性格出るよね。
広く清潔な店内。賑々しいが騒々しくはない、絶妙な席数に客層。料理のバリエーションはさほどでもないけれど、どれも品切れになることがない。味はそこそこで、値段もそこそこ。
いい塩梅、というのが、この店を評するのによく聞く言葉だ。
レンガ造りのシックな店内に、落ち着いた色調の木製インテリア。その一席に案内された俺達は、荷物を置いて早速料理を取りに立った。
なんといってもバイキング。食べ放題。何をどれだけ取っても、時間内なら料金は一律だ。かといって、量の面で元を取らねばと張り切ると、大抵後悔することになる。つまり、質――料理の種類で元を取ると考えるべきだ。
普通の料理店じゃあ、そこまで多くの種類を頼めない。せいぜいが二、三種類、複数人で行ってもそこまで増えるわけじゃない。
大皿に、めぼしい料理を少しずつ、とにかく多種に渡って乗せていく。その代わり、主食を控えめにする。それがバイキングの楽しみ方だ。
そうして席に戻り、テーブルに皿を乗せれば、ちょうどなぎさも戻ってきたところだった。
「効率厨おつ」
「はぁ!?」
俺の完璧なディッシュにケチを付けるとは。
さぞかし素晴らしい一皿に仕上げてるんだろうなと見てみれば。なんのことはない、普通に何品かを盛り付けた、ごくごく普通の。
「はん」
「鼻で!? いやいや、よく見てよ。これ全部、あたしの好物」
「ガキがよぉ」
「はぁ!?」
スパゲティ、ローストビーフ、生ハムサラダ、カキフライ――あまりにも偏っていると思わないか。
「ぐぬぬ」
「ぬぅ」
「……なにしてんの?」
とりあえず椅子に座ってにらみ合うこと数秒、呆れ顔のまちが戻ってきた。
主食に副菜、栄養と見た目のバランスをきれいに整え、温かなスープを添えた完璧な食事がそこにあった。
「まち、おにぃはお前が誇らしいよ」
「優勝、だね」
「……なにが?」
まちの着席で茶番を終え、早速食事にありつく。
さておき料理の品質自体にまったく疑いはなく、どれもそれなりの美味しさが保証されている。結局のところその選び方なんてのは人それぞれ自由で、まぁ、茶番もまた楽しいよねって話だ。
軽い小芝居で少しだけ緊張の解れたなぎさは、食事をこまめに挟むことでなんとかまちとの会話を成立させる作戦に出たようだ。
なので基本、俺とまちの日常会話を楽しむ方向でお願いしますと頭を下げた。
「思ったよりイケるねぇ」
「ああ。やっぱある程度置いといてもうまいもんは、うまいな」
「うんうん。おにぃ、たまに来ようよ」
「まぁ、また誰かとな」
「……二人でもいいのにぃ」
二人で食うんなら、家で作ればいいだろうが。不満そうなまちは、決して俺の料理が嫌だと言っているわけではない。
俺に楽をさせたいだけなのだ。そんなまちの優しさ気遣いを踏みにじる無情な兄を、どうか許して欲しい。
「あ、おにぃそのチキンステーキちょうだい」
「自分で取ってこいよ」
言いながら一口分を切り分け、まちの口にフォークごと運んでやる。がっつりとくわえこんでチキンステーキを食べると、満足げな笑みを浮かべた。
「ありがとぉ」
「はいはい」
そんな俺達を見るなぎさの生暖かい視線は、見て見ぬふりだ。これが他のヤツだったら白い目のところ、むしろどんとこいみたいなこれはなんだか新鮮でもある。
なんというか、自動なんだよな。まちに何かをお願いされると、頭より先に身体が動く。幼い頃からの習性みたいなもんなんだ。
「ほんとに、誇張抜き……」
「え?」
「あ、うん。……まちこが、言ってたことが」
「お前何言ったんだよ」
「大体いつもこんな感じだよって。微笑ましいエピソードを、誇張抜きで」
「普通はドン引きするぞ」
「私はファンを振るいにかけるタイプのアイドルなんだよぉ」
どんなアイドルだよ。たくさんの人に笑顔と元気と夢をお届けするのがアイドルだろうが。
いや、ほんとは知らんけど。
「だってさぁ、売れてる人見てよ、私生活まですっごいストイックで、ものすごい気を遣ってるんだよ」
「そりゃまぁそうだろ」
「少なくともおにぃとお出かけするのに、少しだって気を遣いたくないの。あのね、兄弟と仲良しアピールくらいじゃ、全然足りないんだよ。ね、なーちゃん」
「ま、まぁ……それでも、邪推する人はいる、かも」
わからんでもない。ネット上じゃ、兄弟の話イコール彼氏の話、みたいに言う人間も少なくない。それを防ぐためには、まちこくらい徹底した兄好きアピールが必要なのかも知れない。
とはいえ、普通に仲良し兄弟程度でうまくやってる人達も、いるとは思うんだけどなぁ。
石橋を叩いて渡るというか、徹底しないと安心できないのかな。
「大きくなってからって言わないでよ。大きくなってからじゃ遅いんだから」
「言わねぇよ。さすがにそれくらいは想像できる」
振るいにかけて、かけ続けて、それでも残ってくれるファンだけを大切にして大きくなりたい。
ストイックに頑張ってる人達からしたら甘えにしか聞こえないセリフなんだろうけど、渦中の兄としてはまぁ、少しばかり目頭に来るものもある。本人の意思が堅い以上何も言えることはなく、ひとまずは今まで通りにまちを支えることにするとして。
ともあれ今日はそんな真面目なアイドル談義をしにきたわけではないのだ。
「そういえば次のライブとかって決まってるん?」
「今月は毎週やるよぉ。ゴールデンウィークに向けて、ちょっと準備期間的な」
「え!? やば」
「……まだ告知してなかったんじゃ?」
「やべ」
「ひ、ひみつ。ひみつね」
まちの名誉のために言っておくが、兄の俺にも事前告知をしたことはない。活動歴二年ほどの間に、一度もだ。
「……やらかしたぁ」
「これ以上聞かないでおこう。なぎさも」
「うんうん。なんなら今も何も聞こえてないし、覚えてないし」
ファンの鑑のようなことを言うなぎさに、それでも落ち込むのを抑えられないまち。
やっぱりどうしても、なぎさの「ワクワク感」が窺えてしまうんだよな。基本的には努力を怠らず仕事には真面目なまちこだから、それでも抑えきれない情報というものに期待が高まるのは仕方ないことだ。
つまり、今までにない規模のなにかがある、ということなんだろう。
「で、でも、今月の予定は」
「そう、今月は毎週っていうのは、告知してあったはず」
「そっか。それでも少ない方なんだよな?」
「うん。まー、正直甘いんだろうけど。配信もしないといけないしなぁ」
「まちこの配信、たのしい」
まちこの配信は、雑談にvlog、それから告知であったりMVであったりと様々だ。
「そういえば、お互いの呼び名は、そのままでいいの?」
「あたしは、別に、なんでも嬉しいし」
「私も。まちのあだ名でまちこって、よくある感じだし」
「確かに」
「そういえばおにぃこそ、いつの間にかなぎさって呼んでるし」
「そういうことになったんだよ。推しが推しがでなんか変な関係だし、親近感が湧くよな」
「確かに、変な関係だねぇ」
「うん、うん」
たった数日の間に、いろいろと変化があった。
推しが越してきて、それが妹を推していて、妹を介して仲良くなって。家と学校の行き来で完結しがちだった俺が、ライブハウスに行ったりバイキングに行ったり。そりゃあ男友達と遊んだりはあったけど、少しだけ、意識が外に向かったみたいな自覚があるんだ。
両親も帰ってくる。否が応でも俺は、俺達は、変化せずにはいられないという予感。
「なぎさもだいぶ、話せるようになってきたし」
「うん」
「これからも三人で遊ぼうねぇ」
「うん、うん」
こくこくと頷くなぎさは、配信で見るのとはまるで違う、まさにまちこオタクそのものだ。
はたから見たら変な三人だよなぁ。一番明るそうななぎさが縮こまっていて、大人しそうなまちこがおおらかに笑っていて、何の特徴もない男が偉そうに美少女二人に囲まれてるってんだから。
まぁでも、これもまた多様性ってやつだ。……いや、違うだろうけど。
話しながらも皿の上を綺麗さっぱり片付けた俺達は、デザートを取りに再び立ち上がる。
デザートは全員控えめで、最初のような茶番は発生しなかった。ただ、なぎさが取ってきたのがレアチーズケーキだった、という情報だけはしっかり覚えておこうと思うのだった。
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