第75話 忘若無人(ぼうじゃくぶじん) 7





「ハァ……ハァ……」



 倒れた銅像は塵になってゆっくり消えていった。



「ハァ……ハァ……、拙者たちの勝利か……」


「へへ……どんなもんや……」



 さすがのウチも膝から崩れ落ちた。



「部長! 大丈夫ですか!!」


「あー、ウチはええんやけど……。兵頭が……」


「そうだ、兵頭!!」


 ……あの様子じゃ……当分は歩けんて……。



「兵頭! しっかりしろ! 《兵糧丸》、これを飲むんだ」


「……クッ……グァァ!!」


「無理をするな。少しだが痛みは軽減できる」



「その痛みがブッ飛ぶようなんはこれからや。見てみい」


 

ゴゴゴゴゴ……



 奥の扉が開く。

 

 その奥には巨大な本棚がズラリと並んでいた。



 ウチは知っている。


 ここが〖アカシックライブラリ〗であることを。



「藤堂! 来てみい! これやこれ!! ウチが望んだもんがこの本!! 〖アカシックライブラリ〗のテーブルやったわ! イヤッフー!!!」



 テンション上がって踊り狂ってもうた。



「……てな訳で。取るで、2人とも! 兵頭もそないに足バッキバキしてへんとこっちいや!」



 その言葉に兵頭は地面を這ってやってきた。


「これが部長の言ってた〖アカシックライブラリ〗というやつですか。本を手に取ったらいいんです?」


「せや。今までは憧れだけで文献や古文書でしかお目にかかれんかったのやが……まさか自分自身がそれを体現出来るとはなぁ。人生何が起こるかわからん言うこっちゃ」


 そう言いながらそこいらにある本の一冊を適当に手に取ってみる。


 埃っぽい本のタイトルは〘創天〙と書かれていた。


「なんや……? そうてん……? へぇ、中々カッコええタイトルやん。アンタらはなんてタイトルだっ――」


「んぐぁぁぁぁ!!!」


 耳をつんざくような声に反射的に片目が閉じる。

 藤堂の声とすぐわかったが一体何が……⁉



 そこには、魔法を食らってゆっくりと倒れゆく藤堂と、ゾンビのように這いつくばりながらも«血魔法»を放った兵頭がおった。



「……⁉ な……兵頭……! アンタ一体何やって……」


「さ……か……い……」


 そう言いながら今まさに«血»の魔法陣が描かれた。


 コイツは……ウチすらも……。


 その時……、MAが無意識下で発動する。

 この力はウチの呼びかけに呼応すると確信した。


「ひょうどおおお!! こんのドタワケがぁぁぁ!!!」



 ズズズ……ブゥオン……



 一瞬のことだった。


「……ハァ……ハァ……、ひょ……兵頭……?」




 先ほどまでの張りつめた空気は一瞬で消え失せ、埃臭い本棚の密林へと戻った。


 兵頭は……どこへ……?

 

 さっきのMAは一体……?



 本来ならば、MAは術者か対象者の部位もしくは接地点からの範囲に及ぶものであるが、ちゅうに単体で出現させられるMAは聞いたことがなかった。


 いや、今はそんなこと考えてる時やあらへん!



「……藤堂!! おい藤堂しっかりしろ!!」


 ブッ倒れた藤堂へ駆け寄る。


 心臓目掛けてあの威力の«血魔法»をかましとる。

 これは言い逃れが出来んや。


「あかん、三ケタや……。すぐに連れていくしかあらへん……」


 ウチのさっきのがならば、名医のいる診療所へ連れていくことが出来る。



いや、転移魔法!!」



ズズズ……



 灰色のモヤがMAから現れた。


 〘創天〙は転移魔法を使えるようになるん〖禁呪書〗だったんか。

 ヤバいモン手に入れてもうた……。

 後でしっくりくる魔法名つけたらんとな。



 ……って悦に浸っとる場合やないっ!


「藤堂! しっかりせぇ! 今治療したるさかいに!!」



ブゥオン……







 その後、逆井診療所に転移が成功し藤堂を運ぶことに成功した。

 藤堂は3日3晩うなされ、意識が戻ったのは4日後の朝やった。



 兵頭のことはすぐ学校に連絡し、学校サイドから家族へ伝えられたようだ。

 だが、兵頭の家庭環境はあまりよくなかったのか、何の疑問もなく失踪した件を受け入れたようだ。

 しかも捜索願いも出さず、学校側への追及もなかった。


 そんなわけで、学校側もウチらへ幾つか質問をしてお咎めなしとなった。


 魔武学に入学するということは、いつ死んでもおかしくないということ。

 それは理解して皆入学してるわけやが、まだ15年しか生きてない若者があっという間になかったことにされるのは……やるせない。




「部長……。本当に兵頭は……死んだんですかね」


「ああ。あの後、ウチの【ブラウンゲート】を何度か試しての」


「……ブラウン……? ああ、転移魔法の名前ですか。でも何でなんですか? ゲートの色は灰色だったじゃないですか」


「……初めて使うた日の翌朝にな、吐きそうなくらい気持ち悪くてな。兵頭をこの手で死なせてもうた罪悪感が押し寄せて来はったん」


「……は、はぁ。色との関係性がよくわからないですが。……で、試してどうだったんです?」


「頭カラッポ状態にして【ブラゲ】がどこに繋がるのか何度も試してみたんよ。そしたらやった」


「そ、そら……? つまり兵頭は成すすべなく転落死した……と?」


「まあそう考えるんが妥当やろ。死体の発見もなされんのは炎獣に食われたか、落ちた先が川やら海やらでお陀仏やったか。ゲート内の空間に取り残されたっちゅうことも考えられるな」


「そう……ですか」


「なんや藤堂。アンタ死にかけたんやで? 兵頭のこと、憎んどるんとちゃうん?」


「ええ。もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓いましたから。それでも……」


「ん?」


「……それでもヤツは半年を共にした仲間だった。拙者が信頼していた同志であった。それは紛れもない事実。何故拙者を襲ったのか、いつか究明してみせます」


「……せやなぁ。ウチもこの転移魔法を使う度に思い出すんやろうな」


「それはもう十字架ですよ。この先消える事のない。あの時、部長が兵頭を転移させてなければ、拙者も部長自身も危なかったはずです」


「まあなぁ。切り替えの早いウチやねんけども、これに関してはもうちょっとかかるわ……スマン」


「なにをおっしゃいますか。拙者は今、部長を守らねばならぬ立場ですから。命の恩人であり、【魔力犠牲】をした身なんですから」


「ああ、«火»な。あれ、もう無いなったで」


「……はい? 無い……ってどういうことですか?」


「読んで字の如く、消滅したで。«火属»ごと」


「エッ⁉ 犠牲の年数は1年であったはずでは……?」


「いや、あんな? 確かに【魔力犠牲】には犠牲にする日数を決める制約があるんやけど、そーやなくて自体から«火»が消えてもうてるん」


「つ、つまり1年ではなく一生使えなくしてしまったと?」


「一生……せやなあ。本来なら【魔力犠牲】してもその属性の魔力が練られんくなるだけで属性の認識はあるんや。せやのにウチの«火»だけそっくり抜け落ちてるん」


「な、なぜそんなことを!」


「いや、これなんやけど恐らく〖禁呪書〗の代償やわ」


「え、転移魔法を得た代わりに«火属性»が使えなくなったと……?」


「んー、正確には«火»が消えた代わりに«光属性»と«天属性»を得た感じやな。ウチの転移魔法は«天属»の一つやわ」


「«光»に«天»⁉ ぶぶぶ、部長はその凄さを理解しているんですか⁉」


「おお、そりゃ研究しとるんやからわかるで。«光»は希少度1%、«天»は0.001%。でもな、属性が使えたからって幅が増えるだけで本質はその者が持つ才能に依存するんやで。もしかしたらウチよりも藤堂の方が«光»とかを使い熟せるかもしれんってことよ」


「でも拙者の開花は«四属»……。これじゃ開花前とあまり変わらないですからね。そもそも«光»を持つとか以前の話ですから」


「アンタ、変異と特異属性に目が霞んで«四属»の凄さわかっとらんて……。整理するで?」


「はあ……」


「忍術が使えんくなってしもうたが、代わりに魔法による忍法が使えるようになった。それは以前と変わらず4つの属性を操れるモノ。しかも魔力砲身を持ってへんのに魔法が使えるようになった。これやと前と同じくМAにも弾かれん。そして忍術ではなく魔法になったもんやから印を結ぶ必要あらへんで発動速度が桁違いに早い。威力も爆上がりしとるし、仕舞にゃ«四属性»を同時に発動できるようになった。あとはもうアンタ自身の磨き方やないの」


「部長にそう言われたら……少しは自信つきますけど……」


「兵頭のことは残念やけど、ウチらにはちゃんとした目標があるねんで。過ぎたことを悩んどったら先に進まれへん。ええな」


「……はい。肝に銘じておきます」


「ほなら今のうちらに出来る事をやるだけや」







 ……気が付くと部室のソファで寝てしまっていたようだ。


 外は暗く、学校内は静まり返っている。



 それやのに藤堂はパイプ椅子に座って文献を読んでいた。


「……アンタ、何でウチを起こさんかったん?」


「部長、起きましたか。だって『ウチの眠りを妨げる者は永遠の熟眠を与える』……って言ってたじゃないですか」


「そういやそんなこと言ったな。いやーなんや、夢見とったわ……それも酷くて痛くて懐かしい……」


「そうですか。もうそろそろ帰りたいので転移魔法をお願いしたいでござる」


「ウチの【ブラゲ】当てにしおって……。アンタは歩いて帰りぃ」


「いやいや、それは……。いつも予定がある時には勝手に呼び出しているのに、そういう時は使ってくれないと申され――」


「それはつまり『いつも勝手に呼び出す癖に必要な時は放っておかれる』いうことか?」


「そ、そうは言っておらぬでござる! しからば歩いて――」


ズズズ……


「【ブラウンゲート】。ほら、行くで。勝手に帰らんかった礼や」


「それは当たり前です。部長に救われたこの命、返上致すところ。忍のめいにござらん」


「アンタも律儀やなぁ。ん?」


「……御意」


ブゥオン……

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