【雑談枠】突発オフコラボ【machico/なぎ。】





 妹の部屋の隅に置いてあるPCデスクから映る光景は、反対隅に並ぶ趣味の陳列棚だ。まちこグッズであったり、関わりのあるアイドルのグッズであったり、写真であったりその他いろいろが飾ってある。画角的にはそれのみが映るように調整されており、どうあってもここから家の特定なんかはできない。

 見慣れた部屋の一角も、それだけを画面越しに見ると特別感があるから不思議なものだ。そしてその中心に映る妹。見慣れた光景に見慣れた顔。とてもかわいい。

「こんばんはぁ。みんな待ったぁ?」

「まちこがれたよー!」

 これはまちこの配信におけるいわば「定型のあいさつ」。これに対してチャット欄に「まちこがれたよ」が並ぶのは、見ていて楽しい。俺も打つ。

 何なら画面外から声も聞こえた。

「……告知済みだけど、今日はゲストが来てるんだぁ。人気ある子みたいだから、知ってる人も多いんじゃないかなぁ」

 まちこのライブ配信に他の誰かが映る、なんてのは珍しいことだ。例えばライブ前のvlogなんかでスタッフだったりが、なんてことはあっても喋ることはない。

 ましてや数字的には格上の人気配信者。しっかりとしたコラボ配信ともなれば完全に初めてだ。しかしそこは我が妹、どっしりとのんびりと、緊張した様子は見られない。

「なぎちゃんです。どうぞー」

「はーい。どうもー、ゲーム実況を主に配信してます。なぎです」

 画面外からヘコヘコと頭を下げながら登場したなぎさは、俺の部屋から引っ張ってきた椅子に座ってまちと並んだ。もちろんその椅子は視聴者からは見えないが、なんともはや、その事実だけで胸が一杯になる。

 今日は顔合わせ程度の雑談枠らしい。そこまでガッツリと絡むわけでもなし、何かの話題を深堀りすることもないだろう。

「それにしても、すごいなぁ。見たことない同時接続数」

「あたしの視聴者もそこそこ来てくれてるね。みんな、まちこの養分になってね!」

「言い方。……でも、ここから私のことも興味持ってくれたら嬉しいかなぁ」

「終わったらこのチャンネルの再生リストからMVを全部見なさい。惚れるから」

「オリジナルは三曲しかないから、ちょっと覗くだけでも」

 しかしそこはさすがのまちこオタク、自分の紹介もそこそこにまずは布教活動とは恐れ入る。今出演しているここは、そもそもまちこのチャンネルだというのに。

 それにしても、まちの部屋で推しが配信してるって、すごいな。やっぱり違う。

 言うなれば、まちのライブを初めて見た時のような。普段の彼女とは違って、それは明らかに見え方を意識しているとわかる。見せ方が違う。

 ライブがまちの土俵なら、なぎさのそれは配信だ。ステージに立つ自分を見せるのと、カメラ越しに自分を見せるのではきっと大きく違っている。それが並んでいるとよくわかる。

「そういえばなーちゃん……あ、なぎちゃんはゲーム以外には何か配信でしてる?」

「なーちゃんでいいよ。あのね、たまーにだけどファッションチェックみたいなことはしてる。自分の服紹介したり、逆に視聴者の服見たり」

「へー、楽しそう。私の今日の服どうかな?」

「最強。無敵。かわいい」

 まちとなぎさの配信頻度は、それこそ倍以上にも違う。それだけを研究しているなぎさと、歌にダンスにといろいろとレッスンに忙しいまち。比較するのもなんだかなぁってなもんで。

 テレビとネットのライブ配信は違うというのはよく聞く話だ。気負いすぎない構えすぎない作りすぎない、リアルな共感ってのが配信では大事らしい。

 そういう意味で、やっぱりまちはちょっとだけ構えすぎている。なぎさだってもちろんキャラ作りしてるのは見て取れるけど、確実にリアル感はある。

「なーちゃんの服もかわいいよねぇ。そーいうの、あんまり持ってないから」

「えー絶対似合う。あたし今貸そうか?」

「貸してって言ったら貸してくれるの?」

「……ちょっとまってて」

「うそうそうそうそ、冗談だから!」

 小ボケもしっかり挟んで笑いを誘う。ボケに見えない、というか八割以上本気であろうことは、まぁ、俺以外の視聴者には伝わっていないはずだ。

「あ、そもそも私達の関係なんだけど」

「推し! 圧倒的推し! ちょっと前に引っ越したのだって、まちこのライブに通うためなんだから!」

「コメント欄の私のファンなんかは、なーちゃんって言ってる時点で気付いてる人も多いねぇ」

「雰囲気違うからちょっと驚かれてるよね。別に変装とかのつもりでもないんだけど」

「ライブの雰囲気、というかみんなの雰囲気に合わせてるんだってぇ。いい子だねぇ」

「うん、あたしいい子なの。だからストーカーみたいな目的で引っ越したんじゃないってことだけはほんとに信じて欲しい」

「信じてるよぉ。だって初めて会った時あんな風になるんだもん」

「ああ、あはは、あたしってばガッチガチにあがって、挨拶もできずに逃げちゃったんよねー」

 本当に笑い話になってよかったよ。さすがのまちも、あの時のなぎさには若干引いてたから、下手をしたらこの交流もなかったかもしれない。

「そういえばなーちゃんの視聴者さんは知らないだろうけど、私お兄ちゃんがいてね。おにぃがなーちゃんのクラスメイトでぇ」

「そうそう、おかげで仲良くなれたんよ」

「今も見てるんじゃないかなぁ」

「いぇーい、おにぃ見ってるー?」

 俺をいじるな。素人をいじるな。コメント欄まで一緒になっていじってくるな。

 まちの肩を抱いてピースサインのなぎさは、そのおちゃらけた言葉と裏腹に体がガッチガチだ。少しずつやり取りも自然になってきたものの、やはりボディータッチとなると話は別か。

 さっと手を離しまちの顔色を窺ったなぎさは、「ふひ」と奇妙な笑い声を漏らした。推しは推しと絡むと、時折キモい。

 けれど気持ちはわかる。推しを前にキモくならないやつが果たしているんだろうか。いやいない。

 そしてアイドルであるまちは、そんなファンに慣れきっている。平然とその笑いを流し、平然と会話を続けてしまった。ある意味では美味しいシーンを逃したとも言える。

「でもこれから、ちょっとずつコラボしてみたいねぇ」

「したい! 一緒にゲームとかできたら泣いちゃう」

 今日したばっかりだけどな。

「ゲーム慣れてないから、その時は優しく教えてねぇ」

「うん、ふひ、手取り足取り教えるよ」

「……時々様子がおかしいよね」

「言葉選びが優しい」

 まちは人のことを「キモい」だなんだと言ったりしない、育ちのいい子なんだ。たまに変な対抗心燃やして「私の方がかわいい」とか「あざとい」とか言っちゃうけど、かわいいもんだよね。

「私は一緒にカラオケとかやってみたいかも」

「楽しそうだけどみじめになりそう」

「なーちゃんの声、さっぱりしてて聞き取りやすいから、歌ったらきれいだと思うんだけどなぁ」

「そっかな。それならやっちゃおうかな」

 ちょろい。コメント欄を埋める文言が、まさに俺の脳内にも浮かんだ。

 とはいえまちの意見には賛成だ。配信者だって今時ボイトレくらいはしてるもので、そりゃ喋ると歌うじゃまったく違うのはわかるけど、そもそもなぎさは声質がとてもいい。

 技術ももちろん大事。けれどどうしたって埋められない才能の壁――声質ってのは、歌には欠かせないファクターだ。唯一無二の声を持つ歌手は、やっぱり強い。

 でれでれとだらしのない笑顔のなぎさは、まぁ唯一無二とまでは言わないまでも。

「でもあんまりやりすぎると迷子になりそうだから、たまにだね」

「それはある。やっぱりまちこの配信には、まちこを見に来てるからね!」

「なーちゃんの配信にはなーちゃんだね」

「そうそう。というか今日まであたし、まちこの話題を出したこともなかったから……コメント欄に来てくれてるあたしの視聴者も、ちょっと戸惑ってる感はあるんじゃないかな」

「今日はでも、見てくれてありがとねぇ。他の配信見るともっと戸惑うかも知れないけど、頑張って見て欲しいな!」

「戸惑うかなぁ」

「たぶん聞いたことないジャンルのアイドルなんじゃないかなぁ」

「斬新で目を引くよね!」

「わぁ、全肯定」

「そこに惹かれたクチではあるから」

「そういえばなんで私のこと知ったんだろ。あんまり馴染みのないジャンルだよね」

「なんでと聞かれると、偶然おすすめに出てきたからなんだけど」

「おすすめかぁ。たまに『なんで?』って動画出てきたりするよねぇ」

「あるある。でもサムネのまちこの顔がもう、かわいいのなんのって。疑問にすら思わなかった」

「そっかぁ。私かわいいもんねぇ」

「うん!」

 ボケたつもりのまちと、それでも全肯定のなぎさ。バランスが取れているやらいないやら。コメント欄は、そんな噛み合わない二人を楽しんでいるようで、なかなかの好感触だ。

 そりゃあもちろん、コメント欄が隅から隅まで全肯定なんてありえない。批判意見がないわけじゃない。格差のあるコラボ配信なんてそんなもんだってのはわかってる。

 けれど、思ったよりはずっと荒れないもんだな。冒頭まちが言った通り、彼女の配信においては見たことないレベルの同時接続数。そのコメント欄がこんなにも優しい雰囲気で終始するのなら、「大成功だ」と胸を張ってもいいレベルじゃないだろうか。

 和気あいあい、仲良し姉妹のような空気感。二人のコラボは和やかなままに進んでいき――

「さって、今日は顔合わせ程度の予定だったし」

「終わりますかぁ」

「めっちゃ楽しかったぁ。さすがにあたしがガチで推してるってことだけはわかってもらえたはず」

「うん。私にまで伝わってきた」

「これからもガンガン推していくけど、あたしの枠じゃ控えるから安心してね!」

「お互い距離感を大事に、ちょこちょこコラボしたいと思ってます。なーちゃんファンのみんな、よろしくねー」

「約束通りMV見ろよぉ」

「みんな、次の配信待っててねぇ」

「ばいばーい」

 まちがマウスを操作し、画面はCDの宣伝画像に切り替わる。そこから一分、配信はブツリと閉じられた。

 ため息一つ、スマホの動画アプリを閉じた。

 始まる前は心配やら不安やら楽しみやら、いろいろと複雑な心境だったけど。見終えてみれば、楽しかったなよかったなと安堵一色だ。

 これからの二人が俄然楽しみだ――なんて、プロデューサー面厄介オタクみたいなことを、内心思ってみる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る