ライブが終わっても。




 ライブは折り返し、残り二組。

 まちの爆弾発言に困惑する空気を引きずったまま、出てきたのはパステルカラーの衣装に身を包んだ三人組。明るい雰囲気、快活な笑顔、出てきた瞬間に元気をもらえるような。

 これまでの二組とは構成を変えて、MCスタート。ライブにMCなんていらない、なんて人もいるらしいけど、やっぱり曲だけ聞きっぱなしは少し疲れる。アーティスト側だって多少は休めるかも知れないけれど、客側が休むための時間でもある、気がする。

 何より、歌で踊りで売ってる人達だ。喋りは専門外で、まちも毎度考えるのも大変そうにしている。

 とはいうものの。

「いやぁ、まちこちゃん、とんでもないこと言って帰って行ったよ」

「やばいやつじゃん。どうしてくれんのこの空気」

「……調べてみた」

「ライブ中にスマホ触ってるんじゃないよ」

「ブラコンアイドル、だって」

「……ロックだね」

「ロックか?」

 最初のトークでまちのフォローをしてくれる、とてもいい人達のようである。三者三様、キャラクターが立っていて、話が軽快に進んでいく。

 トークが売り、というわけでもないらしいけれど、とにかく明るく軽快なテンポ感が癖になる。

 まちこの紹介はそこそこに、メンバーの自己紹介を済ませると一曲目が始まる。

 とにかく明るく軽快なテンポ感――つまるところ、それが彼女らの特色らしい。飛んで跳ねて、笑って歌って、「楽しい」全部乗せで客を巻き込む。彼女らに合わせて身体を跳ねさせ、腕を挙げ、声を上げたくなる。

 二、三曲目とそれが続き、四曲目にはバラードを。祭りの後の寂しさを、ストレートに「寂しい」と歌ったエモーショナルな一曲だ。

 最後に合唱曲のような、「また明日」を歌った曲で締められる。

 祭りに来て、楽しんで、みんなでお別れ。そんな一日を体現したようなライブで、ユニットだった。

「楽しかったぁ」

 と、なぎさが開口一番漏らしてしまうくらいだ。

 祭りの後はもう歌い終えたはずなのに、どこか今も祭りの後のような。

 そんな寂寞感が尾を引く中、大トリである今回のライブの主催者は、休憩時間もそこそこに登場した。

 立ち姿、動き出し、歌い出し。どれも一級品で、これまでで最多の五人組にも関わらずまるで群体かのように一糸乱れず。

 言うなれば「ど真ん中アイドル」。アイドルといえば、という質問に、ひとまずこのライブを動画で見せれば模範解答になるような。

 歓声で、コールで、客席も一緒になって盛り上げる。これまでで一番の熱量を肌で感じる。

 ああ、確かに、間違いなくこのユニットが主催で、大トリにふさわしい。

 パフォーマンスそのものでいえば他のアイドルだって、もちろんまちだって負けてない。けれどやっぱり、ライブの醍醐味っていえばこの一体感なんだろうな、と思わされるような。

 リズム、テンポ、それから煽りも含めて。まったく知らない俺でも、少し聞けば乗れてしまう。他のファンらしき人達に混じって盛り上がることができる。

 キレッキレのダンスでテンションを上げ、鳥肌が立つような歌唱力に引き込まれ、「楽しい」に先導されて、会場が一つになる。

 ライブの楽しさを、全部味わえたような。経験が浅いからなんとも言えないけど、なんとも欲張りな対バンだった。

 主催の人達が言っていた。

 今回は毛色の違うアイドルを集めた。それは彼女らが学ぶためであり、得るため。毎日のように努力をして、パフォーマンスの完成度は上がってきている。けれどどこか伸び悩んでいて、自分たちには「特色」がないと考えたわけだ。

 例えばキレッキレのダンス。見ただけで惹き込むような。

 例えば鳥肌が立つような歌唱力、独自のキャラクター。

 例えば客席を操るような感情表現。

 全部集めて、一つ一つをしっかりと見てみたい――ということで、今回のライブを主催したとか。

 いい刺激になった、楽しかったと語る彼女達の笑顔はとても魅力的で。

 ああ、もっと上に行って欲しいな、と素直に思えた。



 物販、特典会では、とりあえず全てのユニットを回ることにした。とはいえ時間は余りかけたくない、ということで、空いてる列を探してその子の券を買った。推しとかいないだけ、とはもちろん言えず、適当にごまかしながら。

 それにしても、チェキの定番ポーズってめちゃくちゃ多いんだな。ハートだのピースだの、とりあえず何もわからないので後ろで腕を組むなぎさに指示を出してもらった。この子にはギャルピだ、この子にはハートだ、虫歯ポーズだ、とまぁ、そもそもギャルピってなんだよってところからではあったけれど。なんだかんだ楽しかったし、記念にもなった。

 時間が余ればと後回しにしたまちの列は、それなりに長いものになっていて。対バンライブの効果、もしかしたら本当に出てるのかも、と少し感心してしまった。

 俺と一緒に回っていたなぎさも、その様子にずいぶんと驚いているようだ。

「……おにぃ、結構受けたんじゃね?」

「いや、めっちゃ空気死んでただろ」

「でもほら、でもほら」

「二回言うな」

 おにぃが受けたわけじゃない。まちこが受けただけだ。

「今俺がおにぃだと発表したら、白い目で見られる」

「まぁ、まだみんなおにぃがどんな人か知らないから」

「なぎさだってまだ知り合って一ヶ月だぞ」

「解像度上がったよねー」

「解像度って……」

 ぼんやりとでも「おにぃ像」があったのが怖い。

 今日のライブでは鳴りを潜めていたまちのおにぃトークも、次のソロライブではまた復活してしまうんだろう。今日、もし本当にいくらかの客をつかむことができたとして、その時定着してくれるだろうか。

 期待よりも不安が大きい。当事者であり、下手をすれば元凶・・になりうるからだ。

「あ、ほらほら」

「え?」

 スマホを取り出したなぎさが、その画面を俺に見せてくれた。

 配信サイトの、まちこのチャンネルだ。登録者千人そこそこだったのが、今まさに増えていた。

「気になって調べて、登録してくれた人がいるんだよ」

「おぉ。すごいな」

「一通り動画見れば、まちこがどんなアイドルかわかってくれるし。とりあえず数日間ここの数字見てたら、ある程度わかるんじゃない?」

「なるほど。ありがと、ちょっと追いかけてみるわ」

「うんうん。増えてくれたらいいなぁ」

 登録者十五万を超える配信者が、その顔に期待を込めてくれるんだからわからないもんだ。あるいは見てくれさえすれば増えることは確信している、くらいの気楽さで。

 そもそものところ、「見てもらう」ことが一番難しい、というのを聞いたことがある。大半の配信者は、再生数が回らない。つまり見られていない――存在すら知られていないってことだ。直也が言っていた、登録者千人で上位に入ってしまうという現実。

 認知されず心折れて挫折する。それが配信者の大半だ。

「……というか俺、登録してねぇや」

「何してんだよ」

「怖いわ」

 そんなににらまなくてもいいじゃないか。

 そうこうしている間に列は進み、まちこはもう目の前だ。愛想を振りまく彼女はとてもかわいらしく、ギャップにやられる・・・・人が続出しているようである。なにしろ見てくれは大人びた美人さんで、歌えば客席が飲まれるほど、だっていうのに言動は年頃の女の子そのものだ。何なら多少幼いまである。

 そして誰よりやられている人間が目の前に。

「はぁ、はぁ、めっちゃかあぃぃ」

「息荒げるな、き……」

「き?」

「……きっつい」

「フォローしろよ!」

 キモい、とは言わなかった俺を褒めてくれていい場面だ。

 一見すると清楚な少女、中身はギャル。こっちのギャップもなかなかのもんだけど、まちこを目の前にするとご覧の有様だ。

 そしていざ順番が回ってくれば。

「お、らっしゃい」

「お店かな?」

「ある意味お店ではある」

「……確かに」

 軽妙なトークが癖になる……っていうか、普通の兄妹の会話だ。気安すぎて、アイドル感を見失ってしまう。

「ポーズはハートしかやってないよ」

「嘘つけ、さっき違うのやってたじゃねぇか」

「お客さん、わがままはダメだよ」

「……よぉし」

「暴力はもっとダメだね!」

 おっといかん、ここでいつものノリは本当によくない。

 周りのお客さんも、スタッフも若干困惑気味で、思わず頭を下げてしまう。そりゃ当然、彼らは俺が「おにぃ」だってことを知らないわけで。

 ひとまず俺の左手まちの右手でハートを作り、スタッフに撮ってもらう。わがままはよくない。

「……何が悲しくて妹とハート作らにゃならんのか」

「家族仲がいいのは美しいことだと思う」

「帰ったらお前覚えてろよ」

「ここまで小声、と」

 そりゃそうだろう、こんな会話聞かれたら炎上ものだ。

 それにしても、安心した。たくさんのお客さんの前でパフォーマンスをして、たくさんのお客さんと接して話して、それでもいつも通りのまちであることに。

 多少なりプレッシャーを感じているだろうに、むしろいつもより出来が良い・・・・・くらいだ。たくさん練習してきたのは知ってる。これまで以上に生活習慣に気を遣ったことも知っている。だからその結実を前に、なんだか感無量な心地だ。

 俺の順番が終わりなぎさへバトンタッチ。相も変わらぬ挙動不審、どもりながら詰まりながら、それでも隠しきれない喜色に溢れた表情がかわいらしい。

「……まちこ、すき!」

 そして会話の中、振り絞ったように口にする。

「私も好きだよぉ、なーちゃん」

 返す言葉に、なぎさは嗚咽するように咳き込んだ。

 たぶんずっと言いたくて、でも言えなかった言葉なんだろうなぁ。日頃から好きなものは好きと言え、なんてことを言ってる手前、それに対するハードルがすこぶる低いんだ。

 そしてなぎさもハートのポーズ。手のひらで作るそれでなく、両腕を使って大きなハートを作る。

 やりきった感を全面に、俺と合流したなぎさは、ライブハウスを出た後も興奮冷めやらぬ様子で。

「言えた、言えたぁ」

「よかったな。まちのやつ、めっちゃ普通に言っちゃって」

「それがいいんだよ! ほんと、そういうふうに育ってきたんだなぁってなる!」

「……まぁ」

 なんてことないまちの返答に、そんな背景まで想像してしまうのが「なーちゃん」というファンなんだな。兄冥利に尽きるというか、なんというか。

 時刻は午後九時過ぎ、学生のお出かけにしちゃあ十分遅い時間だ。ましてや付き合ってもいない男女二人、流れは当然解散へと向かうべき……なんだが。

「あれ、まちから」

 スマホに通知。メッセージが一件。「打ち上げに行きたい。だめ?」とのこと。

「……うぅん」

 悩ましい。学生としちゃあ、当然ダメだと突っぱねる場面。けれどアイドルとしちゃあ、横の繋がりを作る絶好の機会だ。どんな世界だって、対等に張り合うライバル兼友人というか、そういう繋がりはあって困ることはない。いや、どんどん作っていくべきだ。

 ならばもう、選択肢はない。

「……なんて?」

 横を歩くなぎさが、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「今日の出演アイドルで打ち上げ行きたいって」

「で?」

「近くで時間潰すから、一時間だけな、って。終わったら連絡しろって」

「……お兄ちゃんだなぁ」

「お兄ちゃんなんだよ」

 親だったら有無を言わさず帰らせたかも知れないが、俺はただのお兄ちゃん。なんとも悩ましいけれど、結局のところ俺じゃあ彼女の将来に何の責任も負えないのが現実だ。

 だからこそ好きにやらせて、どんどん甘やかしてしまうわけで。よくないんだろうかと悩む俺の肩を、なぎさが気安く叩く。

「付き合うよ」

「……いや、ダメだろ」

「だいじょぶだいじょぶ、一人暮らしだし、ライブの感想会みたいなもんだよ。あたしらも打ち上げしようよ!」

「そういうことなら……大丈夫かなぁ」

 心配も不安もあるけれど、やっぱり推しにこうまで言われちゃこっちも引き下がらざるを得ない。

 サブカルの街の夜。なんだか少し危険な香りはするけれど、人波は減ることなくむしろ「これから」といった雰囲気で。

 楽しげな笑みを浮かべるなぎさに並んで、ひとまずは時間を潰せる場所探しから。

「まちの行く打ち上げ会場聞くから、その近くで」

「心配性だなぁ」






 

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