第6話絶望的

翌朝、さやかは市民病院に入院している、夫の病室を訪れた。

「渡さん、おはよう」

「ん?さやか、おはよう。今日は胃カメラを飲むみたいだ。昨日から検査食」

「そう。この際、悪いところは徹底的に治そうよ」

「そうだな」

さやかは、昨日、小林医師から腫瘍マーカーのCEA値が限りなく20.0に近い数値であることを知らされている。

ガンは間違い無いだろう。せめて、早期発見を望んでいた。


10時、看護師が現れ、渡をストレッチャーに移乗させた。

右足は骨折している。


胃カメラは苦しみが軽減される、鼻の中から入れるタイプのものだった。

医師は、組織を数か所採取した。

渡は長引くカメラに苛立ちを隠せない。

1時間後、病室に戻ってきた。


検査後は、普通の食事を始めた。

だが、半分も食べずに膳を下げた。

「さやか、僕は大きな病気なのかなぁ?」

「大きな病気なら、バイト出来る体力は無いよ」

「……そりゃ……そうだな」

夫の歯切れの悪い返答にさやかは、こう言う。

「何の病気でも、早目に叩けば治るよ。まだ、49歳でしょ?」

「……さやか、もし、大きな病気なら離婚しても良いぞ。お前に面倒を掛ける訳にはいかない。お前は幸せになる権利がある。別に大した病気で無くても、病弱な男だから、離婚しても構わない」

と、渡が言うと、

「何、言ってんの?離婚する訳無いじゃない」

「お金か?離婚しても受け取り人はさやかにするぞ」

「お金じゃない。夫婦で乗り越えなきゃ。大きな病気ならね」


その日の夕方、病室で話していたさやかの名が呼ばれた。

小林医師だった。

小林医師はさやかを小さな相談室に呼び、検査の結果を話した。


「ご主人の検査の結果ですが」

「はい。告知して下さい」

「ご主人は、スキルス胃がんです」

「……すきるす?」

「進行の早い、最悪のガンです。私達は、ご主人の胃の全摘を考えています」

「胃を全部取っちゃうことですか?」

「はい」

「それで、治りますか?」

「五分五分だと思います。この事をご主人に伝えますか?」

小林医師は50代のベテラン女性医師だ。

「はい」


その後、渡を車イスに乗せて、相談室で話した。

同じ話しを小林医師は、渡に話した。

「先生、手術しなかったらどうなりますか?」

「年単位での生存率は低いでしょうね」

渡は目を閉じて、何やら悟った感じで、

「先生、頑張ります。可能性があるなら胃なんて、いりません。早く手術して下さい」

「分かりました。また、後日、検査をしますので」

『宜しくお願い致します』

と、夫婦揃ってお願いした。


「スキルス胃がんだってさ、さやか」

「うん」

「逸見政孝さんを思い出すな」

「誰それ?」

「元アナウンサーで、クイズの司会者」

「どうなったの?」

「スキルス胃がんで亡くなったよ」

「そんな、弱気じゃ駄目!手術で治るんだから」

「そうだな。もう、遅いから帰って良いよ。今夜は小説読んで暇を潰すから」

「……分かった。また、明日来るね」

と、言ってさやかは帰りのバス停に向かった。

道中、さやかは不安でいっぱいだった。

生活もあるが、先ずは夫の健康を優先させなければ。

全摘で治るなら、今後の食事も気を付けないといけないので、自宅近くの本屋で健康食のレシピ本を数冊買った。


1人になった渡も不安だった。年単位の余命は無い今の身体。

小説を呼んでいたが、頭に入って来ない。

自由に動けないから、食堂の自販機まで行けないので、病室の簡易冷蔵庫から、ペットボトルのお茶を取り出し飲んだ。

スマホでスキルス胃がんを調べると、額から変な汗が出てきた。

進行が早い……か。

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