第110話 威々濁々(いいだくだく)9

 目の前に広がる赤……。

 気づいたらそこは、、、



 血だまりだった。



 こんな量の血を俺は吐き出したのか。

 どうしてそうなったのか、なんでこんなことになったのか。




 良く覚えていない。

 だけどこれだけはわかる……。


 「早くここから立ち去らないと」と。



「いてて……」



 体中が痛い。


 もしかしたら肋骨が折れているかもしれない。

 顔がアツい。

 きっと殴られまくって腫れあがっているのだろう。


 こんな顔でみんなの所に行けないよな……。

 このまま帰るか……。



 バスにもタクシーにも乗れないので、そのまま走って家まで帰った。







 家に着くと爺ちゃんはいつも通りにご飯を作って待っていた。

 帰るまで現実味がなくフワフワとした感覚に陥っていたが、爺ちゃんの顔を見たら落ち着いた。

 焼肉屋に行ってたら、この料理は食べられなかったんだから。



 って……あ、打ち上げ……。

 魔武イチ魔サッカー部のみんなには「行く」って言っちゃってた。

 ……だけど連絡先知らないから、会った時に謝ればいいか。




「焔。それで……どじゃった? 活躍出来たか?」


 爺ちゃんは卓袱台ちゃぶだいに料理を乗せながら聞いてくる。


 俺の顔を見ても詮索してこないのは、きっと聞きづらいからなのだろう。

 服だってこんなに砂だらけで……。


「助っ人とは言え、焔がサッカーやると言った時ワシぁ感動したんじゃぞ。家に帰ってくればオーバーワークしかせんし、友達と遊んでいる気配もない。大分前に女子おなご2人連れてきたかと思ったらそれ以来進展なし。カノジョでもできれば変わると思っとったんじゃが」


「カッッカノ……⁉ そ、そんなこといいんだよ! 爺ちゃんには関係ないよ!!」


「ホッホ。軽い反抗期じゃな。孫の反抗期なんて可愛いもんじゃて。ワシには存分にあたるがよい」



 ……調子狂うなぁ……。

 そもそも女性関係を家族とか親族に聞かれて気まずくならない?

 え、俺だけかな……。


 それにあたったつもりはないし、照れ隠しに決まってるじゃん……。



「もういいよー。それより……それだけ? 他に気になるところはないの?」


 本当に気づいていないだけなのか。


「何をじゃ? サッカーしたんじゃろ? 服はそれくらい汚れて当然じゃろ。でも自分で洗うんじゃぞ」


「……いやそうじゃなくて……ホントにそれだけ?」


 気づいていないならそれでよかったものを、今は引くに引けなくなって余計に詮索してしまっている。


「さっきからなんじゃ。何を言って欲しいんじゃ? でもしたから褒めてもらいたいとでもいうんか?」



 この爺ちゃんは何を言ってるんだ……。



「なにそれやめてよ。健全で売ろうとしてるんだから変なこと言わないで……。ね。決めたとしても自慢にならないしそんなことで自慢しないよ! もういいよ、なんでもない!」



 爺ちゃんはそれでも気づかない。


 ……もしかして走ってきたお陰で顔の腫れは引いているのか。

 まあそれならそれで別にいいのだが……。





 それから夕食を摂り、散歩がてらランニングに出かける。



「フーッ……」


 激しい運動後のランニングは気持ちがいい。

 特に夜風に当たりながらのアクティブクールダウンの気持ちよさは、行った者にしかわからないだろう。


 しかし、「クールダウンは無意味」だの「逆効果」だの「エビデンスがない」と言われていたりもするが、そういう事ではない。

 身体を酷使した後に、いたわるという『アメとムチ』方式。

 ただ単に、自己満足なのである。


 筋肉をいじめているつもりはないが「どうにでもなってしまえ」と思っている。

 そう聞くと『立派な自虐』と言えなくもない。

 長年いじめられすぎて最終的に自分にまでもいじめられるというね……。



 はぁ、帰ろ……。







 家に着き、お風呂に入ってから自分の部屋でゆっくりしていた。


 そういえばさっきまでの身体の痛みは嘘みたいに消えていた。

 お風呂で使った入浴剤が効いたのだろうか。




 椅子に座ってくつろいでいると、引き出しから飛び出した一枚の封筒に目が行く。



「……あ、忘れてた……」



 田中くんから貰った映画観賞券ペアチケットだった。

 鮫島くんに「誘って行っちまえ」と言われていた事すら忘れてた。



 見ると期限は今月末までと書いてある。

 と言っても凍上さんは体調的に誘える雰囲気じゃなかったし。

 それに、簡単に誘えるほど俺は肝が据わってない。


 さすがに爺ちゃんと行ってもなぁ……。

 あげる人もいないし、折角もらったけど仕方ない。


 俺は空っぽのゴミ箱にチケットをそっと投げ入れた。







 夜が明けて今日は日曜日。

 たまにはゆっくりしようと思い、家で爺ちゃんの手伝いをしたり玉鋼たまはがねの変わりになる材料を不死山へ取りに行く予定を立てたりした。



 久しぶりに爺ちゃんと過ごした気がする。

 爺ちゃんは何でも知っていて、俺が聞くこと全てに対してほぼ答える事が出来る。

 婆ちゃんの家にあった本は全て読破済みらしい。

 さすがに俺でも全部は読めてないからな……。

 寝る時間も惜しんで色んなことに取り組んだに違いない。


 そんな爺ちゃんが誇らしくもあった。

 アッシュも入学式の答辞で叔父さんのことを自慢げに語っていたし、親族にそういった有名人がいたら自慢したくなる気持ちもわかる。



 そんな能天気な俺に衝撃が走った。



 昼過ぎ、爺ちゃんと外に出ると……。



 なんと如月さんが家の前にいたのだ。


 玄関の前で妙な動きをしている。



「……如月さん……? どうしたの?」


 声をかけてみた。


「エッ! あッ……ほ、ホッくんじゃん! どしたのー、奇遇だねぇ!!」


「?? 奇遇って……。……俺に何か用?」



 あまりに驚きすぎたため、言い方がキツくなってしまったかもしれない。



 それにしてもなんでウチの前に……?



「い、、、いやっ、その……えーと……」


「焔や、このお嬢さんと出掛けておいで。小遣いやるから」


 いきなり爺ちゃんはそう言って財布を懐から出した。


「え……え? あれ、だって鍛冶は? 素材はどうするの?」


 爺ちゃんは少し怒りながらお金を渡してきた。


「そんなのはいつでもよいわ! ほんとにダメな孫じゃのう! 自分に何が足りないか、今一度考えた方がよいぞ!」


「???」


 何で怒られた?


 如月さんは黙ってモジモジしている。


 ……トイレでも我慢してるんだろうか。

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