第73話 忘若無人(ぼうじゃくぶじん) 5

♣兵頭慈雨side♣




 逆井は俺のことなど見てはいない。

 きっと部員の数合わせ感覚なんだろう。


 それでも俺は、お前と藤堂が仲良くしてるのを見ると胸が張り裂けるような思いになる。



 人を好きになるなんて失態、もう起こることもないと思っていた。

 オナゴから一方的に拒絶されたあの日。



 そんな俺でも人並みに恋をしてみたいと思ってしまった。



 だが、所詮俺はそんな世界に生きられない半端者。

 付き合うだとか結婚するだとか、そうしたものとは無縁で終わる。

 ……そう決まっているんだ。

 無理に抗ったりはしない。


 それでいい……。







 学校を後にして数分後。



ドクン……ドクン……


 心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 後をつけられている。


 «血»の能力、〈血裏血離ちりぢり〉により、危機的状況下になるとパッシブが発動する。

 簡単に言うと、第六感が働いて心拍や血圧が上昇するのだ。



 俺は一本道に入って追跡者を待ち伏せた。

 背後から来る人影に対し、意を突く――が!



「こんばんは。兵頭慈雨くん」



 ――心臓を掴まれた感覚だった。


 既に背後を取られ、突かれたのは俺の方だったのだ。



「……な、何用だ……何故俺の名を――!」


「そんなに驚かなくていい。まずは自己紹介を。私は〚魔大帝またいてい〛シャルツ・クリーゼ。君に良い話を持ってきた」


 ま、〚魔大帝〛だと……!?

 魔王の中でもトップに君臨するという魔族の親玉が……何故俺に……。


 魔王からの話に良いも悪いも有りはしない。

 ヤバいしかない。

 標的にされた時点でそんなことを言っていられない。



 それでも俺は声を振り絞って発する。


「良い……話とは……?」


「フフ、«血»の能力か。呼吸が荒いな。そんなに身構えなくていい。なに、君が望むモノを分けに来たんだ」


「……それはどういうことだ」


「君はを、そしてを欲している」


「……!!」


「まずは信用してもらうために、君が持っているその«血魔法»に力を与えよう」



 ブ……ンッ……



 っ……⁉

 なんだ……この力……。

 体中の血液が沸騰しそうな感覚は……。



「それはこれから得られる力の一握りに過ぎない。そしてこの〖アカシックレポートの断片〗を君に」


 …………!!


 今、〖アカシックレポート〗と言ったか⁉

 まさかそんなことが……!


 俺には興味ないが、それが本当なら魔法研究部で来期に向けて考えたテーマである、『消された古代魔法と失われしオーパーツの記録』が大分捗る。



「私が持っているのは〖アカシックレポートの一部〗であり、〖アカシックレポートの全容〗や〖アカシックディクショナリ〗の情報量のほんの一部でしかない。だがそこに書かれている内容は君にとって有益な情報となるだろう」



「ま、まて! 一体俺に何をさせるつもりだ!」


「なに、君は自分の意志で行動したらいい。内容を見て、思ったように――」 



 瞬く間に暗黒の気が去り、辺りには色と音が戻る。


 残されたのは鼻を突く瘴気と、断片ではあるが夢にまで見た〖アカシックレポート〗だけだった。







 家に戻った俺はすぐに自分の部屋へ入る。



 レポートの断片に書かれた内容……。


[魔法研   宿当日。 頭慈雨 、逆井光 藤   名   ち合わせに60分遅刻   3名は味  屋へ行き昼食    、傘を持 していた逆井   を忘れてし  。そのため、時間  の電車に乗れず、50分後の代行   乗るこ   る。目的地   り着いた   は辺りは薄    回を余儀な    。そこで   穴に遭遇。テーブル     クライブ    り、先のエレメ      イブガーディアンの足元へ兵頭慈雨の«血魔法»《血塊岩》を2発放てばセット完了となる]



 断片のため、まるで虫食い問題だが重要なところは判別できる。

 しかし、こんなことで本当に逆井を……力を手にすることができるのか……?



 俺は当日まで何もすることなく、渡された〖アカシックレポートの断片〗を眺めていた。







「かー、なんや兵頭のヤツ! もうすぐ1時間やで!? 雨も降ってきおったっていうんに……! 何の連絡もなく!」


「……さすがに心配ですね。今まで時間には正確だった男が――」


「あ、来おったで! 兵頭! なにしてたんや!」


「すまん。色々あった」


「ウチ朝から何も食べてこえへんから腹減ってきてもうたやん!」


「(マズイ……このままでは部長のイライラが有頂天に……)は、腹が減っては……と言いますから……丁度いいんで乃屋のやに行きません?」


「……おぉ、せやな! 丁度いい、兵頭もそれでええやろ?」


「ああ、構わない」


「アンタの奢りってことやけども」


「な! それは聞いてないぞ……!」


「当たり前や! ウチら1時間待たせて何のお咎めもない思うとったんか!」



 それはマジで聞いてない……。







ドザァ……


「雨ひどなってきたな。ドえらいゲリラ弩雨どうやん」


「兵頭が遅れたお陰で丁度よかったんじゃないですか? 運が良かったというか怪我の功名というか」


「せやな。本来この時間いうたら、今頃は不死山の麓やったからある意味助かったわ」


「……確かに雨の日の不死山は蒸して不快指数が深刻値まで上昇するし、攻略難度も2ランクアップするからな」


「アンタ。遅刻したこと、なかったことにしよらん?」


「いや、そんなつもりは……」


「まあまあ。腹も膨れれば落ち着くでしょう。ほら、来ましたよ」



 食事を摂りながら考えを巡らせる。

 俺は逆井を……モノにしてどうしたいんだ……。


 別に……何がしたいってのはない。

 ただちょっとでも気にかけてもらいたいんだ。

 ただ少しだけ、俺を……兵頭慈雨という男を……。

 知ってもらいたいだけなんだ……!



「たらふく食ったわ。……しかしホンマゲリラやったな。バケツひっくり返したような雨があがったで?」


「拙者たちが店に着いてから雨が降り、発つ前には雨が止む。これを〝晴れ男″と言わず何というか」


「おーい、藤堂。盛り上がんのはいいけど、〝晴れ女″のウチを差し置いて何言うてんのや! 自分の手柄みたく言うとるけどな!」


「ヒーッ!! 兵頭! 主からも何か言ってくれ!」


「…………」







「あ、ヤバ! 出たとき晴れてたから傘忘れてもうた! あれ、お気に入りやねん。取ってくるわ」


 そういうと逆井は走って乃屋のやまで取りに行った。



「ふう、部長の勢いにはついていけんな」


「藤堂。お前は逆井が好きじゃないのか?」


「……唐突でござるな。しかし拙者はあのような粗暴な女子は好みではない」


「……。やはり人はわからんな」


「寧ろ、兵頭の方が部長を好いているように見えるがな」


「ああ。俺は逆井が好きだ」



「……。……拙者にはまだ至らぬ境地よ。そんな風にハッキリと断言できるとは。その言葉、部長に聞かせたら喜ぶのでは?」


「……フフフ、アッハッハ! お前は何もわかってない。そんなのは慰めにもならん。他人にわかるわけがない。俺と逆井がどのような立ち位置にいるかなんて」


「む、それはわかりはしない。だが、他人でないとわからないこともある」


「俺たちのどこを見て、そう言ってるんだ? 俺が逆井に想いを打ち明けたら道が開けるとでも言うのか?」


「何も言わずに拱手傍観きょうしゅぼうかんしているよりはマシだろう。そのままでは距離なぞ変わらないということだ」


「それによって今の関係性が壊れるとは思わないのか? この3人で、もうつるむことが無くなってもか?」


「それは部長を信用していないことになる。兵頭は最悪の事態をベースとして物事を考える癖がある。それでは臆病になってしまうのも無理はない」


「リスクマネジメントだ。最悪の事態を想定していれば心構えも楽になるというもの。わかっていないのは藤堂の方だ」


「……埒が明かんな。所詮、人と人は相容れぬ存在よの」


「ああ、全くだ。だが、それでいい。他者の意見ほど参考になるものはない」


「兵頭らしい考えだ。そうでなければ拙者もこのように打ち解けまい」


「俺もここまで本音で喋る事が出来るとは思わなかった。藤堂が藤堂で良かった。今ならそう思えるぞ」




「……はぁ。本気で部長に告ってみればいいのだが。お主は少々奥手すぎる。部長が今さら、見た目を気にする人物でないことはわかる――」


「お前、遠回しに見た目が悪いって言ってないか? 確かに俺は根暗だし不愛想だしブ男だし。それについては否定しないし理解している。良いんだよ。俺がそれで良いって言ってんだから」


「……そう言われてしまってはこれ以上、何も言う事も出来まい。まあ、頑張れ兵頭。拙者は常に主を応援している」


「……ああ、ありがとな。……藤堂」



「…………」




「あー、物を取りよせる空間なんかが出せたら忘れモンをわざわざ取りにいかんでもええんになあ。2人ともそう思わへん?」


 いきなり出てきた逆井は俺たちに返事を求める。


「え、ええ……。そうですね。でも部長がそんな便利なものを持ってしまったら……。恐ろしくて末恐ろしくて――」


「何がや。誰しもが思うことやろ。なあ兵頭?」


「ああ。それがあれば、いつでも……人を呼び出せるな」


「せやろー! ま、どうでもええわ。待たせてすまんかった。ほないきまひょ」



 俺は……この想いを、きっと死ぬまで明かすことはない。

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