推しはやっぱり推せる。





 待ってる時間もデートの内だ、なんて言ったのは誰だったか。いざその立場に立ってみると、ああまったくその通りだと思った。

 約束の時間が近づくにつれ心音が大きくなるし、無駄にそわそわと手足を動かしてみたり、落ち着かない心地が時間の感覚を狂わせる。早いのか遅いのかわからない時間の流れに、どんな会話をしようか、着てきた服に間違いはないか、なぎさはどんな格好で来るのか――いろいろなことが頭をよぎる。

 つまるところその人のことを考えてしまう。前にライブに行った時は、『なーちゃん』としてそこにいた。黒いウィッグにおとなしめのメイク。服装だってたぶん、普段とは違う感じだったに違いない。だから、『なぎさ』として来るんならきっと、少しだけ派手目で――

 ――きっと、ああいう感じだ。

 駅の改札を出てくる、デニムジャケットの女の子。インナーには黒のスウェット、春らしい淡いベージュのスカートに、インナーに合わせたブーツ。いつものウルフショートを少しだけ気にする素振りで、辺りを見渡している。

 目が合うと、笑顔で手を振ってくれる。振り返すと、小さなショルダーバッグを抑えながら小走りに。

「おまたせー」

「全然。ありがとね、付き合ってくれて」

「いやいや。衛くんのことも、もっと知りたいしね」

 思わせぶりなセリフも、なぎさが言うとわかりやすい。

 待ち合わせをしたのは、ここらで一番栄えたいわゆる繁華街。高層ビルが建ち並び、人の往来は目が回るくらいに忙しない。特にプランもなく、適当にブラブラしながら気になった店に入って、買ったり買わなかったり、食べたり飲んだり。ウィンドウショッピング、って言えばいいのか。いやでも買ったりもするわけだから――

 まぁ、どうでもいい。

「じゃ、いこっか」

「うん。この辺りぶらつけば、いろんな店多いから」

「はぁい」

 もちろんなぎさだって、引っ越すにあたって繁華街周りはある程度調べてはあるだろう。けど、やっぱり引っ越して数ヶ月ということもあり、土地勘がある方だとは言えない。

 俺も決して詳しいわけじゃないけど、アイドルである妹はファッションだのなんだのと買いたい物もそれなりに多い。それに付き合う形で、何度か街歩きくらいはしたことがある。

「つまり、まちこの足跡巡りってことだよね。サイコーにアガる!」

「お気に召したようで」

「まー、普段遣いとはちょっと違うけど。『なーちゃん』スタイルの補強もアリ」

「ちょっと明るめというか、そういう格好もしないでもないぞ?」

「そーなん!? わー、めっちゃ見たい」

 まちの好みは確かにいわゆる『清楚系』。けれど、時と場合によって使い分けたり、気分次第であえて変えたりもする。なぎさ風に言うなら、「アゲたい」時なんかは、彼女と似たような服装になることもあったり、なかったり。

「スタイルいいから何でも似合いそー」

「そうだな。何着てもかわいい」

「衛くんしか知らないまちこ……」

「パジャマとか? 部屋着くらいなら、配信中着てることあるか」

「部屋着かわいいよねー。パジャマ姿はさすがに見たことなぁい」

 残念そうにぼやくなぎさに、なんとはなしにそんな機会・・・・・を想像してしまう。

 まちがなぎさの家に泊まるんならまだしも、もし逆であるならば、なんて。

 信号待ちで立ち止まると、ちょっとした人だかりになる。それでもやっぱり、なぎさは一つ抜けてかわいくて、少しだけ誇らしい気持ちになる。

「逆に、なぎさは普段からなーちゃんスタイル着たりはしないの?」

「ないなー。合わせてるだけで、合ってるとは思ってないんだよね」

「かわいいけどなぁ」

「でも、こっちのが合ってはいるっしょ?」

「そりゃ、まぁ。割と気の強そうな顔立ちだし」

「そう! 実際気は強い方だと思うけど」

 そこで信号が青に。歩きながら、あっちこっちを眺めては「あの店はどうだ」「あの店は」と盛り上がる。

 まちがよく行くアパレルショップ。ガーリー系やフェミニン系を主に取り扱っていて、柔らかく優しい雰囲気のアイテムが多く置いてある。普段から余り行くことのない店に、なぎさはわかりやすくテンションを上げていた。おとなしい雰囲気のせいか、声は抑えてくれたけど。

「やばぁ。どれもまちこに似合う、絶対。背高いから大人っぽいのもイケちゃうし」

 あれを手に取り身体に当てたり、それを手に取り虚空を見上げたり、忙しく動き回ってはそのたび感嘆の声を上げるなぎさ。それを見るにつけやっぱり思う。

「やっぱり似合うけどなぁ」

「そう? じゃあ、一着買っとこうかな」

「いいじゃん。まちが選びそうなの、教えるから」

「いーねー。やっぱあたしだと、配信で見た範囲しかわかんないし」

「かといっておそろいって感じにしちゃうのも違うよなぁ」

「あー、確かに。ちょっとずらしたほうが一緒には歩きやすいかも」

 そんな感じであれこれ相談を重ねながら、その店ではワンピースを一着選んだ。

 フリルフレアワンピースとかいう、肩から胸周りにひらひらとした飾りのついた。淡い色を買いがちなまちに対し、明るい髪が映えるシックな黒の。

 試着室から聞こえる衣擦れの音が、なんだか想像をかき立てる。

 やがてシャッと軽い音を立てて開いたカーテンから、着替えを終えたなぎさがはにかみながら姿を見せた。

「ど、かな?」

 普段なら絶対買わない、と言っていたワンピースが、やっぱり少し恥ずかしいらしい。俯きがちの上目遣いが、反則的にかわいい。

「めっちゃかわいい。似合う似合う、全然」

「そ? わー、なんかすご、新鮮」

 そもそもワンピース自体、一着二着しか持っていないらしい。上体をひねらせてあっちこっちを確認するなぎさは、ひらひらとスカートを踊らせる。

「……じゃ、これ買お」

「出そうか?」

「ううん。選んでくれただけでいいよ」

「そっか」

 奢り奢られ、みたいな関係でもない。大人しく引き下がる俺に笑いかけ、なぎさは再びカーテンを閉めて着替えを始めた。

 やっぱり一枚の布越しに聞こえる衣擦れって、心臓に悪いよなぁ。


 元々手ぶらだった俺が、荷物持ちを買って出た。買い物は後回しにすべきだったかなぁなんて言いながら、それもまた勢い任せの楽しみだと清々しく笑う。服一着くらい重いわけもなく、ただ余り揺らさないようには気をつけながら。

 次に入ったのは、なぎさが以前から気になっていたというブランドのアクセサリーショップ。可愛らしく動きのあるペンダントトップが多く採用された――というショップの説明を、ネットで見たらしい。

 そこでも一つだけ、小さなダイヤがあしらわれたピンクゴールドのネックレス。箱を小さな袋に入れてもらい、それをさっきの紙袋に一緒に入れて。

 そこそこに高いものをさくっと二つ、ほんの一時間の間に買ってしまった。やっぱり儲けてんのかなぁと思っていれば、見透かしたように「今日は大奮発」と笑う。

 そうして俺達は荷物を持ってカフェへ。とあるゲームのコラボカフェらしく、やはりそこそこの人が並んでいた。予約なしで大丈夫かなと心配していたものの、十分強も待てば席に案内されて一安心だ。

 一人じゃ絶対行列なんて並ばないけど、推しと二人なら待ち時間もまったく苦にはならない。

「こういうとこ来んの初めてだわ」

「そーなん? ゲームハマるといろいろ見たり買ったりしたくならない?」

「いやぁ、結構プレイしたら満足しちゃうタイプかなぁ」

「そっかぁ。でもさすがに、来たからには買ってくっしょ?」

「来たからにはね。実際、見てみるといいもんだね」

「でっしょー? また一人、沼にハメてしまったかもしれんなぁ」

 上京したての若者のごとく、キョロキョロと店内を見回す俺も、ここにいると不審者にはならない。同じような人が何人もいて、思い思いに展示物を楽しんでいる様子が見て取れる。

 かわいいモンスター達が暮らす世界で、突然迷い込んだ人間となってモンスター達を導き、世界に現れた異変を解決するために旅をするRPG。『アイランズモンスター』は、そのモンスターデザインとファンタジックな世界観が、主に女性ゲーマーの心をつかんだ。

 ずいぶん前になるけれど、なぎさも配信していた。かわいらしいストーリーだけど、意外としっかりできてて、男でも楽しめるんだ。

「コースター、もしアレだったら交換しよーね」

「もちろん。ってか、そういうのって実際使うものなん?」

「使わないよぉ。まー、素材によってはありえなくはないレベル」

「なるほど」

 そりゃそうか。

 コラボカフェといえば、というレベルの名物グッズがコースター。コラボ先のキャラクターがプリントされたもので、基本的にはランダムであることが多いらしい。

 グラスの下に敷いて、プリントが剥がれたら台無しだ。

「そういえば、まちこってゲームやるの?」

「うーん……まぁ、やらなくもない、レベルではあるかな」

「そっかぁ。温度差でドン引きされそう」

「そんなこともないと思うけど。やったらやったで、楽しそうにはしてるよ」

「ジャンルとか?」

「いろいろ。おすすめ教えてーって、教えたのをやってる」

「なるほど。まー、それが一番手っ取り早いし確実かぁ」

 今やゲームは数え切れないほど作られ、そして消費されている。感性も人それぞれ、いろいろ調べてみてもそのゲームが面白いかどうかなんてわからない。

 よっぽどの人気ゲームでもなければ、くじ引きみたいなものだ。有り余るほどの金があるならまだしも、学生の身分じゃあれこれと手を出していられない。

 配信者っていうのは、それを探すためのツールにもなっている気がする。

「つまりあれだ、『なぎ。』がガチで気に入ってたゲームは、プレイ済みだよ」

「わぁ。やば、衛くん、ほんとうれしーこと言うなぁ」

 心底嬉しそうに、照れくさそうに笑うものだから。

 推しが推しがで繋がって、間接的にでも推しに影響を与えている。不思議だけど、それを知ると心の奥底からむず痒さを伴って喜びが湧き上がってくるんだ。

 推しててよかった、って思うよなぁ。かわいいんだ、めちゃくちゃに。




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