日常
第66話 転火泰平(てんかたいへい) 後編
休日はアッという間に終わるのはいつの時代、どこの世界でも同じだろうか。
いや、正直「アッ」もさせてもらえなかった。
休日を短く感じさせるようにした神様を恨むね……。
いやー……行きたくないんだよなー……学校……。
これがきっかけでまたいじめられるようになるかもしれないし……。
アッシュとも気まずいし……。
「おおい焔よ! もうとっくにご飯は出来とるというのに! ……おおい焔ー! 遅れるぞい!」
……爺ちゃんは何も知らずいつもの調子だ……。
うー……ちくしょうー!
「行事のあとはいつも寝坊するのう。朝ごはんが冷めるじゃろうが! とっとと顔を洗ってこんか!」
……。
従うしかない……。
爺ちゃんは悪くない……。
「……行ってきます……」
足が重い……。
自分からお願いして入学した学校だけど……これがあと何回続くんだろうか……。
「焔、ちょっとコレを……」
んーなんだろ――!
シュビッ!!
「……ッ!!」
振り向いた瞬間のことだった。
目の前にいきなり大きな拳が現れたのだ。
皮膚のしわ……角質が見えるほど近い。
ブワッ……
衝撃が遅れてやってくる。
そしてようやく、爺ちゃんが僕の顔面に拳を寸止めしたことに気がついた。
「目ぇ。覚めたじゃろ……」
僕は声が出ず、頷くしかなかった。
「ホッホ! 行ってくるがよい」
相変わらずだな……爺ちゃん……。
***
「おはよー、おはよー」
「おはぁー! 昨日の『マギーステルベン』観た!?」
「
「超凄かったよねー」
生徒たちの他愛のない朝の会話を聞きながら、今にも押しつぶされそうな感覚の中を登校している。
「……押忍、皇。疲れがとれないのか?」
後ろから声がした。
「あぁ……巌くん、おはよう。いやー……それだけじゃないんだけどね」
「よくある燃え尽き症候群というやつか?」
確かにあれだけ打ち込んだんだ、それがなくなったら一気に虚無感に襲われるのも無理はない。
「あー……言われてみれば確かにそれもあるかもね……」
「……いや、むしろアッシュの方か。ヤツとどう関わるべきか悩んでいるんじゃないのか?」
……ドンピシャされた。
巌くんはほんとよく見ている。
「うん、そうかもしれないね……」
「大丈夫だろう。
「え……、あ、うん……」
凍上さんと如月さんのことかな……?
それにしても巌くんとアッシュは仲が良いのか悪いのかわからないな……。
「すーめーらーぎ〜はーーーん!」
ドスッ!!
「うぐうっ!!」
頭上から声が聞こえたかと思うと逆井さんが降ってきて僕を踏み潰した。
……この人はほんとに……。
スカートも短いんだし少しは気にしなきゃいけないでしょうが……。
逆井さんに潰されながら激しく思った。
「ッく、逆井……! 皇、先に行ってるぞ」
巌くんは何故かすぐ立ち去ってしまった。
「ん……? 今ん男は……」
「クラスメイトですよ……。……それより……痛いんですけど……」
そこまで重くはなかったけど、勢いよく降ってこられたので衝撃が半端なかった。
「ああ、すまんすまん!w いやー、今日は授業が午前までやろ? 午後は部活あるでの。昼食後には部室に来るんやで。それを伝えに来たん」
「あ、そうでしたか……わかりました」
「じゃあまたあとでの!」
そう言って再び転移魔法で行ってしまった……。
あれ……そういえばAMAがあるのになんで転移魔法が使えてるんだ……?
あとで聞いてみよ。
*
教室のドアの前で立ち止まる。
僕はクラスの打ち上げに、顔すらを出さない半端者だ。
周りを怖がって輪に入れない。
ざわざわしている教室内だが、僕が入るときっと静まり返るんだろう。
前世でもそうやって自分は浮いていた。
親友を助けただけで自分がいじめられるのは理不尽だ。
でもそれがなくても結局はいじめられたのかも知れない。
僕はそういう星の元に生まれたのだろう。
いじめられている立場として、自分は同じ種族として見られていない感じがする。
一時期は自分が人間じゃないのかもしれないと思わされた。
こんな思いまでして無理をする必要があるのだろうか。
これほどまで辛かったら全部投げ出しても許されるのではないか。
……いや、投げ出した結果が「今」だったことを忘れていた。
やっぱり神様なんていないのだ。
僕は覚悟を決めてドアを開けた。
ガラ……
しん……
……ほら、予想通り。
皆、僕の方を見て静まり返っている。
巌くんとか鮫島くんは気にしてない派だったけど、結局これが普通の反応なのだ。
僕は顔を伏せながら自分の席へ行こうとした瞬間――
「皇くん」
予想外の呼名に驚いた。
人だかりの真ん中からその人物は出てきた。
アッシュだった。
「おはよう。魔武本では完敗だったよ。良い勉強をさせてもらった、ありがとう」
……え……?
「悪かったね、勝負を挑んでしまって。嫌な思いをしただろう? すまなかった」
あ、アッシュが僕に頭をさげている……。
「え、あ……そんなことないよ。頭を上げてよ」
これは本音なんだろうか……。
実は演技で「ハッ! ……と言うとでも思ったかこのクソザコが!」って言うんじゃないだろうか?
「打ち上げの時に皆には話したんだけど、君と私との勝負で出た賭けの負債は私が立て替えさせてもらうつもりだよ。だから君が気に病むことはないんだ」
え!?
皆の賭けの負け分を払うって……⁉
それ……相当な額なんじゃないの……?
「これがアッシュ様の神対応……」
「たまたま……だけど負けた相手に対してここまで紳士的にって……ほんとよくできるよな」
「育ちがいいってこういうこと言うんだろうな」
「中々できることじゃないぜ」
……。
もはや勝った負けたの問題ではないものになっている。
確かに金銭的マイナスがないとするならば僕(ら?)へのヘイトはなくなるはず。
そういった意味で確かにアッシュは神対応だったのだろう。
「そんなわけだからこれからもよろしく頼むよ」
手を出してきた。
たった一度の敗北でここまで変わることができるのか?
ギュ……
若干力が入っているような気がするが、それ以上なにかをするつもりはないみたいだ。
「こっちこそ色々ごめんね……」
僕はそう言って手を離した。
***
凍上さんにもちゃんとお礼を言った。
色々ありがとうと。
「それは気にすることないわ。それよりも……アッシュさんが何を考えているのか今の私でも未だ視えてこない。だけどこれで平和になるとも思わない……」
と言われた。
まだ一波乱起きそうな気がする……と。
***
午前の授業は終わり、今は食堂に来ている。
魔武本2位でもらったチケットでC定食を頼むところだ。
午後から部活があるならば食べておかないとね……。
なんとも言えない良い香りが辺りを包む。
そのためか、周りの生徒がこちらをチラチラ見てくる。
至高と言われるSS定食はこれ以上にヤバイとの噂だが、チケット限定商品なので食べたことがない人がほとんどだろう。
在学中に食べることができるのかどうか……。
それにしても、C定3食分はヤバすぎる。
どれだけ大盤振る舞いなんだ……。
基本的に生徒たちは、A定食かカレー、ラーメンなどを選ぶ。
B定食はちょっと良いことがあったり頑張ったご褒美に頼んだりもする。
C定食は一線を画す。
SS定食は最早、食べ物ではなく『宝』と噂されているとのことだ。
まぁそれだけでも頑張った甲斐があったな。
僕は喉を鳴らしながら、絶品と呼ばれているC定食を頬張ろうとした瞬間――
「あ、いたぞ!」
「皇! 早速C定、食べてるとかウケるw」
「んなことよりほら、言うんだろ?w」
「そうだそうだ! いやー、皇ィ! お前が勝ってくれたお陰で10円が10万になったぞ!! あッはッは!」
「ほんともっと賭けときゃよかったのによぉ!」
「10円捨てるとか言ってた癖になあ!」
「約束通り奢れよな。俺はカスティラのダブルだかんな!」
「わーってるよ。皇、お前にもこれやるよ。ほら、『イカしてんじゃねぇぞ』」
「おま、それ10円じゃんwww」
「賭けた額と同等のモンだからいいだろ? 一応礼はしたんだからよ!」
「ケチくせぇwww」
「どうでもいいから早くしろー!」
そう言って帰っていった。
……無造作に置かれた駄菓子を残して……。
♦逆井光side♦
昼のチャイムと同時に【ブラウンゲート】で部室の部長席へ直行する。
藤堂には皇vsアッシュ戦の収益を計算と払い出しさせとったから……もうできとる頃やろ。
ブオォン……ドサッ
「……あ、部長。言われた通り、賭けのトータルでましたが……」
「おう藤堂、相変わらず仕事サクサクやのう! 有能有能ご苦労さん! いやぁー、幾ら儲けられたんか考えただけでも……ウッヒヒ……」
「はぁ……。……どうせわかることですからはっきり言いますけどね、酷いマイナスですよ」
「はぁ!?
「そんな怖いことするわけないじゃないですか。えー……、全112枚中3人が皇殿に賭けて、その内の2人が10円、もう1人が…………100万です」
「は!? マジカ!! そないな頭ぶっ飛んでるヤツがおったんか! まさかあの皇はんに100万もぶっこむヤツがおるなんて……。く……折角稼げる思うたのに……」
(……ウチは別にディスっとるわけじゃないで。稼げる言うたんは、まだ周りが皇はんの力を知らんちゅうことや。ウチらだけじゃなくまさか他の誰かが皇はんの力に気づいたっちゅうことか……?)
「やっぱりウチがちゃんと確認しておけばよかったんや……。せやけど今回のレースは固定倍率やったし……。逆に1人しかバカでかい勝負しとらんかったから良しとすべきなんか……」
「それよりも部長……。100万の1万倍とかどうするんです?」
「……。なぁ藤堂……この負債……、経費で落せん……? 部費でどうにかならん?」
「何を言ってるんですか。無理です」
「……銀行の金庫に転移したろかな……」
「全力で止めますよ。いくら部長がAMAを回避できる方法を知ってても犯罪に手を染めさせることはできません」
「くっ……、頼りになるんがこないに裏目に出るとはの!」
「当たり前じゃないですか。貴重な人材を失うわけにはいきません。それに去年は去年で荒稼ぎしたじゃないですか。それでどうにかしてください」
「口惜しや……」
「そういえば今回、アッシュ=モルゲンシュテルンに賭けて負けた人全員に、本人がマイナス分を支払うみたいですよ」
「なんやそれ!! ウチの負債も払ってくれへんかな……ウチのこの魅惑のボディ――」
「さぁ聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「……。なんやその食い気味な返答……。無理やと思うて適当に返事したっちゃろ」
「100億ですからね。部長の体で100億回ご奉仕してもちょっと難しいんじゃないですか?」
「藤堂。それ……ウチの体が1円にも満たない……そう言いたいんか?」
「あ……! いやっ! ちっ、違いますよ!! 1回でも奉仕したら『100億回堪能するまで足りない!』って言われるんじゃないですかと!! つまり、みっ……魅力的だと言いたいんです!!」
「……相変わらずやんな……。もうええわ。おとんに前借りするわ」
「……うぐぅぅっ……」
「ほらもう行きい。今日は大事なお見合いの日やろwww」
「……ほんとに行きたくないんですから……」
「忍の末裔ともなると跡目が大変やな。しかも相手はあの北――」
「言わないでください!!」
「あっひゃっひゃ〜」
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