種類w ホッくんドノーマル決定!! なんか愛おしい……w)」



「よし、じゃあ急ごう!」



 貰ったチケットを機械に通そうとすると、『故障中』の文字が。

 仕方なく近くに立っていた係員に渡す。


「あ、はい! どうぞお通りください!」


「え? あの……半券にしないんですか?」



 素通りさせようとする店員さん。

 これだと券を使っていないことになってしまう。



 胸ポケットを見ると……『研修中』の文字が。

 なら納得がいく。



「あー、すみません! ハイ、どうぞ!」



 そう言ってチケットを切って半券を渡してきた。


 まあどの業界にも研修中の人がいて、その人たちが成長してベテランになっていくんだから。

 こういう時、大人とかが「ゴラァ!」と怒ってるとこを見たことがあるけど、それは仕方がないというもの。

 誰しもが、大人は元々赤ちゃんだったし、プロはみんな新米から始まったんだから。


 俺はそんな声を荒げて怒ることなんか絶対しない。

 まだ学生だしこれから先、大人になっても横柄な態度は取らないようにと決めている。




 自分たちの席に着く。

 まだホールは薄っすらと明るかったため、全体が見えたのだが……。



 周りに学生はいないようだ。

 寧ろ、アダルティな雰囲気が漂ってくる。



「もう始まるかな。丁度良かったね」


「う、うん! き、緊張するね! (ヤバいヤバい、もうついにデート真っ只中!! ついに一緒に映画!!)」



 ……ん、緊張?

 暗くなるからかな?


 そういえば度胸試しで怖がってたもんね。



ビーーーーッ



 おっと、始まるみたいだ。

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