飲まれる
「「「ゆりりんは好きな人とかいるの?」
私は女の世界の空気に飲まれないほどの強さを持ち合わせていない。
「え?別にいないよ!今は、ね!」
場が湧く。後は適当にかわして、と。私の仕事はここまでだ。多様性の時代にこんなことを言うのは良くないのかもしれないけど、女は恋バナを食って生きている。男は肉か女を与えておけばいい。どっちもでもいい。でも女は複雑だ。面倒くさい。
好きな人かぁ。居ないな。嫌いな人ぐらい居ない。人に対して特別な感情を持つなんて、疲れるだけじゃないか。そいつの特別になりたいって努力して、思い通りにいかないと凹んで。くだらない。人間らしい。
「由莉さんは、何が好きなの?」
名前も知らない男にそんなこと言われた時には驚いた。
「誰?」
「嘘でしょ?」
「嘘をつくカロリーが勿体ない」
「野久保だよ。去年もクラス一緒。」
「ノクボ?あーあいつか、自己紹介のときに僕野久保、逆から読んでもボクノクボとかいってスベってた」
「なんでそれ覚えてるんだよ」
「好きで覚えてるわけじゃない」
「で、何」
「君は何が好きなの?」
「わかんねぇ」
「わかんないことないだろ?」
「んー、愛情の無いセックスとか?」
「えっ」
「ジョーダンだよジョーダン」
「由莉さんってやばいんだね」
「うるさいなぁ」」
私は静かに本を閉じた。
「ほー、面白そうじゃん。何に文句があるのさ」
璃空は不機嫌そうな顔でこっちを見る。
「萌が読んだのは最初の数ページ。そこまで読んでどう思った?」
「結末はどうあれ、とりあえず一回はこいつら付き合うんだろうなって思った。この女の子が、本当に好きなものとか人を見出していくタイプかなって。」
「だろ?それがさ、確かに由莉は好きっていう感情を見つけるんだ。でもそれは人に対してじゃない。しかもこの二人付き合わねえのよ。」
「ほぉん。」
私はこの会話が既に面倒くさくなっている。
「なんだその薄い反応!」
「若者と物語と恋愛を紐で括り付けるような男はモテないぞ?」
「別にそういう話じゃないじゃんか!」
「へぇー、でも可愛い女の子好きじゃんか」
「可愛い女子が嫌いな奴がいるかよ」
「それもそうだねぇ。」
璃空のこういう所は昔から変わっていない。いじめ甲斐がある。
「いや、話戻すけどさ、こういうのの相場ってこの後結局二人は惹かれあって、てやつだろ?」
「確かにそういうのは多いかもしれないけどさ、恋愛要素が無いと物語が成立しないみたいなのって、最近の娯楽の悪い風潮だと思うよ。圧倒的に悪い意味で、恋に飲まれてる。自分の恋だけじゃなくて、疑似体験的な恋にも。好きの形はそれぞれだし、そもそも好きなものがあるとか、好きな人がいるっていう状態にならないと幸せになれないの?私は違うと思うな。」
「萌は冷たいんだよなぁ。」
「現実が見えていると言ってくれ。こんなに可愛い名前をしてるのに中身が腐ってるせいで男が寄り付かない。」
「お前だって恋愛のこと考えてんじゃん」」」
萌と璃空も付き合いそうに見えてくるでしょう。こんにちは。著者です。著者は思うんです。若い男と若い女、いや、若くなくても男と女が喋ってるときに、頭が自然に「恋愛要素」を見出そうとしてるのが、なんだか面白い。人間と人間であるはずなのに、男子と女子であることで、「これから何かあるのかもしれない」って、少なからず考えてしまう。それどころか、「恋愛要素」が無いと分かったら、裏切られたような気さえしてしまう。でも、それだけ私たちの価値基準の中に「恋愛」のものさしが組み込まれているっていうのは紛れも無い事実で、著者も恋バナは、なかなか悪くないなんて思っている。単純だ。悔しい。恋愛に、飲まれている。
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