第113話 月華氷刃(げっかひょうじん)3

「余が個に飼われるともなると狭き寝床、では満足せぬ。知っておくが良い」



「ね、猫が流暢りゅうちょうに喋ってる……」


 この気品高き猫は自身の前足を舐めながらそう発言した。


 もしかしてこの世界じゃ猫も喋るのが普通……?

 まあ、魔法世界だし……当たり前のことなのか……。



「あ、あの……。それを俺に言ってもどうしようもない……ですよ。それに今、交渉中だから少しお待ちを……」



 俺は平静を装いながら普通に答えた。



ぬしは余の価値を見抜いておったな。褒めて遣わす。本来ならばそのような端金で取引されることすら今となっては恥なのだが……。この際、ぜいは言ってられぬ。だがあの娘ならば良きもたらしてくれそうよのう」



 なんて言葉遣い……。

 見た目も去ることながら優雅な猫だ……。



「あの、猫さん? それでも最終的に『飼えない』ってなったらお店に逆戻りですよ……」


「猫さん? 余は賢猫けんびょうエリスという名がある。今後は愛着を持ってエリスと呼ぶがよい」


「は、はぁ……」


 自らをエリスと名乗る猫。

 でもこれならちゃんとコミュニケーションが取れて、より家族として迎え入れてもらえるかも。


「……む? 飼えなかったら店に逆戻りとな? それは困る。なんとかしてくれ」


 急に焦り始めたエリス。


「う、うーん……。じゃあ、自分のセールスポイントを伝えたらいいんじゃないかな? 例えば『ネズミを捕まえられる』とか『肉球が柔らかい』とか……」


「余の肉球は至宝であり、ネズミ如きに遅れは取らぬ。……だがあの娘は余をペットとして飼いたいのであろう? 喋ることの出来る猫はペットとして成立すると思うか?」


「え……それはわからないけど……」


 全部の猫が喋るわけではなさそうだけど、ここまで思慮深い猫も珍しいんじゃないかな。


「…………。やはり話すことが出来ることは黙っていてくれ。肉球の柔らかさについては存分に売り込んでよいぞ」


「それは飼うことが決まってからじゃない……?」



「うー……ホッくん……お待たせ……(ううううう……)」



 如月さんの表情からするに、悪い結果になっただろう。

 それが伝わるほどの顔になっている。



「弟に連絡したら『直接言った方がいい』って言われたからさ、お父さんに連絡してみたんだ。猫を飼うこと自体は許可が取れたんだけど……やっぱり金額でストップかかっちゃって……。どうしてもこの子がいいって話したら仮予約してもいいって言ってくれたんだけど……。値段が値段だからね……(ダメって言われたら諦めよう……)」



「そ、そうなんだ……。でも飼うことは許してくれるんだね。そこは良かったじゃない?」



 エリスは俺の肩に飛び乗ると小声で話しかけてきた。



「主、代わりに金を払ってやれ」


「何言って……⁉ 30万なんて大金、払えないよ! むしろ、ペットオーケーが出ただけでも良しとすべきじゃない? それにエリスみたいな高級猫じゃなくて、もっと他のリーズナブルな猫だったら買ってくれるって言うかもしれないよ?」


「な⁉ 余を見捨てると言うのか⁉ 誰よりも先に余の価値を見出したと言うのに」


「いや、見捨てるも何も俺は飼う気ないし……」


「それは随分、人として薄情ではないか?」


「それを言われるほど、まだ情は移ってないけど?」



 さすが賢猫というだけあって言葉が達者だ……。



「あれ、ホッくん。ライラと随分仲良くなってるね。猫が懐かないって言ってたけどそうでもないんじゃない?(猫に話しかけるなんてカワイイとこもあるとか……)」



「いっ、いや……そんなことは……。って『ライラ』って……?」


「ん、この子の名前。(さっきホッくんが言ったライラックなんちゃらっていうのから取ったんだよね)」



「そ、そうなんだ。とりあえず今は仮予約だけしておく感じだね」



 猫にまで速攻で名前を付けてしまった。

 こうなると本気で飼いたくなるだろうな。


 猫に問い詰められるという現実離れした状況から逃げ出したくなっていた俺は、肩に乗っていたエリスを抱き寄せると如月さんに渡した。


 エリスはこっちを見ながらニャウニャウ言っていたが、そんなことはお構いなしである。



「うー……お小遣い前借りして、貯金全財産合わせれば買えなくもないか……。弟からもお金借りるか……(でも慈英から借りるのも気が引けるなあ……)」



 そうブツブツ言いながらペットショップに入っていった。

 うーん……ペットねぇ……。




 如月さんは仮予約をして店を出てきた。

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