配信準備中……。
配信の際、まちが俺に相談したことはほとんどない。まったくないというわけではないけれど、アイドル活動はやっぱり自分でやりたい気持ちが強いらしく、うんうん悩んでは自分で決めてやっている。
とはいえ、実は初めてのコラボ配信である。しかも、アイドル同士ではなく畑違いのゲーム実況。
視聴者目線の意見が欲しい、とのことで、リビングのテーブルに集まってノートを広げるまちの表情は真剣そのもの。大人になったなぁ。妹の成長ぶりに目頭が熱くなる。
「……おにぃ」
「うん」
そんな俺の感慨を見破り、半目でにらむまちも大変かわいい。
「まぁ、例のごとく俺の話題は控えめにな」
「わかってるよぉ」
「あと、お泊りってことは言わないほうがいいかもな」
「……あ、そっか」
「わかってなかったんかい」
なぎさがまちの家に泊まる、だけなら問題はない。けれどそこになぎさと同い年の兄、つまり男がいるとなれば別問題だ。
そりゃあなぎさはアイドルじゃない。本人が言うように、キャラ的に清楚清純なんて求められてない、という可能性もある。とはいえ、やっぱりゲームに夢中な年若い女子であり、未成年であり、それもまた人気を得た一つの要素であることは疑いようがない。
元々が人気に格差のあるコラボだ。「すり寄り」だなんて意見があったっておかしくない。ならばなぎさの足を引っ張るような要素は、極力排除すべきである――
なんてことを淡々と説明する間、どんどんと鋭くなっていくなぎさの視線が恐ろしい。お願いだからわかってほしい。まちのためを思って言ってるんだ。
「そんなんアンチじゃん。シカトじゃシカト!」
「まぁなぎさが炎上するんならそれでいいかもしれんが、まちが炎上するかもしれんぞ」
「えぇ、なんでぇ」
「すり寄った挙げ句足を引っ張る底辺アイドル……」
「ひどい!」
「うぅ……おにぃがひどいこと言ったぁ……」
「よしよし、まちこは最高のアイドルだよぉ」
俯いて目を押さえ泣き真似をするまちと、その肩を抱いて頭を撫でるなぎさ。茶番を繰り広げる二人よりも、それに付き合わされる俺を慰めて欲しい。
とはいえ確かにひどいことを言った。それくらいのリスクがあるよ、という説明をしたつもりだったけれど、もう少し言い方を考えてもよかったかも知れない。
なんて思っていたら、次の瞬間にはケロリとしている二人。軽くにらむが、ヘラヘラとかわされた。
「ちょっと心配しすぎな気がするけどなぁ」
「まぁ、実際過剰ではある。無視していいレベル」
「だよね。さすがにそこまでの人はもう、何しても文句言う気がする」
「それは確かに。なんなら家に来てる時点でアウトだしな」
「じゃあ結局、気にしなくていいってことぉ?」
「うん」
「今の時間なんだったんだよぉ」
心配なんてするだけタダだ。リスクはゼロじゃないし、実際に俺の存在に嫉妬してあらぬことをコメントする輩も現れるかも知れない。今の二人の反応で、それくらいのコメントには動じないことはわかった。それなら、それでいい。
ひとまず俺の懸念なんてそれくらいのものだ。配信に関わるリスクなんてのは当然ながら二人の方が詳しいし、できるのは「視聴者」というよりは「男」目線のそれ。
「まぁ、かわいい女の子がイチャイチャしてるだけで需要はある」
「ちょっとあざとくない?」
「好きに素直になれよ!」
「……いや、ちょっとキャラ違うね?」
「うん、ごめん」
「おにぃ、珍しく配信に関わってはしゃいじゃってるのかなぁ」
「解説するな」
ズバリ図星だ。
妹の仕事には口出ししない、というのはあくまで気構えの話。心配だし、頼られたいし、実際役に立てば感動すら覚える。アドバイスなんておこがましい、できることなんてたかが知れている、なんてことは自分が一番よくわかっているけれど。
とはいえまちがそんな卑屈な俺を望んでいるはずがなく、ひとまず自信満々な態度で適当なことを言い放っておけばそれでいいのだ。
「あ、事務所から返事来た」
「なんて?」
「チャンスだ、見逃すな。だって」
「よっしゃ。ただあんま推しすぎると逆に不自然かな?」
「いや、なぎさは素直さが売りだろ。視聴者は自然な反応見たいと思うぞ」
「……ドン引きされない?」
「まぁ、……それはそれで」
「フォローしろよぉ」
とはいえ最初の頃の挙動不審は鳴りを潜め、自然にとまではいかないまでも、普通に話せるようにはなっている。ドン引きとまではいかないはずだ。たぶん。きっと、おそらく。
さておきコラボ配信は決定。懸念事項も、ないことはないにしても、まぁ気にするほどのことでもない。
二人がそれぞれ公式アカウントを使ってその旨をSNSで発信すると、続々と反応が返ってくる。まったく交わることのない界隈だけに困惑の声は多々あれど、やっぱり普段から応援してくれている人達で――楽しみだ、という声が優勢のようだった。
やっぱり反応の数が文字通りに
ひとまずは英気を養うこと。英気を養うにはやっぱり、うまい食事と甘いお菓子と相場が決まっている。買い物行ってくる、と言えば「行ってらっしゃい」と明るい声が返ってきて――いいものだな、と思った。
夕食にはオムライスを選んだ。まちの好物であり、なぎさもそれを食べたがっていたから。コールスローサラダとカレースープを加え、野菜をたっぷりと摂って頂いた。
そして食後のデザートにはレアチーズケーキ。初めて一緒に食事に行った時、あのバイキングの店でこれを選んだのを見てから、ずっと作りたいと思っていた。まちと二人だと余り選ばないデザートだけに、慣れない部分はあったけれど。
紅茶と合わせて出せば、目を輝かせるなぎさがまぁ、かわいいのなんの。「んまぁ」と目を閉じてかみ締める彼女を見て、満足した。
食べ終わった二人はすっかりリラックスモードに。
「しゃーわせすぎる……」
「レアチーズケーキ好きだと思ったけど、合ってた?」
「合ってる。よく覚えてたねー」
「おにぃはそういうのよく見てるんだよね。ご奉仕精神の塊なんだよ」
「なんかもう泣きそう。一人暮らし始めるとこういうのマジでうれしい」
「泣くな」
一人暮らしの辛さなんてものはさっぱりわからないけれど、まちがいなければと思うと想像できないでもない。掃除だって洗濯だって料理だって、今みたいに頑張れなかったのは少なくともはっきりしてる。
始めて一ヶ月ちょいくらいか。体調も体型も崩れていないだけ、大したもんだ。
「まぁ、いつでも食べに来て。……たまに」
「どっちよ」
「まちって結構人疲れしがちなんだよ」
「言わないでよぉ」
「なぎさには素直に言っといた方がいいって」
「うんうん。言ってくれてよかった。気をつけるから」
「ごめんねぇ。疲れやすいけど、治りやすいから、またすぐ遊びに来てね」
「うん、もちろん」
まちのことを何でも知られて嬉しい、なんて声が聞こえてきそうな会心の笑顔で頷くなぎさに、まちが微笑む。
「でもほんと、またすぐ来たくなりそう」
「大好評じゃん。満たされるわぁ」
推しの笑顔を自分が作っている。そう考えると、もはや承認欲求を超えた何かが満たされている。
料理作り、お菓子作りのいいところだ。嫌いな食材、嫌いな料理こそ人によりけりなものの、それそのものが嫌いな人間というのがほとんどいない。とりあえず安牌を選んでおけば、まず間違いなく喜んでもらえる。
もちろん手軽だのなんだのと言うつもりはない。俺だってそれなりに努力してきたつもりだ。
報われるって、こういうことなんだろうなぁ。
「っし、じゃあまちこ、準備しよっか」
「うん。じゃあおにぃ、ごちそうさまぁ」
「ごちそうさまでした! ガチでおいしかった。がんばるね」
「おう、がんばれ」
二人揃って食器を片付け、リビングを後にする。
静かになったリビングでふとため息をついてみる。嵐が過ぎ去ったような、祭りが終わったような、安堵感と寂寞感のないまぜになった静寂。
「……こういうのも、ありなのかな」
外に意識が向いてきて、それでも家の中で彼女らの喜ぶ顔を見られて、なんとはなしに将来に思いを馳せてみる。
変わっていく予感に、なんとなく、薄ぼんやりとしたビジョンが見えてきたような。
これだ、というような確実な手応えじゃない。選択肢が一つ増えただけ。
けれど何もなかった今までに比べると、少しだけ前に進んだ気がする。
今からじゃ遅いのかな、とかいろいろ考えることはあるけれど、それはまた後でいい。俺一人じゃ結局「下手の考え」でしかないし、頼れる人はいくらでもいる。……いやごめん盛った。多少いる。
まちはアイドルをいつまで続けるんだろうか。そして辞めた後は? なぎさはどうだろうか。
スマホを手に取り、まちとなぎさのSNSアカウントをのぞいてみる。今日のコラボ配信の告知がしっかりとされていて、文面からでもそこにかける期待が伝わってくる。楽しみだ、で言い換えられるような文章から、笑顔が見える。
楽しみだ、というなら俺も同じ。配信そのものもだし、なによりこのコラボが、二人の「仕事」に新しい可能性を生み出してくれることが。
告知によると配信開始は午後八時。まだしばらくは時間がある。とりあえず洗い物を済ませて、配信に向けていろいろと準備をするとしよう。
そういえば二人は飲み物を持って行ったっけ。冷蔵庫を確認してみよう。
ソワソワと落ち着かない気持ちを落ち着けようと動き回っているうちに、時間はどんどん過ぎていき――
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