第67話 心機一転(しんきいってん) 前編
*
♠皇焔side♠
魔部本から2日……周りの熱も徐々に冷め始めた放課後。
僕は魔研部の部室で逆井さんの論文の校閲をしている。
「ふぁーあ……。悪いのう、皇はん。昨日は徹夜だったもんでの。誤字・誤植があるかもしれへんから頼むわぁ」
「いえ……、全然大丈夫です」
「ほんま助かるわぁ……。魔部本で稼げとったらもっとよかったんやけども……」
「え……、それって……」
「あ、いやー……なんでもないでぇ! アハハァ……」
藤堂さんから、僕とアッシュの賭けの胴元は逆井さんって聞いてたけど……。
この感じは負けたってことなのかな?
でも、僕が勝ったってことはアッシュに賭けた人全員の掛け金が入るはずなのに……。
校閲の手を休めることなく続ける。
論文の内容は主に、魔法の『パーソナルアクティベート』について詳細に書かれている。
『魔法構造の原理証明』や『マジック・ロジック』などにも触れている。
魔武本があったのにも関わらずこんなの書いてたのか……。
分厚いこの論文を平気で書いている逆井さんには心底驚く。
ふと、逆井さんが考える「強さ」を知りたくなった。
興味が湧いたので聞いてみることにした。
「部長……。部長が思う『強さ』って……なんですか」
「……ヤブ棒やんな……。それをウチに聞いとるんか?」
「部長以外に誰がいるんですか。今日は藤堂さん帰っちゃったし……」
「なんで急にそないなこと考えるんや? なんかあったからやろ。何があったん?」
質問を質問で返すのは逆井さんらしい。
「……魔武本の日に生徒会長に会ったんですけど、そこでも――」
「す、皇はん……、
「あ、はい……。第二武道館で四天王とやりあってましたが……」
「カーッ……アイツらもホンマ凝りひんヤツらやわ。……あんな、1つ教えとくで。どんなに頑張っても月詠には勝てへん」
「え、部長でもですか……?」
「ん、んー……まぁ……なんや。殺る気でイッたら善戦は……するとは思うんやけど」
……逆井さんが殺す気で戦って善戦とか、どれだけ強いんだろ……。
「……すまん、強がったわ。やっぱ無理や。月詠には勝てへん」
どっ……どっちだー!
「皇はん。この世界で
あ、それメチャクチャ興味ある!
「な、なんですかね。なんだろ……。即死魔法……とか?」
「デ、デス系をまず挙げるとは……! 皇はんって案外怖い発想するやんな」
……自分だって殺る気とかなんとか言ってた癖に……。
「それやと効かない敵とかおるやん。RPGでもそうやったやろ? ラスボス相手には効かへんし」
「生徒会長はラスボス扱いですか……」
「……まあの。ほんまは耐性が高いってのがあるんやけどもな。まあデス系ではないで」
「え、じゃあ……自分の思い通りになる魔法……とかですかね?」
「あーーw 惜っしいなぁ……魔法やないがそないなアニメがあったんやけど……なんやったっけか? 最近物忘れが多くてのー……もう歳かいな」
……16歳で歳とか何を言ってるんだ。
「じゃあホコタテにするわ。最強攻撃魔法と最強防御魔法、どっちが強いや思う?」
「え……と、『攻撃は最大の防御』……だから攻撃ですかね?」
「んー、じゃあ攻撃も防御もできひんかったらどっちが強い?」
「え……それ、どゆことです? それじゃあ攻撃と防御を分けてる意味ないじゃないですか」
「そういうことやねんけど……、回りくどい言い方してもうたな。正解はどっちでもなく……つまりAMや」
「
「堪忍なw せや皇はん。魔武本の三人四脚ん終盤に1年主席から魔法封印食らったやろ。あれは封じてるだけやからそれ以上の力で
……幻惑?
また漫画のことだろうか。
「……ピンもこえへん感じやな。つまりや。生徒会長、真道月詠は自分のMA内の対象を強制的に無魔状態にする。ヤツの魔封は特殊で、相手の魔法の一切を封じるんや。魔法攻撃、魔法防御、魔法耐性、バフも無効化……。仕舞いにゃ
な、なんだそれ……。
つまりどんな上級魔法だろうがバフだろうが無効化しちゃうってこと!?
ってAMAまで無効化って……。
「そ、それってやばくないですか? 凄くないですか!? 部長でも勝てなくないですか?」
「あんな……、1つ言っとくで。ウチの転移魔法とまた別次元なんよ。同じ土俵に上げるんやない。あっちはな、簡単に言うとやな……。相手のレベルを強制的に0にするようなもんや。月詠は『法の秩序を守る』側で、ウチのは
「……ぶ、部長です!!」
「せやろ! 月詠はせいぜい外交向けの親善大使やで。……ただ対人最強なんは認めるわ。別名、ジャッジメント・ゼロとか言われとる。ほんまそないな通り名、この
……あなたがそれを言うなよ……割とマジで……。
「……あれ、ところでレベルって概念ありましたっけ?」
「レベル0……って言ったからか? あれはモノの喩えや。逆に普通やったらレベルあるやろ? ゲームでもそういった数値化せんと力を推し量れんからの。この世界が特別おかしいんや。アナライズも元々はレベルを量るもんやなかったん。物の容量を量るんに使ってたんヤツを世界標準の魔公式に当てはめて最大魔力量から内在魔力量を割って出た数値の2乗を――」
逆井さんもやっぱ爺ちゃんと同じ匂い……!!
「あー……そうなんですね! それにしても部長の魔法はやっぱりズルいと思いますよ」
「んー? なんでや?」
「本当なら転移魔法って制限が多くて難しいらしいじゃないですか。それに魔力消費も激しいとか。魔武本での部長の自在さには驚きましたよ。それにこの学校内で転移魔法を使いたい放題してるのはどうしてか知りたくて……」
「ああ、魔力消費なー。実際、魔力なんて筋力と変わらんやん。数値で測れるもんやないってのは言い得て妙やん? RPGみたいに「0になったら打てません」やあらへんのよ。喩えるなら『魔法はマラソン』。具体的に言うと、中級魔法1発分が100メートル全速力やとしたら、人によってはヘバッてもうて1発で限界……。せやけど限界迎えててもまだ走れる人っておるやん。せやから魔法は気張ればでるウ○コみたいなもんなんや」
マ……マラソンで喩えてたのに急に排泄物にシフトした……!!
この人はほんとに……。
「で、部長は全速力で何キロでも走れるスタミナタイプってことですね」
「ん、ちゃうで? ウチはそんなスタミナあらへん。ゲート1回分が1メートル程度ってなだけや」
まさかのそっち!?
「え、そんなことってあります!?」
「ちなみにAMA内で使えるのはそれや。低出力魔法なんで大抵のAMにも弾かれん。せやから先公や生徒会らがおらんかったら使いたい放題やな」
「そりゃ部長がヤバイって言われるわけですよ……」
これで謎が解けた……。
「ヒシシ。なんや、ウチのこと気になるんか? もっとストレートに言わんと……なぁ。す・め・ら・ぎ・はぁぁぁん♡」
「あ、チームメイトから聞いたんですけど。あの四天王の北栄さんも『てんい魔法』を使ってたとか」
「……ウチの色仕掛けを全スルーとか……。自分、最近肝座ってきたんちゃう? ……あー、北栄な……暗器使いの。あんなつまらん魔法どうでもええけどな。アイツのは『転位』魔法でウチとはちょっと違うんやけども、まぁ確かにウチの『転移』はアイツのバリバリ上位互換やで。」
「あ、そうなんですか」
3年の先輩相手にアイツ呼ばわりとは……。
さすが逆井さんだな。
「しかし部長の魔法は言うなれば……四次元スペースにどこへでもドア。取りませバッグとか……タイム保管箱。それってまるっきり『ドラあもん』の不思議道具ですよね。子どもの頃、憧れたんですよー。『ドラあもん』がいてくれたらなぁって!」
「……ん? なんやその『どらもん』……って。なんかの食いもんか?」
「え……何言ってるんですか。『どらあもん』ですよド・ラ・あ・も・ん・! 部長がアニメ好きだから僕も合わせたのに……。国民的アニメだから知らないはずないですけど」
「はぁ!? いつ頃のアニメや? 『ドラ』がつくアニメなんて……『ドラボンゴール』やろ……『ドラクンゴエスト』……『どらドラ!』……『ドラレク』『ドラライ』『ドラリー』『ドランス』。……カーっ!! アニメ廃人のウチが知らんアニメなんてこの世に存在するはずないんや! ……その話、詳しく教えてみい。もしや……同人? ……まさか皇はんが書いた漫画ちゃうやろな? わからんはずやで?」
「え……いや……、その……。知らなかったならいいです……ハイ……」
部長は頭を抱えている。
本当に知らないのか……。
単にこの世界は『ドラあもん』というマンガが存在してなかっただけ……?
……けどなんか引っかかるな……。
よくわからないモヤモヤを飲み込んで、僕は校閲の続きをした。
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