第112話 月華氷刃(げっかひょうじん)2

 食べ終えた俺らは駅前にある映画館を目指す。

 その途中、ペットショップの前を通りかかった。



「あ、ねぇねぇホッくん! ちょっと寄ってもいい?(かわいい子いるかなー)」


 外にあるケージの中に、数匹の猫が並んで毛づくろいをしている。

 

「うわーっ! みてみて! どの子もかわいー!!(にゃんちかわいいよー!)」

※にゃんちとは猫のことらしい



 その声に、周囲の視線が如月さんに向いている。

 きっと「君もかわいいよ」と思っているに違いない。 

 客観的に見ても……そうだよなあ。




 ……先程の訂正をしよう。

 「こんな可愛い子が俺なんかを好きになるわけがないし」と。


 どうみたって不釣り合い。

 かと言って凍上さんとも釣り合わないけど。



 ……って、毎回こんな自己嫌悪に陥る。



 仕方ない、そんな星の下に生まれたんだ。

 せめてチームメイトとして頼られる存在にならないとだな。



「この子、超かわいいー! ねえホッくん! ほら! 目が緑色だよ!(なんでこんなキレイな目なんだろ! カラコン入れてんのかな? アタシも入れようかな)」



 ……実のところ俺は、ペットショップがあまり好きではない。

 あくまで主観だが、商売の為に何が行われているかを知ってしまってからペットショップに対してあまり良いイメージを持てなくなってしまった。

 それを知らずにこうして、ただ可愛いペットがいるからと足を運んでしまう人がいるのはやるせない。


 売ってる側からしたらそれが商売なのだからという大義名分がある。

 買い手も「知ろうとしなければ」、「そんな事実は知りたくもない」と、目を背けることは簡単だ。


 皆が食べているお肉だってどういう工程で作られているか知らない人も多いだろう。

 何かを犠牲にしなければ人は生きてはいけない。

 ……当たり前のことだが。



 そうやって全てを悪として片付けるのは早計だ。

 俺だって全部が全部、業者がペットを商業的に見ているとは限らないこともわかっている。

 言いはすれども、俺もお肉は食べているし無くてはならない必要なものだと思っている……。


 つまり、「邪推は罪であるが無知もまた罪である」ということ。



「……ホッくん?」


「……あー、サイアミーズか。ホントだ、まだ小さいね。ここに、『店員に言えば抱かせてもらえる』って書いてあるよ」



 長考……、そんな一般的ではない考えの後、俺は平気でこう答えた。

 学生でこんなこと考えるなんて俺くらいなものじゃないか?

 ……まあ、ここでそんな話しても空気読めない人だしな。

 思考と発言は必ずしも一致するとは限らない……か。



「サイ……? あれ、この子、シャム猫じゃないの?」


「あ、呼び方はどっちでもいいんだ。まあシャムの方が言いやすいけどね。ちなみにこっちの猫はシャムっぽいけどタイっていう種類だよ」


「ホッくん猫にまで詳しいの(こういうとこ……ズルいよね……)」


「いやー、たまたま本で見てただけだよ。猫は嫌いじゃないけどあまり懐かれないんだよね……」



 昔、家で猫を飼っていたことがあった。

 名前はカエデといって、まだ俺が小学生になったばかりのことだ。

 確か、家から脱走しちゃってそのまま帰って来なくなってしまったんだ。

 その時の両親の落ち込みと言ったら……。

 これを言うと母さんにも親父にも怒られると思って言えなかったけど、猫が逃げちゃったくらいでなんでそこまでどん底だったんだろうって思ったんだよな……あの時。


 まあそれほど、人にとってペットは大事な存在なのだろう。



「ちょっと抱っこさせてもらおかな。いい?(この可愛さは罪だよな~)」


「うん、まだ14時前だし時間あるから大丈夫じゃないかな」



 このゆったりとした時間は今の俺にとって必要だ。

 きっと今日の夜からまた、過酷なトレーニングを始めるだろう。

 そうしないと落ち着かない体質になってしまったんだ。

 活動と休息のメリハリは大事とわかってはいるのだけども。



「うわー、この子が特にかわいいなぁー。飼いたいなぁー……(うー……飼いたい……)」


 気が付くと如月さんは猫を抱いて、まるで我が子の様に愛でていた。

 やっぱりみんな、ペットは家族と同等だと思うのかな。


 でも俺にウルウルさせた瞳で言われても……。

 親御さん次第だし、お金だってかかるわけだし。



 ――……って!!



「あ、あの如月さん……? 値段を見てから言った方がいいよ……」


 俺はケージに下がっていた値札を指さして言った。



「ゲ! さ……30マン……! うー、マジかぁ……高くない⁉(ギターの2倍!! うー、マジかぁ……)」


 項垂うなだれる如月さん。



「でもこの猫、他の猫より雰囲気は違う気がする。気品があるっていうのかな? まあ実際のところ、柄が珍しいんだと思うよ。他のシャムと違って如月さんが抱いてるのは毛色が薄くて、この部分も薄っすらグレーでしょ。これを〝ライラックポイント〟って言ってシャムの中でも珍しいとされてるからかも」


「ほへ……。猫詳しすぎじゃない?(ここまできたら立派な猫好きだよ)うー……お父さんに頼んでみるかぁ……でもそれほど猫好きじゃないしなぁ……(どうしたらいいかな……)」


 猫を抱いたまま悩み倒している。



「……よし、ちょっと電話してくるから猫ちゃん抱いてて(行動あるのみ、善は急げだ!)」


 そう言って俺に抱かせてきた。


「え、電話って……交渉するの⁉」


「そ! 弟にも言っておいて夜、一緒にお父さんに頼んでもらう!(慈英じえいの頼みならお父さんもオッケーしてくれるかも!)」



 そう言って少し離れたところで電話をし始めた。

 ホント行動力あるよなー。



「ふむ。後はの問題よのう」


「うーん、そこが一番の問題だろうね――……」




「……む?」


「え……?」

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