妹のライブに推しと。





 パーティナイトファンタジー・最終章あらすじ。

 ついに『百鬼夜行』を起こさんとする黒幕・地獄のイベント幹事ヘルベンターの居城へと行き着いた主人公一行。しかしすでに百鬼夜行は発動寸前まで迫っていた。

 ひとたびそれが起これば、万を超える魔物の勢力が、夜をまたいで世界中を駆け回る。ひたすらに喰い、ひたすらに嬲り、人類は壊滅的な打撃を受けるだろう。

 行く手を阻む魔物たちをなぎ倒し、彼らは無事に黒幕の元へとたどり着けるのだろうか。

 勝利の祝祭に夜を明かすのは、魔物か人類か。

『やってることえげつないのに、地獄のイベント幹事って。ヘルベンターって』

 げらげらと笑いながら、画面上のテキストを丁寧に追いかける『なぎ。』。

 主人公たちは敵の居城へと侵入を果たす。魔物たちでひしめく城内を、時に隠れ時に戦い、少しずつ進んでいく。

『中ボス多いなぁ。テンションゲージむずいわ』

 パーティナイトファンタジーの戦闘の根幹をなすのが、テンションゲージというシステムだ。従来のRPGで言うところのMPマジックポイントだが、しかしもっと多くの意味を持つ。

 テンションゲージを貯める代わりに威力の低い小技。テンションゲージを消費して高威力を叩き出す大技。これらを繰り返して戦闘を進めるわけだが、肝心なのはそのゲージそのものがキャラクターの基礎パラメータに影響するという点だ。

 つまり、ある程度を維持しながら、敵によって戦い方を変える必要がある。

 雑魚敵に苦戦することはないが、そこでテンションゲージを使いすぎれば中ボスにやられてしまう。

『あー、やっべ』

 もう少しでいける、と錯覚して大技で攻めすぎると、今のなぎのように一瞬で壊滅寸前まで追い込まれる。

 意外にもシビアなゲームバランスで、手に汗握る展開が続く。

 そして。

『きたきたぁ。ヘルベンタ……ぶふっ。ぶっ潰す!』

 思わず笑ってしまう名前。ネーミングセンスが光ってるんだ、このゲーム。

 一見すると悪くない名前だけど、地獄のイベント幹事だもんなぁ。ヘル・イベンターだもんなぁ。

 しかしながらさすがのラスボス。まぁ強いのなんの。

 強い硬い速いの三拍子。テンションゲージの調整をミスれば、一瞬で全滅必至。

『やばい、楽しいぃー』

 それがまた、楽しい。口元に浮かぶ笑みが、なぎ自身のテンションゲージが上がっているのを示している。

 一進一退の攻防。ギリギリの戦い。死闘の果てに、ついに。

『っしゃぁー! 勝ったぁ!』

 渾身のガッツポーズ。カメラに向かってVサイン。ヘルベンターは倒れた。

 肩で息する主人公たちは互いを称え合い、笑顔をこぼす。

 暗転から、スタートの街『王都』へ。

 その夜、街から灯は消えることなく、人々は喜びに沸き悲しみに泣いた。

 百鬼夜行を止めた英雄達を讃え、その一人が欠けていることを嘆いた。

 祝祭と葬儀。主人公達はそれらを同時にやると無茶を言い出す。だが人々は誰一人としてそれを止めることなく、笑い、そして泣く。

『そうだよねぇ。アイツ、しんみりなんて望んでないよねぇ』

 なぎもだ。泣きながら笑う。さすがは情緒バグらせゲー。

 宴は朝まで続き、その街の様子を流しながらのスタッフロール。響き渡る音楽と歌は、盛大で明るく、どこか物悲しい。

 祝祭が終わり、朝が来て、街は静けさを取り戻す。寂寞感を示すような冷たい風に、主人公達が身を震わせる。

 空を見上げて目を閉じ、画面は暗転。

『……ふぐっ』

 息の詰まったような声がすべてを物語る。

 物語の終わりは、パーティ全員・・がジョッキ片手に肩を組む、最高の笑顔で締めくくられていた。

 それが今日、昼のこと。





 そして現時刻、午後六時十五分。

 地元の駅から急行列車で二駅ほど。あまり降りることのないその駅は、都会とも田舎とも言えないなんとも半端・・な印象で。その改札口付近で郡山さんと待ち合わせをしていた……はずなんだけど。そこそこの人通りの中、見渡してみるけれど、どうやらまだ来てないみたいだ。

 あれだけの可愛さで、明るい色のショートウルフだ。それなりに目立つはずだと呑気に改札を眺めていると――

「おーい、遠藤くーん」

 背後から声。振り返る先に女の子。

「来たんなら声かけてよー。目の前で無視されるからびっくりしちゃった」

「……どちらさま?」

「えぇ!?」

 黒のストレートロング。気の強そうな顔立ちを、おとなしめのメイクでやんわりと見せている。クリームイエローのパンツに白のブラウス。動きやすいながらも楚々とした魅力を残している。黒のノットハンドルトートバッグと、それに合わせた色の靴がいい具合に映えていて――

 はっきりと言える。見覚えがない。

「あ、そっか。ほら」

 女の子が頭に手をかけ、ぐいっと引っ張ればなんと、黒い髪がずるりと落ちてしまったではないか。ぎょっとして一歩下がってしまう。

 けれどそこに現れたのは、明るい色のショートウルフヘアー。

「あ、郡山さん」

「だよ。ごめんねぇ、まちこのライブにはいつもこのかっこで」

「へぇ。びっくりした、全然別人」

「へへ。結構、悪くないっしょ?」

「うん、かわいいかわいい」

「……なんか言い慣れてるなぁ」

 決して女慣れしているわけではないが、妹慣れはしているので、「かわいい」は飽き飽きするほどに口にしてきた。

 黒いロングストレートのウィッグからウィッグネットを取り出し、いそいそとつけ始める郡山さん。思ったよりめんどくさそうで、悪いことをした気がする。

「やっぱり少人数のライブで、かわいいアイドルだからねー。ギャルは浮くよ」

「なるほど。ちなみに客層は?」

「うーん。年齢は十代から二十、ギリギリ三十くらい? 男女比、なんと半々」

「え、意外と女の人多いんだ」

「そうだよぉ。かっこいい女の子は、女の子の憧れだからねー」

 かっこいい、か。

 確かに長身でスタイルもいいし、身体能力も高い。黙っていればそう言えなくもない。

 けど、やっぱりいまいち、しっくりこないなぁ。

「おにぃにとっては、やっぱりかわいい?」

「まぁ、そうだね。いくつになっても甘えん坊だから」

「そんな感じ。こないだのホットプリンも、おいしそうだったー」

「……え?」

「え? 上げてたよ?」

「まじかぁ。いつの間に撮ってたんだあいつ」

 そういえば食器を準備してる時、なんか音が聞こえた気がしなくもない。とはいえそれをネット上にアップするんなら、作った本人に承諾くらいは求めてほしかった。

 まぁ、作ったお菓子くらい、そんなに目くじら立てて怒るようなものでもないか。

「おにぃスイーツ、めっちゃ人気なんだよ」

「おにぃスイーツ……」

「レパートリー多すぎん? レシピサイトとか?」

「まぁそうだね。……とりあえず、歩こっか」

「あ、そだね。こっちこっち」

 ライブハウスまでは、郡山さんの案内で行くことになっている。

 駅前のちょっとした商店街を抜けるように歩き始めた俺達は、続きとばかりに会話を重ねる。

 こじんまりとしたそこは、夕食時の今、にわかに人が増えているようで。ざわめきの中、それでも隣を歩く郡山さんの声はよく通った。

「あとは結構勘で作ることも増えてきたな。大体のお菓子は目分量で作れるようになったし」

「女子力たっけー」

「やっぱアイドルだから、そう頻繁には作ってやれないけどね」

「あ、『きれいは健康の上に成り立っている!』ってやつね」

「……なにそれ?」

「えー。まちこのおにぃ語録じゃん」

「言ったっけかな、そんなこと」

 つーかなんだその妙な語録は。

「『好きなものは好きって言え!』ってのもあるよ」

「……いや、めっちゃはずいんだけど」

「いい言葉だと思う。どっちも大事、とっても」

 そりゃあ、大事だろうさ。ただの一般論だ。

「本当におにぃのこと大好きなんだなぁって伝わってくる。そういうとこも、推せるんだよね」

「……実際さ」

「うん」

「ファンの間で俺の扱いってどうなってんの?」

 ずっと気になってたことでもある。だって明らかにそのせいで売れていない。いわば俺の存在は、まちこの足枷だ。

「お父さん……かな……」

「えぇ……」

 よくわからない世界が、どうやらそこには広がっているらしかった。

「よくぞまちこをここまで育ててくれました、というきもち」

「……へぇ」

 いや、うん、ちょっと怖いかも。

 けどまぁ、否定的なものでないなら、それはそれでいいか。

 ファンの数は増えないながらも、ふるいにかけられた猛者達だ。粒ぞろいの精鋭達、面構えが違うってやつか。

 なにしろ隣を歩く郡山さんも、それを語る間少しだって笑っていないんだ。ガチの真顔で、シュールな世界観を展開している。

 目が本気マジだ。どこを見ているかわからない瞳が、胡乱に輝いている。

「ま、そんなわけだから心配ないよ」

「うわぁ、急に正気に戻るな」

「え?」

 急に優しげに語りかけてくるからびっくりしたじゃないか。

 ……とは言うものの、本当は少し安心している。

 ファンから疎まれているんだったら、俺はたぶんここに来るべきじゃない。ライブハウスなんて行くべきじゃない。それはファンのためでもあるし、まちのためでもあるし、俺のためでもある。

 けれどそうじゃないなら、一度は見てみたかったんだ。一生懸命歌って踊る、妹の姿。画面越しにしか知らなかった、晴れ姿を。

「というか、もしバレたら囲まれるかもなぁ」

「……それはそれでおかしくない?」

「だってもう、まちことおにぃはなんというか、セットなんだよ。イコールなんだよ」

「イコールではねぇよ」

 妹と兄がイコールであってたまるか。

 それにしても、というかなんというか、本当にまちこが好きなんだなぁ。

 長い間一緒に過ごしてきた妹のことを、こんなにも好いてくれてる人がいる。その事実だけは、単純に嬉しい。度が過ぎている、とかそういうことは、ひとまず置いておいて。

「あ、見えてきた」

「マジ? あ、あれか」

「そ、あの階段の下だね。ライブハウスって地下が多いんだってー」

「へー。防音とかかな」

「じゃない?」

 飲食店に挟まれた小さな雑居ビルの脇に、地下へと続く階段が見える。小綺麗なレンガの塀でよく見えないけれど、意外とというと失礼だろうか、入りやすそうな雰囲気だ。

 塀を回り込むと、すでに観客らしき人達が何人か並んでいた。今日はワンマンライブ――この人達がわざわざ妹を、まちを見に来てくれたんだな、と思うと、なんだか頭が下がる思いだ。

 扉はいまだ閉ざされたまま。聞くところによると、開始三十分から一時間くらい前に開くらしい。ちなみにここは、三十分前。

「ドリンクチケットっていうの五百円で買って、チケット持ってたら見せて。整理券もらって、番号呼ばれたら入る感じだから」

「へー。当日券ってのもあるんだっけ」

「そうそう。ちなみに、ドリンクチケットを持ち帰る人もいるんだって。記念に」

「確かに、ライブハウスってあんまり来ないから。それもありか」

「ただまぁ、コールとかで喉は渇くよ」

「コールとかはまだいいかなぁ」

「もったいなー」

 いやそもそも知らないから、しようがないというか。

 それがライブの醍醐味だっていうのはなんとなく理解できる。せっかくここまで来て、っていうことも。

「今日はゆっくり、見たいかな」

「……そっか。それがいいかもね」

 優しく微笑み、郡山さんは階段の下に視線を移す。ああ、なんだか見透かされたみたいで恥ずかしい。

 妹が俺のことを好いてくれているように、俺も、妹のことが好きなんだ。

「あ、開いたみたい」

「お、ほんとだ」

 少しだけ緊張してる。でも同じくらい楽しみで、階段を踏みしめる脚がなんだかふわふわしてるんだ。



 まだまだ明るい場内は、ざわざわと話し声が聞こえる。ライブの観客二、三十人と聞くと少なく思えたものだけど、こうしてその輪の中に入ってみると、思っていたよりずっと多い。

 これが全部同好の士ってやつで、そりゃあ楽しいだろうなぁ。俺だけ少し、場違いだ。

 数少ないまちこのファンは、それだけに繋がりは濃厚のようで。郡山さんも何人かに話しかけられ、気さくに応えている。そんな中に入っていく度胸もなく、俺は客席隅のベンチに座り、交換したオレンジジュースを軽く含んだ。

 スマホを取り出し、メッセージアプリを開き、ただ一言。

 がんばれ。

 既読表示から返信まで、わずか十秒。

 がんばる。

 いつも通りのまちだ。こぼれた笑みを隠さず、スマホをポケットに入れ直す。

「ごめんねぇ、久々の人も多くて」

「いいって、なーちゃん」

「うぐ……根に持ってるじゃんか」

 なーちゃん、というのはどうやら彼女のハンドルネームらしい。ほぼほぼ本名だけど、だからそれがなぎさだとも思えない。呼んでもらって嬉しい、そしてバレない、いい塩梅のハンドルネームだ。

 けれど今日、ばれちゃうんだな。

「そっか、だからまちに認識されてなかったんだ」

「たぶん。大丈夫かなぁ、幻滅されたりしないかなぁ」

「大丈夫でしょ。そもそも第一印象が……」

「言わんでよぉ。思い出すだけで……あぁもう」

 隣に座って、照れ隠しのようにリンゴジュースを飲む郡山さんは、そのままぐいぐいと呷り、グラスを空にしてしまった。

「えぇ、いいの?」

「持ってても邪魔だから、先に飲んじゃう人多いよ。ほら、ペンライトも持つし」

「なるほど。じゃあ俺も」

 オレンジジュースを飲み干すと、揃って立ち上がってドリンクカウンターにグラスを返す。

 ベンチには戻らず、ステージから少し離れた客席半ばほどに。オールスタンディングだから、なんてものはないけれど、ひとまずステージはよく見える。

 時間が経つにつれ、時間が迫るにつれ、少しずつ動悸が早くなっていく。

 そんな俺の肩を、ぽんぽんと叩く笑顔の郡山さん。ペンライトを一つ渡され、ありがとうと呟くように。

「楽しいよ」

「だといいな」

「楽しまないと!」

「……だな!」

 そりゃそうだ、楽しもうとしなきゃ、楽しくないに決まってる。

 妹の成長を見たいだのなんだの、それはライブを見に来た客の姿勢じゃないじゃないか。

 それじゃ、まちだって――まちこだって楽しくない。

 照明が消える。ざわめきが消える。静まり返る。



 照明が灯る――ライブが、始まる。




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