第68話 心機一転(しんきいってん) 後編
***
「あー、時に皇はん?」
長い沈黙を破り、逆井さんの声が響き渡る。
「はっ、はい?」
「そういや皇はん自身の〖禁呪書〗の開花と代償はわかったんかいな? わかったら教えてくれる約束やったけど。それと顧問の件も、楠センセに聞いてくれたんか?」
あ、そうだった……!
すっかり忘れてた。
魔武本の練習に追われてすっぽ抜けてた。
「すみません、楠先生に話を聞くこと自体忘れてました……」
「……そんなこったろうと思たわ。まぁええで。ウチらが勝手に押し付けたんやからな。じゃあ開花もまだわからんか」
「あー……開花でしたらわかりました。今まで出来なかったことが出来るようになったので」
「無魔の開花データなんてほぼないんよ。そもそも無魔が〖希少点穴〗に落ちることも稀やからね。せやからホンマ興味あるんやわ……色んな意味でのう……ジュルリ」
逆井さんは舌なめずりをしている……。
「は、はぁ……」
「〖禁呪書〗のタイトルも結局聞いてへんかったな。何だったん?」
「あー、すみません。それすら言ってませんでしたね……。〘燧喰〙って――」
「ブーーーッ!!ひ・き・り・ぐ・い!!?」
急に大きな声をだした逆井さん。
「え、おま……。あの燧やあらへんよな……? ちょ……それ……え……」
逆井さんは明らかに動揺し始めた。
「え、なんかまずいんですか……?」
「だとしたら……だとしたらうっわ! ヤバ! ヤッバ! ウッワ!!」
……逆井さん1人で辺りをのたうち回っている。
「……あ、あ、改めて聞くで。その……具体的に何が出来るようになったん……?」
「なんてことはないですよ。え、えと……。消火……?」
「【ブラウンゲート】!!」
急に逆井さんは立ち上がり転移魔法を使いだした。
ドサッ
「はい……結構なお
突然ゲートの中から現れたのは、正座をしてお茶を受けている藤堂さんだった。
しかもタキシード姿……。
「え……な、な、な……なに何ですか!! 部長ーーー!! また……人を勝手に呼び出して!!」
姿を見られた藤堂さんは顔を真っ赤にして慌てている。
「藤堂!! そなオモロイことしてる場合とちゃう! ええか、これデジャヴやないで? ……皇はん、〘燧喰〙を開花させておったん!!」
「ひき……⁉ えそれま、マジですか……?」
2人はその体勢のまま固まった。
「あ……あの……それって……」
「皇殿。〖禁呪書〗の能力……、絶対にバレない様にした方がいい」
「え……?」
急に超真面目な顔になった藤堂さん。
「あんな……。古代文献でしか……それも1ページもない〖アカシックライブラリ〗のことについて書かれた書物……。そこに〘燧喰〙について1行のみ書かれとった。その能力は”火を消す”んやなく『
火を……喰らう……。
「このご時世、炎天化のせいで«火属»自体の需要は皆無やが、せやからこそ火を消す力言うんは国家がケツから手が出るくらい欲してるんや。«火»の弱点属性である«水»や«土»なんかが今の主流やからの。平穏を望むならその力、知られん方がええ……。最初に知られたんがウチらだったんは幸いや思うで」
国家……?
そんなまさか……。
「この際だから魔法研究部を設立した本当の意味を……教えておいた方がいいのかもしれない。ここまで皇殿の秘密を知ってしまったんだからね」
「あ、待ってください! この力のこと、班員には教えちゃいましたよ! だからそこまで秘密になってないかも……」
「それくらいならまだええやろ。同じ〖希少点穴〗仲間やからな。〖禁呪書〗を借りてるなんて本来なら他の人には言わんからな……。話そ言うんやったら全力で止めたほうがええで」
「あ、そうなんですか……」
あの時、如月さんを止めた巌くんは正しい判断だったのか……。
……ん、借りた……?
禁呪書ってレンタルなの……?
「今や皇殿は正式な部員。やはり色々教えておいた方がいいと思います」
「せやな。まずウチらがただ単に遊んでるだけやないってのは理解してもらわんとな」
そんな深い意味がこの部活に……?
「拙者の方は、物心ついた時から世界の理……真理について調べていた。それだけの謎がこの世界にはあると。忍である拙者が何故、忍術を消されてまで魔法を使う羽目になったのか。全ての事象は、予め決められたものなのかもしれないという因果。それは〖アカシックライブラリ〗に存在すると言われている全知全能の書が及ぼす力だと……」
真面目なトーンで話すタキシード姿の藤堂さんは、忍者とは遠くかけ離れてる気がする。
「つまりだね。この世界で起きている事全てが目的を持った誰かの仕業……、そう考えたんだ。不可解なことや矛盾点がいくつもあったからね」
それじゃまるでラプラスの魔そのものじゃないか。
「思惑に踊らされんように抗ってるつもりや。んで、ウチもオトンの影響で調べるようになってん。せやから藤堂とはまぁ同志みたいなもんやな」
……やっぱり親父さんはテレビに出てたあの人なのかな。
「他にもあるんだけどね。魔法理論が解明されて十余年……。古代魔法の存在が徐々に明らかとなり、遥か昔は今よりも魔法が栄えていた時代があると考えた。そして拙者と同じ考えを持つ部長と兵藤でこの部を立ち上げたんだ」
「ひょうどう……?」
「あぁ……、前にちょこっと話したやろ。最初は部に3人おったって」
「そういえば言ってましたね。なんで辞めちゃったんですか?」
「…………」
「…………」
あれ……空気が……。
聞いちゃいけなかったのかな。
「皇殿、聞く覚悟があるというなら……どうかこのことは内密にしていただきたい」
え、なに……そんな重い話なの?
「皇はんなら大丈夫。ウチが話すわ」
答えてないのに聞く流れになってる……!?
「魔法研究部……通称、魔研部はウチと藤堂とそして
「そうですね。拙者と兵藤がメチャハマりましたからね」
「んで2人ともメチャブヨったんよなww あん時ん走ってる格好ときたら……ww まるで忍らん玉太郎やったでww」
「それはアニメ!! でも拙者は兵頭とは違って魔武本までに体重戻しましたし!」
「せやったなw ……ククク……ヒーww」
「部長!!」
2人とも楽しそうに話している。
こんなに楽しそうなのになんで……一体何があったんだ……。
「あーおかしい。んでな。1年の秋頃やったかな。部活の合宿として呪界中層に潜ってたん。そしたら……そこで〖希少点穴〗やわ」
ゴクリ……。
「皇殿も踏破してるからわかると思うけど、4エレと戦ったよね?」
「あ、はい……4エレ……」
フォースエレメンタルブレイブガーディアンの略かな?
「じゃあ倒し方はもうわかってるか。あの時、部長は«火»だったし兵藤は«血»……。属性重複させるのに拙者の忍術が必要だったってわけなんだ」
「……せやな。……せやなあるかい! 忍術言うてもあん時は隙がバカでかい属性攻撃やったやん。印を結ぶんが時間くっての。んでもまぁ、ウチの火力がなかったら倒せんかったし。兵藤も自分の出した《血塊岩》を投げ返されて足バッキバキやったもんな」
「確かに最後は部長に持っていかれましたけど……。拙者がいなかったらそもそもダメージも通らなかったので――」
「なんやー? 聞こえんなぁー」
「……なんでもないです! ……それでね、4エレを倒して〖禁呪書〗を手にした瞬間――」
「突然兵藤が襲ってきたん。あないに足バッキバキやったもんやし、まさか襲ってこえへん思て完全に油断しててな」
「拙者は兵藤の«血魔法»をモロに食らって……今でも胸に深い傷跡があるんだ。まさか攻撃されるとは思ってなかったからね。改めて思い知らされたよ。やはり忍に情は不要だったってね……」
そう言った藤堂さんの表情は氷のように冷たくなっていったのがわかった。
「ウチが手にしとった〖禁呪書〗〘創天〙の開花能力は«天属性»と究極転移魔法。前にも言うたが、«天属性»の開花条件……トリガーが〝絶体絶命〟やったん。兵頭に襲われて4エレの時以上に危機に瀕してすぐ開花したウチの転移魔法【ブラウンゲート】で兵藤を別の空間に飛ばしたん」
〘創天〙……。
どうみても僕の〘燧喰〙より強そうだけど……。
「……そのあとどうなったんです?」
「……兵藤のことやんな? ……兵藤は……もう……」
「え、……死んじゃったんですか?」
「……その時、ウチの転移はまだ開花直後で未完成。転移先……座標指定もしとらんかったもんでどこへ飛んだか全く想像がつかんねや。それか指定先を決めとらんかったんで、ゲート内の空間に取り残されたか。探そうにも無限大……取り出そうにも送った座標もわからなんくなってしもうて。せやからとんでもないところへ飛ばされてそこで絶命……っちゅうことやと解釈したん。足もバキバキやったし……。その後の行方は知れず。『氣を探っても』兵藤はこの世におらんかったわ」
「なんで襲いかかってきたのか真相は闇なんだけど。だからこそ部長は十字架を背負ってるんだ」
「ウチのせいで死なんでええ命を奪ってしもたんや。そら墓場まで持ってくで……」
……そんなことがあったのか。
でも仲間に手を出した兵藤さんがいけないんじゃないかな……。
誰に聞いても自業自得だと言われちゃいそうだけど。
「そんな訳でね。同好会止まりじゃ存続の危機もあるし、部活動じゃないと魔武学のサポートも最大限に生かせなくてね。とある
「え……僕ですか?」
「最初はただの興味やったん。せやけど無魔であり、力もない。なのに入試免除の話もあった。それを蹴ってあえて入試を受けて実質2位。シメはあの泥人形のセンセを伸してしまうというおまけ付。そんなおもろい人材を逃す訳ないやろがっ」
「にゅ、入試免除……!! なんでバレて……って、は……? 入試2位? 何言ってるんですか? そんな訳無いですよ! あれ倒すのにかなり時間かかりましたよ? 誰かと間違えてるんじゃないですか?」
「皇殿……。もしかして〝倒すまでの時間〟が評価の対象になったんだと思うのかい? 実はあの教諭の泥人形って構造がかなり特殊で無力化するのが精々なんだ。拙者も部長も入試の時は無力化させてた。効率的にっていうのもあるけど、そもそも消滅なんて考えてなかった。それをやったっていうのが主席のアッシュ=モルゲンシュテルンと皇殿だけだったんだ」
「ちなみに月詠……生徒会長も入試で消滅させて無効化したでの」
「ちょっと待ってください? というかなんでそんな話を知ってるんですか!? だって……僕も今知りましたし……その……みんな僕のことを無魔だってバカにしてたし……」
「ん、盗み聞きした。このゲートでw 入試の後の職員室に仕掛けておったからのww いやー、あの泥人形のセンセは自分の保身のために皇はんに伸されたことを揉み消したんや。まぁ……性格的にも無魔にやられたってのを知られたくなかったみたいやし。大人なんて大体そんなもんよ」
「…………」
僕が2位……。
そんなことがあっていいのだろうか。
素直に喜んでいいのかもわからない。
楠先生だって僕のことを落ちこぼれのように話していたし……。
「……とりあえずもう帰ろかー。実はもう結構な時間やねんで」
その言葉で窓の外に目をやると、キレイな夕焼けが見えた。
「あ……もうこんな時間……」
「はぁ。部長のせいでまた怒られますよ……。お見合いすっぽかしたって」
「よかったんちゃうん? それともお見合いしたかったんか?」
「い、いや! そうじゃなくて!」
「アヒャヒャww アイツとガッコで会ったらブッ叩かれるかもな! ……ま、そんな訳や。楠センセの件だけよろしうな! これからも頼むで、皇はぁん♪」
「は、はい、……お願いします……」
僕はどんな顔をして帰ったのか自分でもわからなかった。
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