ゲームの先に。




 案の定というか、なぎさはまちの部屋で寝ることになった。客間で寝ると言ったなぎさに、まちが抗議した結果だ。押し引きはなく、一度の抗議であっさりと意見を翻すなぎさの、まぁ弱いこと弱いこと。

 とはいえ客間の掃除、準備はある程度しておいた。友達の家に泊まりに来たとは言っても一人になりたい時間はあるだろうし、もしかしたら人に見せたくないものでもあるかも知れない。まちにも、なぎさが客間に引っ込んだら勝手に入ったりしないよう言って聞かせた。

 しかしながら現在午後十二時半。荷物を取りに行ってから早三時間。リビングで喋りっぱなしの二人は、二階から昼食を作りに来てもまだまだ止まることなく、スマホ片手に見せたり見せてもらったりと忙しない。

 今はメイクの話で盛り上がってるらしい。どこそこのブランドのなになにがいい、だのなんだの、俺にはさっぱりわからない話だ。

 そういえばデートに行った時、ピンクのアイシャドーを買ってたっけ。あんまりアイシャドーってものに注目したことがないからわからないけど、あの対バンライブの日にもそれをしていたんだろうか。

 キッチンからついついなぎさの横顔を、その目を、まぶたを見てしまう。ブラウンを基調に、少しだけグラデーションが見て取れる。

 そりゃそうだ。気分によってメイクを変えるのは当たり前のこと。まちだってそうしてるし、他の女子だって日によって雰囲気が変わって見えることがある。それが魅力的でもあるし、気付いてしまうとなんだか無性に目が惹かれる要素でもある。

 昼食を作る手は止めないまま、ついついチラチラと二人を窺ってしまう。聞き耳を立ててしまう。今日のメニューは「ごま豆乳カルボナーラ」。パスタ鍋にたっぷりと張った水が湧くまで、あれこれと準備を進めながら。

「やっぱ持ってるのショートネイルばっかなんだ」

「うん。握手すること多いし、ロングは危ないからねぇ」

「そっかぁ。でもいつもかわいい」

「ありがとぉ。なーちゃんのも見せて」

 今度はネイルの話をしているようで、スマホをテーブルに置いて爪を見せ合っている。

 まちは基本的にパステルカラーをベースに花だったりをあしらうことが多い。好みでもあるし、ある意味では演出でもある。清楚系が好きな彼女は、清楚系アイドルを演出している。一貫しているようで矛盾している、けれどそれが彼女の真実だ……と、いつだったか本人が言っていた。意味はわからない。

 なぎさのネイルにはこれといった一貫性はなく、その日の気分その日行く場所、とにかくTPOノリに合わせていくのが正義らしい。もちろん毎日変えるものでもないからあれやこれやと試せるわけでもないけれど、例えば今日はラメ入りのピンク。かわいいまちこに合わせて、だそうだ。

 リムーバーがどうのジェルがどうのとわからない話が続くと、さすがに意識が料理に向かう。

 材料の下ごしらえが終わり、湯が沸いたらスパゲティを投入。タイマーを表示より短めの六分に設定。ボウルに練りごまを入れて、豆乳を少しずつ溶き入れる。卵黄、粉チーズ、塩コショウ少々とめんつゆを隠し味程度に。

 フライパンにさっきもらったばかりのオリーブオイルを敷いて、ベーコンを炒める。キャベツをちぎっては入れ、ちぎっては入れ、さっと合わせて。ベーコンのスモーキーな香りが軽快な音とともに広がっていった。やっぱいい油を使うと、香りから違う。

 そろそろスパゲティが茹で上がる。そうしたらフライパンの中身と合わせて、茹で汁を少々。

 さっと炒めたら、火を止めてボウルの中身を加えて余熱で手早く混ぜ合わせる。クリーミーな中にもベーコンやオリーブオイル、こしょうにチーズといったパンチの効いた香りが食欲をそそる。

 ふと手を止めて見れば、いつの間にか話を止めた二人がこっちを見ていた。何も聞かずともその表情が雄弁に語っている――「はよ」。

 パスタ皿に盛り付け、最後に刻みのりを。見た目的に物足りないな、と野菜室を見れば小松菜が残っていた。適当に切って皿に盛り、オリーブオイルと岩塩だけでかき混ぜればそれで完成。

「まちぃ」

「はぁい」

「あたしもー」

 三時間にも及ぶおしゃべりの余韻もどこへやら、もはや目の前の食事しか見えていない二人に苦笑い。

 おしゃれだのおいしいだのと大層盛り上がった昼食は、大好評で幕を閉じた。どちらの料理にももらったばかりのオリーブオイルが使われている、と話せば「道理で」とドヤ顔のなぎさに、「ありがとねぇ」なんて素直なリアクションをするまち。ボケたつもりのなぎさはしどろもどろになって、笑ってしまった。

 珍しく三人で後片付け。キッチンシンクに並んで、俺が洗ってなぎさが拭いて、まちが片付けていく。こうしているとなんだか、特別な関係にでもなったみたいで。照れくさくて、なんだか口元が緩んできてしまう。そんな俺を怪訝そうに見る二人に、どうしてごまかそうか考えてみて、素直に思ったことを口にすることにした。

 あははと笑うなぎさ。「じゃあ私なんだろ」と首を傾げるまち。お前は言うまでもなく妹だ。

「じゃあなーちゃん、おねぇだね!」

 何の気なしにそんなことを言い放つもんだから、なぎさの反応ときたらもう、察してくれとしか言えないレベルの狂喜乱舞だ。元々「おにぃ」込みで推してくれている彼女だから、その感動は察するに余りある。

「でもそっか、あたしが衛くんと結婚したら……」

「何考えてんだ」

「……冗談だよ?」

「当たり前だろ」

 なんて会話が生まれるくらいだ。

 もちろんそのためだけに男を選ぶような子でもなし、その場は笑って流れたけれど……冗談だよね?



 さておきせっかくのお泊りで、せっかくの長丁場だ。せっかくだから三人一緒に遊ぼうということで、選んだのはゲーム。とはいえ三人で遊べるゲームなんてのは昨今オンラインばかり、かといってスマホで三人固まってというのもなんだか味気ない。

 パーティゲームをやろう、ということで、引っ張り出してきたゲーム機。コントローラーは二つしかないけれど、適当に回しながら使えばいいとして。

 すごろくをしつつミニゲームで対戦しながら、コインを稼いで順位を競う。言ってみればただそれだけだが、シンプル故に盛り上がるのがパーティゲームの醍醐味だ。

 ゲームに関しては一日の長があるなぎさが、当然ながらミニゲームで優位に立つ。

 とはいえ基本はすごろくで、その命運はサイが握る。要するに運が良ければミニゲーム分くらいは平気で取り返せる。

「あたしさぁ、最近めっちゃ運良いと思うんだよね」

「俺も」

「私もぉ」

 推しのライブにもっと通いたいと引っ越したら、推しと同じ高校に通うことになり、その兄と同じクラスになり、それを通じて推しと友達になることができた。

 たまたま推しが推しているアイドルが自分の妹であるというだけで、推しと友達になることができた。まさしく棚からぼた餅、自分からは何一つ行動をしていないのに。

 ……まちの運が良いエピソードが浮かばないので割愛。

「……なーちゃんに十コイン支払う」

「はっは、ざまぁ」

「うぅ、ごめん、ごめんよぉ」

 運が良いエピソードが浮かばないので、こういうことになる。

 笑う俺のターンで、俺はまちに十五コインを支払った。けらけらと笑う二人。

「きれいな二コマ落ちだね! ウケるー!」

「笑うからぁ。自業自得ってやつだ」

 まちと俺とがそろって運が悪けりゃ、まぁ結果は見えている。もちろん勝率百パーセントというわけにはいかないものの、なぎさはミニゲームでコンスタントにコインを集めていく。

 一発逆転要素もないことはないが、成立することは極稀。ゲームはなぎさがトップのまま順当に進み、最終結果へ。プレイ傾向によって多量のボーナスコインが入り、それが時に大差をも覆すことがあるわけだが――

 勝者は、俺だった。

「えぇー! なんで! おかしい!」

「おにぃズルした!」

「敗者がわめきおる」

 もちろん狙ってプレイしてたわけじゃない。まったくの偶然だ。

「よしじゃあ、罰ゲームだな」

「いや決めてないって。自分が勝ったからって」

「二人でなんかツーショット撮って送ってほしい」

「しゃーなしよ? しょうがないから受けるよ、罰ゲーム」

「なーちゃん……」

 ちょろい。

 愛すべき妹と推しのツーショット写真。チェキで見た時から、「いいなぁ」と思ってたんだ。スマホに保存していつでも見られたらなぁって。

「じゃあ罰ゲームってことで、加工なしな」

「配信中加工なんてしてないからへーき」

「私もぉ」

「てか、最近無加工も流行ってるっぽいよ?」

「そーなん? あんまイメージないわ」

「まー、じゃあ撮ろっか」

「あ、ねぇねぇなーちゃん」

 いいこと思いついた、と聞こえてきそうな笑顔のまち。大人しそうな見た目とは裏腹に、実に行動的でアグレッシブな彼女は、思いついたら大抵それは実現される。

 アイドルになったことももちろん、配信を始めたことも、グッズの提案なんかもそうだ。レーベルの意向なんかもそりゃあったけど、基本的にはまちの「ああしたい」「こうしたい」に彼らが応えてくれた形が多い。

 まちに何を期待してそこまでしてくれるのかはわからない。けれど数字が今ひとつ伸びていない彼女をそこまで目にかけてくれている以上、まちは応えるだろう。あるいは無自覚なままに愛らしく、「遊ぼうよ」とでも言うように。

「夜になったら一緒に配信してみない? 事務所に確認してからになるけど、たぶんだいじょぶだから!」

「やります」

 チャンスを逃さないのはなぎさも同じ。だから今の人気を獲得している。

 ――なぎさにとってそれは「数字上」のチャンスではない。けれどまちにとっては、あくまで無自覚にしたって、それはまぎれもない新規登録者獲得のチャンス。

 明るい笑顔で話を詰める二人を見ながらも、そのギャップが少しだけ胸に影を落とす。

「写真、その時撮るねぇ」

「配信中は部屋に入っちゃダメだかんね」

 本人達はそんな心配を露ほどもしていないようで。心配ながらも微笑ましくて、笑みがこぼれてしまうのだ。




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