第92話 無情迅速(むじょうじんそく) 6




「着いたで。渇口湖かわぐちこや」


「え……ここって……」


「ん? なんや来たことあるんか?」



 来たことあるもなにも……。

 転移後、BMWに追いかけられて飛び込んだ湖じゃないか!!

 ここで溺れた俺を爺ちゃんは家まで運んでくれたのか……。



 しかし今日は、トラウマだった4エレとも戦うことになるし、溺れ死ぬかと思った湖にも来るし……。

 だ……。



「いや……なんでもないです」


「ふむ、じゃあ早速ご飯にしようか」



 そう言って藤堂さんは小さい手ぬぐいを広げると、大風呂敷になった。



「……手品みたいですね」


「ハハ。便利だろう? さ、座って」



 3人で昼ごはんを広げた。



「と言っても拙者のは飢渇丸きかつがんなのだが……」


「藤堂の弁当はいつもそれやん。味気ない通り越してつまらんわ。……って! 皇はんのおかず……なんやこれ……メチャクチャうまそやないか……。ウチの食思爆上がりやで⁉」



 部長は俺の弁当を見て滝のように涎を流している。

 正直、脱水になるんじゃないかと思うほどである。



「本当だ……。これ、ケンゴウ様が作ったのかい?」


「あ、いや……俺ですけど」


「……ホンマ皇はんって何者なん? こないに万能キャラ久しく見らんで? もしや人生数周目なんとちゃう?」


「……ってええっ⁉ そ、そ、それは……」


「俗に言う輪廻転生ってやつだね」


「ドドキッ……! でもまだ2周目ですから!! ……あ……、に、2周目って言っても、ちゃんとした2周目じゃなくて! 歳も同じですし外見も……転生じゃなくて転移ですから!!」



「…………」


「…………」



「ずば抜けた身体能力、無魔やのに火の能力所持、その火は魔法やのうて詠唱・CTクールタイム・際限なしのチート級威力、〖希少点穴〗到達・〖アカシックライブラリ〗踏破・4エレソロ討伐、〖禁呪書〗所有、その〖禁呪書〗の能力は古代の封印された禁魔法〘燧喰〙、爺さんは初代英雄PTの一人、そして異世界人……、おまけに料理系男子というぶっ飛びポイント。どう思うよ藤堂」



「皇殿。何度も言うようだけど魔武一に入学して魔研部に入ったこと、本当に運が良かったと思ったほうがいいね」


「せやで。情が無かったら研究施設に連れて行かれそうになってもほっ」


「……な、なんですかそれ。俺をどうしようと……」


「異能も火消しも珍こいやけ、徹底的に実験されまくっとったかもなぁ。でも安心せぇ、大丈夫や。ウチらは一度仲間に裏切られとるんでの。逆にホンマもんの仲間意識は高まっとるんや。、最大限に守るさかい安心したってや」



 ……それって部を辞めたら売られるってことじゃないか……!

 怖すぎる!!



「忍は非情であるとはいえ、主君のお眼鏡に叶う人物であることに間違いはないとお見受けしている。拙者も命を賭して戦うと誓おう」



 あ、相変わらず重すぎる……!!



「あ、あの……。なのでもうちょっと気楽に……。これ、どうぞ……」



 そう言って昨日仕込んだ唐揚げとおにぎりを1つずつ渡した。



「にこにこ。やっぱ皇はんはエエやつやわ! んじゃまいただきま〜――」


「忍は本来、他者の作ったものは口にしない。しかし皇殿とあらば別。心していただくでござる」



 ……忍者も大変だね。



「「!!!」」



「うっわうんま!! 唐揚げ? なんやこれ!? 呼び捨てにすんのは気が引けるで? からあげく……からあげ様やん! 濃ゆぅのになんでさっぱりとした味付けなんや!?」


「むすびは冷えているのにもかかわらず固くない……。それでいて柔らかすぎない。極上食感。極めつけはキレイな三角……。一体どうやったらこのようなむすびが握れるのでござるか……?」



「え、え……。唐揚げは秘伝タレに一晩漬けて強力粉・薄力粉・片栗粉を独自の比率でブレンドして揚げただけですし。おにぎりに至っては爺ちゃんが桃原もばらの方の知り合いから買ってきた米を精米して炊いただけですよ。研ぎ方と握り方はちょっと複雑ですけど……」



 ……2人はポカンとして俺のことを見ている。



「ぶっ飛びポイントに追加やな……。料理系男子……、ウチからしたら一番ポイント高いかも知れんわ」


「部長を含め、一部オナゴが黙っていないと見受けられますな」


 モテたいために料理をしてた訳じゃないんだけどな……。


「あの、まだあるんで食べてください」



「ウエェイ!! サイコーやわぁ! 唐揚げ何個か保管しとこかの!」



「部長……。【ブラウンゲート】で保管するなら時間経過のことを考えてくださいよ。この前みたいに傷んだ肉まんやらカビた烏龍茶を皆に振る舞うなどと……」


「こないにウマいモン、腐らせるはずないやろ!」




 2人のやり取りを尻目に、平和を感じていた。

 それに長閑のどか


 こういうちょっとした幸せが俺には足りなかった。


 ……ホントに。







 あれだけ賑わっていた昼ごはんも、なくなってしまえば話題は尽きてしまう。


 2人もお腹いっぱい食べたのか、藤堂さんの風呂敷の上でくつろいでいる。



「たらふく食って……ふぁぁぁ~……ボーッとする……。こないに堕落してバチ当たらんかのーう」


「拙者も流石に眠くなりますな……」


「アンタは忍かどうかも怪しいんよ……。あー、皇はんもゆっくりしたらエエんに。ホレー、横にならんかいー」



 部長はそう言いながらゾンビみたいにやってきて、俺は草むらへ押し倒されてしまった。



「うわっ! いてて……何するんですかー!」


「へへ、今はこの平和を噛みしめる時やでぇ。いづれ……そうも言ってられん時がくるんやからの……」



 そう言うと、笑っていた部長は少し寂しそうな顔をした。



 確かにこのペースで炎天化が拡大していくと、ここ一帯はあと5年で5℃もあがる計算になる。


 いくらCFクーリングフィールド内はこの極暑日を緩和出来ていると言っても限界はくる。


 

 現状はこの渇口湖もまだ自然豊かな場所である。

 豊富な湧き水により当分は湖が枯渇することはない……はずだ。



 まだ大丈夫、この幸せは簡単には壊れない。

 きっとこの先も平和が続く、そう思っていた。





「――! ――!!」


「んなんや、今の叫び声⁉ 藤堂……!」


「……方角、南南西。……距離にしておよそ……1,1km」


 2人共、一瞬の内に飛び起きた。

 俺には叫び声なんて聞こえなかったのだが……。


 藤堂さんは声のした方に耳をそばだてて大体の位置を把握している。


「叫び声……? 一体どこから……」


「助けを求めとるなら行かなあかんやろ! 藤堂! F2Bや!! 0.4秒で支度しい!」


「御意」


「頼むで!」


 そう言うと藤堂さんは風の様に消えた。



「ちょっと待ったって! 一旦ここを転移先へ登録しとくわ! 今、藤堂の場所へ転移したらいきなり何があるかわからへん。普通に走って後を追うで、皇はん!」


「は、はい!」









 木に目印を付けてくれているお陰で道に迷うことなく進めている。


 一体何があったんだろうか。



「目印が大きくなってきたわ。もうすぐや……」




「!!!」




 そこには……。


 倒れている人が1人、そしてその近くに塊が2つ燃えていた。



「藤堂⁉」



「はっ、部長……! ヤバイです……BMWの群れ、推定6体! 拙者の【爆裁ばくさい】で今は引いていますが完全に狙われています!」


「なんでこんなとこまで炎獣が来とるんよ……しかも一番厄介なヤツやん……」



 鼻を突く……何とも言えない強烈な臭いがする。


 考えたくない事実が頭をよぎった。



「あ、あの燃えてるのって……もしや……」


「……恐らく人やな」


 その言葉を聞いてその塊に向かって走る。


「皇はん!!」


「〘燧喰〙!!」




シュッ……




 火は一瞬で消えて煙も出なくなったが、その黒焦げの物体は原型をとどめておらず、元が何だったのかわからないほど炭化していた。



「ウッ……ウォエッ……!」



 それが人間だったと思うと視界が歪み、堪らず吐き散らかした。




「皇殿……!」


「藤堂! フォーメーション変更や! F4F!! 一旦まとめて渇口湖まで送るさかい、壁頼むわ! その隙にまずは怪我人まとめて移送しやん! 安全確保したらなる早で頼むで……!」


「御意……。【藤堂流忍術 月壁つきかべ】!」



 藤堂さんと怪我人の周囲に壁のような結界が張られる。


「今や! 【ブラウンゲート】!!」


 そして部長はブラウンゲートを開いて、藤堂さんと怪我人、黒い塊2つを転移させた。



 塊が横たわっていた場所は血と焼け焦げた地面がくっきりと残っている。


 残されたのは、俺と部長。

 そしてBMW。



 俺たちはいつ襲われるかわからない恐怖を感じていた。



「いやー……運が悪いわ……。BMWは俊敏・耐久共にA判定。そして執着S。狙われたら、倒すか倒されるかや。逃げるのは不可能に近い……。高速の炎獣相手に【ブラウンゲート】使うんはリスキーなん。安置が確保できる藤堂が戻るまで……気張りぃ!」



「は、はい!」



 この状況……、前にBMWに遭遇した時と似ている。

 6匹のBMWに襲われて命からがら逃げた渇口湖……。


 転移魔法で逃げないのにはきっと訳があるのだろう。


 とにかくやらなければ……!

 いや、できるはず!!




「部長! 任せてください。今なら炎獣と戦えることを証明してみせます」


「た……頼もしいんやけど……BMW相手にはちょっと難儀かもしれんよ……」


「大丈夫です。火さえ喰えればただの犬! どっからでもかかってこい!」



 慢心していたつもりはなかった。

 〖禁呪書〗の力を過信していたわけでもなかった。


 自分でも何かの役に立つと……そう思いたかっただけだった。



シュッ……ガルル……!



「いける……いけるぞ!」



 思っていたよりも速くない。

 一匹捉えた……!



「〘燧ぐ……!!」



ドスッ……



 鈍い痛みが腹部を襲う。


「グハ……!」



 他の一匹が俺の腹部へ突進してきたようだった。


 もしや最初の一匹は囮……⁉

 野生の狼の様に連携が取れているのか!!



グルァウ!!



 残りの狼が次々と襲いかかってくる。


 腹部を攻撃されたせいで呼吸が整わず、まともに対応出来ない。



「【セイント・レイ】……!」



シュビッ……



 部長の魔法により、天空から差し込んだ光がBMW1体の体を貫いた。


「皇はん……! 大丈夫かいな!!」


「ハァ……ハァ……な、なんとか……。ありがとうございます……」


「くはー……。やっぱこの魔法はあかんな。未完で弱い割にMP食うんよ……。しかも久ぶりに使うたわ……」



 転移魔法と今の攻撃魔法のコストが、普通は逆なんですけどね……。


 一匹倒したのなら……さすがのBMWとて怯むはず……。



「――ん? ……コイツら、なんか変やで? ウチには目もくれてへん……。まるで皇はん狙いや……」



「部長、もう一回……ハァ……ハァ……やってみます!!」


「ちょ、ちょっち待ちい!」



 今度は全身に火の加速をつける……。

 同じ失敗はしない……!



「いくぞ……《アクセルターボ》……!!」



ビシュッ……



 先程の一匹に再び狙いをつける。


 今度こそ……!!

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