すべてを取り込んだその末は。
コランダム、最後の冒険の地「神の国ユウェール」。
世界中を巡り様々な敵と戦い、倒し、その特性を獲得してきた主人公は、突如意識を失い倒れ伏す。
そして目を覚ませば。
「なにここ。お城? みたいな? 宮殿っていうのか。顔を布で隠したスリムなメイドさん……これは癖ですねぇ」
謎の女中に案内されたのはステージ。豪華なシャンデリアが
そこで判明する主人公の正体。肩書も素性も不明、記憶すらも明かされていない彼、あるいは彼女。それは、ユウェールの神々が下界に放った「くず石」である。
それは彼らの誉れ。下界に揉まれ研磨され、あるいは
「感じ悪ぅ。悪趣味な神様もいたもんだ」
ここでルート分岐だ。
得た特性の数によって、下位・中位・高位の神のいずれかに買われ、その下で主の目的を叶える為行動する、というのが大まかなルート。
「あたしは……高位神か。まー、特性なんてたくさん取ってなんぼっしょ。むしろこのルート以外に行くのって二周目以降なんじゃない?」
主人公を買った高位神は野心に溢れ、既に高い地位にあるにも関わらず尚も上を目指そうとしている。即ち、すべての神を束ねる最高神に至ろうというのだ。
高位神を狩っていくこのルートは当然最も難易度が高く、得られる特性も強力なものばかり。アクションが苦手な人にとっては二周目前提、とすら思えるほどであり、実際配信者の中には初見でこのルートに入った為に「詰んだ」人もいるくらいだ。
そしてなぎさは、十二柱の高位神の九柱を倒し、次へと進んでいた。
「思ったより? 思ったより、ではある。派手で火力高いけど、モーションわかりやすくていいね。やってて楽しいボス多い」
神と名乗るだけあって、そのアクションは多彩で強力だ。光の雨を降らせたり、巨大な炎の剣で薙ぎ払ったり、高圧水流を乱発したり、画面を見ているだけで楽しい。もちろん各々が持った武器を華麗に振り回し、プレイヤーに迫ったりもするけれど。
なぎさはそれらをきれいにかわし、隙を見ては攻撃を叩き込む。無駄回避がなく、攻撃時の連打癖もない。言った通り、ボスのモーションがわかりやすいからだろう。
「でもなんか、雰囲気ラスボスっぽくね? まだ三体いるよね。まさかね。まさかだよね」
荘厳な宮殿の、ステージ前。主人公が謎の女中に連れられて最初に立つことになる、いわば神々のオークション会場。
扉の前に立って盛大にフラグを立てるなぎさは、近くのセーブポイントを行ったり来たり、「あー」とか「うー」とか唸っている。
チャット欄が「はよ」とまくしたてる。「うるせーうるせー」とわめくなぎさ。
神様の話だとよく聞く、「三位一体」。
高位神ルートにおける最終ボスはまさしくそれで、三柱の高位神を同時に相手取ることになる、鬼畜難度のボスである。
「嘘だろ……複数ボス嫌いなんだけどぉ。嫌なんだけどぉ」
コントローラーを持ったままテーブルに突っ伏すなぎさをよそに、画面内ではボスの登場ムービーが流れている。
一柱の神の姿がぶれて、二柱になり、そして三柱に。華美にして荘厳、長い金の御髪に白のローブ姿の女神は、三柱ともまったく同じ姿をしている。槍を構え、弓を番え、杖を手に。
彼らは、高位神を狩る主人公に鉄槌を下すべく、静かにその目を開く。
「めっちゃきれい。あたしここに混ざれる?」
混ざれる! とチャットしたい衝動をなんとか堪え、ツッコミに徹した。
さておき戦闘開始。静かに、素早く、滑り込むように距離を詰める槍の女神。その槍が振るわれると同時、矢の雨が周囲に降り注ぐ。そしてそれらを振り払うように光の波が地面を伝った。
開幕の猛攻をなんとか凌いだなぎさは、楽しそうに笑っている。
やっぱこれだよなぁ。ゲームを全力で楽しんでる、っていうのが、そりゃあもう全身から伝わってくる。「やば」とか「うぇーい」とか、時折漏れる一言にも素直な感情が乗っていて、楽しさ、緊迫感、喜びも苛立ちも、全部一緒に共有できる。
チャット欄の応援にも熱が入る。俺達が出会った頃より、チャンネル登録者も同時接続者も、少しだけ増えた。少しだけ、とはいっても、それでもまちの上昇量よりも多いくらいで――なぎさもなぎさで、成長している。
コランダム中でも一、二を争う難関ボス。一度死に、二度死に、そして三度、四度と重ねていく。
けれど諦める気配どころか、嫌気が差すような雰囲気すら見受けられない。
ああ、でもやっぱり、この生き生きとした目、笑顔、好きだなぁ。
好きなものを素直に楽しんでる子は、かわいい。なぎさも言っていたけど、本当にその通りだ。それ自体は前々から思っていたことでもあるけれど、好きだと自覚したら尚更に。
このピアスは見たことあるな、だとか、この服は結構頻度が高いな、とか、知れば知るほど気になってしまう。たまにではあるけれど、明らかにまちこを意識したアクセサリーをつけていることもあって、そんな日はなんとなくラインをしたくなる。
十数度のトライの後、なぎさは見事に三女神を撃破した。渾身のガッツポーズ、それでも「まさか」を疑ってコントローラーを離したりはしない。見事にこのメーカーのゲームに毒されてるなぁ、なんて笑みがこぼれる。
高位神を狩り尽くし、そして主であったはずの神すらも倒し、宮殿に住まう十二柱はそのすべてが主人公の糧となった。主人公は唯一の高位神となり、宮殿の主としてすべての神の頂点に立つ。そこに住まうのは主人公と謎の女中ただ二人。
宮殿をさまよい、女中と話し、そしてまたさまよう。気まぐれに宮殿を離れてみても、中位以下の神々は彼を恐れて近寄りもしない。
すべての頂点に立った主人公に待ち受けていたのは、あらゆるものを凌駕する力と、思うまま振る舞うことを許された権限と、それらが故の孤独であった。
「すべてを得ると、孤独になる……か。あたしも気をつけなきゃな」
しんみりと呟くなぎさに、チャット欄にツッコミが殺到する。
ちなみにエンドロール後のクリアデータをロードすると、誰もいなくなった宮殿からスタートする。本編中では何度攻撃しても敵対しない特殊NPCである女中は、このクリア後の世界で攻撃すると敵対状態になる。
その強さは作中最強。理不尽とも思える連撃に、広範囲高火力の技を繰り出し、回避行動に「回復狩り」のような行動までも取り始める。
苦労して倒すと、その亡骸からは「遺灰」ではなく「種石」が手に入る。主人公はこの種石に命を吹き込み、下界へ落とす。残った神々から十二柱を選定し宮殿に住まわせると、自らは「宮仕え」として姿を変え、その背後からすべてを操った。
やがて天上へ至る「宝石」と、心躍る死闘を繰り広げる夢を見ながら。
「……遊び尽くしたら自分で楽しみを見出すしかない……このゲームに相応しいエンディングでした」
一通りのプレイを終えて、なぎさの雑感。
歴史は繰り返す、みたいな解釈をしていたけど、なぎさのそれを聞いて思わず「あぁ」と唸ってしまった。
「けどあれよね、刺激ばっか求めるとこうなるって話。もっといろんなこと楽しまないとだめよねーって話だよ、きっと」
うん、うんと頷く。すごく示唆的ではあったけれど、その解釈はすんなりと腑に落ちた。
チャット欄でも色々と意見は飛び交っていて、なぎさのそれを否定する声も決して少なくはない。
けれどそれも含めて、楽しい配信だった。
何と出会い何を得て、どこへ至るか。コランダムの主人公は戦い高みへ登ることを良しとして、ついにその頂点に立ったけれど、結果はアレだ。
けれどやっぱり、出会い得たものによって価値が増す、というところはきっと真実なんだろうと思う。チャット欄だってそう、その大前提を否定する視聴者は誰もいない。
「前住んでたとこも悪くなかったけど、こっち越してから、ほんと出会いに恵まれててねー」
タイトル画面に戻って厳かなBGMが流れる中、コントローラーを置いたなぎさがしんみりと語り始める。
「まちこはもちろんだし、友達もいい人ばっかだし、あと……ライブ一緒に行く友達もできたし」
あ、と声が出た。
俺のことだ。もちろんなぎさの私生活をそんなに把握してるわけじゃないから、断言はできない。けれど彼女が他の誰かとライブに行った、なんて話も聞いたことがなくて――
「あたしもちょっとは成長してんのかなー。夢ができるっていいよなぁ、って最近思うことあってー」
なんかこう、本当に、照れ臭いというか。
四千人強を前になぎさが語る、薄ぼんやりとした「俺」の話。けれどはっきりと俺のことを言っているとわかる。
「もっと色んな人とコラボ……とか、あんまりみんな望んでないのかな」
なぎさはこれまで、一人用のゲームを主に配信してきた。マルチ対応のゲームなんて数えるほどで、それとなればコラボの機会も多くはなくて。
チャット欄の反応は、まさに賛否両論。これまで通りの配信がいい、もっと色々な「なぎ。」を見たい。どっちの意見もわかるし、それこそ頻度の問題でしかないって意見もよくわかる。
「まー……でもとりあえず、来週水曜から三日間は配信なしだから! 修学旅行なんよね」
意見をまとめることもなく、なぎさはしんみりとした空気を、机を軽く叩いて断ち切った。
「どこに行くか、とか言えるか! お前ら見とけよ、あたしはそこで一皮むけてくるから」
修学旅行で何をする気だ、なんてチャット欄のコメントに、俺は一人考え込んでしまう。
「そんなわけで、今日は終わり。またねー、ばいばーい」
手を振り、画面が切り替わり、そしてすぐに配信は閉じられた。
テーブルの上、すっかり冷めきった紅茶を一口含み、少しだけ舌の上で転がした後にゆっくりと飲み込む。PCの電源を落とし、一階に降りてまちと戯れ、歯磨きをしてまた自室へ。
電気を消して潜り込んだ布団の中、少しだけ火照った身体がなかなか冷めず、スマホを持ち上げてみる。ラインを立ち上げて、なぎさとのトーク画面を開いて――
スマホを置いて、そのまま眠った。
そして修学旅行当日の朝を迎える。
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