第16話

 丸一日、とは言わないものの、結構な時間を抱き合って過ごした。さすがにシロガネは飽きたかな、と後ろめたく思っていたけれど、一体どこでどうやって覚えたんだと訊きたくなるような新技を披露する。自分も初めて試すようだから、その快楽に驚いては悦び、どんどんと俺を攻めた。当然俺はもっと驚くし、感じまくってたまらない。

 本当に、お互いに求め合って抱き合っていた。愛し合っていた。

「ああ、紡」

「んん」

「愛している。他に言葉を思いつかぬ故、それしか言えぬのが歯痒い」

 そうか、シロガネも俺と同じことを思ってくれていた。十分過ぎる。

「俺も、愛してる。これは、シロガネにしか言ったことないし、これから先も、誰にも言わない」

「儂も同じだ」

 しゃべりながらもお互いのモノを咥え合っている状態。これで勃たないわけがない。ああ、もっとシロガネが欲しい。

「う、んっ」

「はぁっ」

 わ、出た。一緒に。

 俺はシロガネの出したものを自分の身体に塗りつけるようにして、ぽんとシロガネの前に座る。そしてそのまま、そのヌルヌルした液体を利用して、自慰行為を始めた。

 昨日は恥ずかしいから無理だと思ってたけど、今はむしろ見せつけてやりたい気分だったのだ。

「紡?」

「んふ、シロガネ、見てて」

 きょとんとするシロガネを前にして、その視線にも興奮させられて、俺は普段自宅でしている時には出せない声も出して性器を擦ったり撫で回したりする。

「ああ……シロガネ。俺を見て。お前のことを考えながら、こうやって自分で擦るんだ。そしたら、たまらなく気持ちいいんだよ」

「ほう」

 律儀に学んだらしいシロガネは、声を上げて達した俺の体液を奪い取り、自分のモノに塗りつけて、俺の真似をする。

 それを見ながら俺ももう一度自分を勃て直す。お互いに見つめ合いながら、自分の手で自分の股間を撫で回し、擦り、しごいた。

「ああ……良いな、紡」

「ん。ちゃんと、俺のこと考えてる?」

「当然だ。紡が今、儂を咥えて舐め回しておる」

「あん」

 言葉だけで感じてしまう。俺も脳内でシロガネに咥えられていた。舌で付け根から撫で上げ、先をチロチロと焦らしながらいたぶる。上目遣いで俺を見て、どうだとばかりに攻めては弱める。早くイカせて欲しいけど、もっとそうしていて欲しい。

「あぁ、いぃ、気持ちいい」

「そうだな、これも良いの」

 ビュッ、と力強くシロガネの体液が飛ばされ、俺の身体にかかる。つつ、とそれが俺の乳首を伝うので、たまらなくなって俺も果てた。

「あはぁ……」

 さすがに、俺もへばってくる。そこへシロガネが再びのしかかる。

「もう一度、良いか?」

「ダメ、って言ったらやめる?」

「やめて欲しいのか?」

 くそ、負けた。許可なんて取らなくても、思うままにしてもいいのに。どんなことだって、シロガネなら俺は受け入れる。

「やだ、やめないで」

 ニヤリ、と口唇の端を上げて、シロガネが一気に突き上げてくる。

「ああっ、はぁっ」

 突然の激しさに声が出る。おまけにシロガネの両手が俺のモノをしっかり掴んでいる。

「あああああ」

 狂ったように腰を振るシロガネに、狂ったように感じて叫ぶ俺。もうこのまま二人で心底狂ってしまいたい。

 前も後ろも支配されて、俺はシロガネに何度もイカされる。もちろん、俺の中でも温かい爆発が起こっているから、シロガネも快感を得ているのだろう。俺の狂乱ぶりに、シロガネは気を良くしたのか、あらゆる手を尽くして俺を悶えさせる。悔しいけど、最高に気持ちいい。これなしに生きていけないのではないかと思うほどに、中毒性が高い。

「もっともっともっとぉ」

「良いぞ紡」

 シロガネが俺の中で放った体液が漏れ出しても、まだまだ快感は続く。その溢れた体液を利用して、それで濡らした自分の指をシロガネに挿(い)れてみた。

「──うぉん!」

 犬のように声をあげたので、俺もびっくりした。シロガネも、まさか自分が挿れている時に別の何かが挿入(はい)ってくるとは思わなかったのだろう。少し嬉しかった。

「つっ、つむ、ぐ?」

 穴をぐいぐいと押し広げて指を深く挿れる。俺の中のシロガネが大きくなり、それで俺の前の方も膨らむ。

「あふぅ」

 快感のあまり、声が漏れる。けれど、俺はもう一本指を増やして差し込む。またシロガネがキュッと締まる。

「こ、れ、は?」

 さすがにシロガネも堪えきれなかったのか、再び俺の中で放たれ、その刺激で俺も発射してしまう。

 ああ、なんて最高なんだ。俺とシロガネは、完全にひとつになっている。ぐるりと輪になって繋がっている。

 俺は何も答えずに、そのまま指を出し入れし始めた。シロガネも理解したらしく、腰を振りながら俺をしごく。息が荒い。意味のない声も混じりながら、お互いに刺激を与え合う。またお互いが果てるまで続けた。

「……ね、シロガネ」

「うん?」

「代わって」

「……わかった」

 つまりそれは、逆方向の繋がりになるということだ。俺がシロガネの中に入り、前を握って擦る。シロガネの指が俺を後ろから貫く。

「あはぁっ」

 確かに、シロガネが犬のように驚いたのも無理もないと思った。これはたまらない。

 一体二人して何度果てたのかもわからないほどに乱れて、ようやく俺たちはふたつに分かれた。

「も、さいこー」

「儂もだ。これほどの快楽が、この世にはあったのだな」

「俺とシロガネだからだよ。多分、他の奴だったらこんなにならない」

「無論だ」

 シロガネの力強い同意に嬉しくなって、俺はまたぎゅっと抱きついた。シロガネは俺の髪を撫でてくれて、そこに顔を埋めてくる。

「紡の髪は、美しい色よの」

 ちょっと、驚いた。白銀色のウェーブを描く、シロガネの長い髪に比べたら、俺なんかただの金髪だ。もちろん天然モノではあるので、ブリーチした後のような傷(いた)みや、不格好な染め残しはないけれど。

「それにその瞳の色は、海、というものと同じ色なのか? 儂は見たことがない故、話に聞いたところでしかないのだが」

 確かに、「青い海」と言われるくらいだから、本当に自然の美しい場所に行ければ、その「青い海」は見られるのかも知れない。けれど、そこそこ都会暮らしの俺は、そこまできちんとした色の海はまだ見たことがなかった。

 それに、海の色で例えるならきっと、シロガネの瞳の色の方がもっとキレイなはずだ。珊瑚礁が広がるような、穢(けが)れのない色をしている。

 そこで俺は気付いた。そうだ、ここには鏡がない。普通の犬に鏡を見せたらどうなるのかは知らないけれど、シロガネなら説明すればわかるだろう。でも、ここにはそれがないから、自分の姿はもちろん、瞳の色など見たことがないに違いない。シロガネの髪は長いから色はまだ自分で見れるけれど、自分の目を見れる目などない。なんてもったいないんだろう。

「シロガネの方が断然キレイな色だよ。まったく穢れのないキレイな色。澄みきって凛とした強さがある」

「そうか。儂はそのような瞳を持っておるのか」

「でもそれも俺のもの」

「ならば、紡の海の色は儂のものだ」

「うん」

 違う場所にある海の色だけれど、海は必ずどこかで繋がっている。だから、俺とシロガネもずっと繋がっているんだ。

「……ふわ」

 思わずあくびが出る。決して退屈したわけではないのだけれど、やはりさすがに疲れたんだろう。もしかすると、間もなくまたあの暗闇がやってきて、容赦なく俺とシロガネを引き剥がしてしまうのかも知れない。

 そう思うと無性に苦しくなって、俺はさらに力を込めてシロガネに抱きつく。シロガネは俺の髪を撫で続けている。とても、大切なものを扱うような手付きで。

 相変わらず慣れない青紫色の草原が、少し翳ってくるのがわかった。そう思ったらもうあっという間だ。

「やだ、シロガネ」

「どうした、紡」

「離れないで」

「……」

 答えが帰って来ないまま、急激に翳りは辺りを覆い尽くして、すっかり暗闇が世界を支配する。

 溢れそうになる涙を堪えながら、俺は周囲を手で探った。やっぱりシロガネはいない。手に何も触(ふ)れない。でも気配だけはあった。

「紡。よく休め。儂はいつでもそばにおる故」

 どこから聞こえるのかわからない声は、シロガネが人間の姿でなくなっている証拠だ。まるで夜霧にでもなったかのように、そばにいる気配はするのに存在が捕まえられない。ひどくもどかしい。

「でも、寝たら日が変わる。明日になる」

「紡が寝ずとも時間は流れる。無理をするでない」

 それは、そうだけど。目が覚めたら、はい、さよならの時間です、なんて……そんなのは嫌じゃないか。

「シロガネ、は」

「眠らぬと言うておろう」

「そうじゃなくて。どこにいんの?」

「紡のそばにおる。たとえ見えずとも、儂はそこにおるでの」

 わかってはいても、見えない、触(さわ)れないでは、淋しさは募る。それももう、時間がないというのに。結局俺は、どうしようもなかった。シロガネをどうやったらあの忌々しい玉座から離すことができるのかもわからず、とにかく心と身体にシロガネを刻み込むので精一杯だった。

 もちろん俺は忘れる気なんてないし、忘れられるはずがない。生涯独身を通すことはもう心に決めたし、一人っ子の俺が両親に孫を見せてやれないのは申し訳なく思うけれど、それでも仮面夫婦みたいなことはしたくないし、シロガネを裏切るのも、自分を誤魔化すのも、両親や祖母を騙すのも嫌だから。

 不甲斐ない息子で申し訳ないけれど、ちゃんと一世一代の大恋愛は経験したから、これから先は中谷のような奴を見たら助けてやれるかも知れないし、誰にでも心からの思いやりを持って接することができるようになると思う。親孝行が不足してしまう分、世の中のためになれる人間になる。そうすることで、家族の役に立てる息子や孫でありたい。

 甚(はなは)だ身勝手な言い訳ではあるけれど、うちの両親は我が子のすることに口出しをしたり、何かを強制したりはしない。きちんと俺が自分のしたことに自分で責任を持てると言えば、黙認してくれるはずだ。何故なら、息子の俺がそんな両親を信頼しているから。

 中谷の両親が学校に殴り込んで来た時は、えらく大騒ぎする親だなぁと呆れたこともあったけれど、本来親が子供を愛するのは普通のことだと思う。そんな愛する息子が自殺をし、その原因がどうやら学校にあるようだと感じ、それを確信できる証拠を手に入れたのなら、あの行動も実は全然大袈裟なものではなかったのかも知れない。俺は、中谷にきょうだいがいるのかどうかすら知らないけれど。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか俺は眠ってしまっていた。意地になって起きているつもりはなかったけれど、眠ることさえできないシロガネを思うと、どうしても胸が痛むんだ。

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