第12話

 あとはまぁ、正直に言えば俺自身も、身体がもうそっちのスイッチが入ってしまっているということもある。そうなると、邪魔になるのは理性だけだ。

「じゃあさ、シロガネ」

「ん?」

 一歩一歩グロい色の草を踏みしめながら、上着を脱ぎ捨て、ベルトを外し、シャツのボタンをひとつひとつ外しながら歩み寄る。少しずつ自分で理性を取り払うように。

 シャツを脱ぎ捨ててズボンのチャックまで下ろした俺は、シロガネの前に立ってその和装に手を掛けた。

 帯のようなものをわけもわからないままに引くと、面白いほど簡単にそれは外れ、着ていたものは自然とはだける。俺はゆっくりとシロガネの肩から着物を下ろし、座っているのに俺の腹の前くらいに顔があるシロガネの首に両腕を絡ませて抱きつくようにした。

 白銀色の艷(つや)やかな髪が、頬だけでなく服を脱いだ上半身に触れてくすぐったい。だけど気持ちよくもある。何かを学んでいるつもりなのか、シロガネは俺にされるがままになっていたので、ぎゅ、とその顔を上に向けた。

「昨日やったのは、形だけのセックスだよ。だから今日は、本物を教えてやる」

「本物?」

 大きく瞳を見開いて、シロガネは驚く。

 さっき気付いたんだけど、昨日はとにかく下半身責めで、挿れたり出したり擦ったりしていただけだ。単純に欲望を満たすだけの行為ならそれでもいいんだろう。でも、俺はわかってしまった。昨夜目が覚めた時に、どうしてもシロガネに会いたくなった理由。日付が変わるのが怖かった理由。

「人間が発情期でもないのにセックスをするのは、もちろん例外もいっぱいあるけど、本質的に言えば、繁殖以外の目的なら、愛情表現なんだ」

「愛情表現」

 シロガネは俺の言葉が珍しいのか、いちいち鸚鵡(おうむ)返しにする。でもそれは理由がわかっているから、別に腹も立たない。むしろ俺はもう、それさえ愛おしい。

「そう。シロガネは──誰か好きな奴とか、いる?」

 訊くのは怖かったけれど、俺が前に進むためにはどうしても必要な質問だった。それにシロガネは一切の迷いも見せずに答える。

「紡だ」

「そうじゃなくて。本当に好きで、ずっと一緒にいたいくらい、離れたくないと思うくらい好きな奴。それが、愛してるってこと」

「ならばやはり紡だ。紡しかおらぬだろう」

 抱いた頭部から響く声にすら感じてしまう。

 どうしよう、俺、犬神サマのこと好きになっちゃった。幼稚園の先生を除けば、初恋さえまだなのに、よりによってその相手が異種族の神様だなんて。

 けれど身体は正直で、もうこれ以上は待ってはくれない。俺は学生ズボンを下ろして自分のモノを出して、小さな声で言った。

「……お願い」

 昨日の今日だからか、察しよくシロガネはソレを優しく口に含んでくれた。じんわりとあたたかみが広がって、暴発を堪(こら)えるのに必死になってしまう。

「ん……」

 犬に舐められたことはないのでよくわからないけれど、少なくとも人間の姿になっているシロガネの感触は、限りなく人間だった。もちろん、俺は人間にも舐められたことはないけれど。

「あ、出る……っ」

 言葉の途中で発射してしまい、シロガネはややむせながらも大半を飲み干してくれた。胸が詰まるような愛おしさが止まらない。

「シロガネは、どうしたい?」

 そそり勃ったままのモノを見て、俺は訊く。シロガネは黙って俺の手を取り、そこに導いた。

「紡の手は優しい。儂はその手で飼い慣らされたのやも知れぬ」

 俺はできるだけ優しくゆっくりとシロガネに触れ、撫でたり擦ったりしていく。俺は草の上に膝立ちになる格好で、そのまま自然と舌も使って愛撫する。

「うう……これが、本物のせっくすか?」

 身体を震わせてシロガネが訊く。

「まだ前戯だよ。これからもっとよくなる」

 未経験者が何をぬかしているのかと思ったが、よく考えれば相手も未経験者なのだ。ならば人間の俺の方がまだ理解はある、はず。

 シロガネを愛撫しながら片手で自分の股間を擦り、興奮を高める。

「──うっ」

 シロガネの声とともに、口の中が液体で溢れる。もちろん、俺も必死で飲み込む。

「シロガネは、どっちがいい?」

「どっち、とは?」

 やや虚ろな目で、それでもまっすぐに俺を見る。

「したい? してほしい?」

「……」

 真剣に悩む様子が愛おしくてたまらない。俺なら即座に「両方!」と言うのに。

「じゃあ、俺から」

 意を汲んだシロガネは自ら四つん這いになる。犬だから慣れているのかも知れないが、人間の姿でそうされると俺が何を思うか、やっぱりまだ理解はできないのだろう。

 俺はピタリとシロガネの広い背中に張り付き、ぎゅっと抱きしめた。

「シロガネ。愛してる」

「?!」

 意味はわかったのだろうけれど、その真意をはかりかねるというように、シロガネが驚いて困っているのがわかった。

 違うよシロガネ、俺が言ってるのは飼い主が自分の犬に言うやつじゃない。対等な立場の相手に言う方の言葉なんだ。

 しかし俺は何も言わず、そのまま回した両手でシロガネの前を掴んでしごき、自分のモノをシロガネの尻に擦りつけた。お互いに液体が溢れ出す。その濡れた手で、今度はシロガネの胸に手をやって転がす。声を押し殺しているシロガネが身体を震わせている。

「シロガネ。もっと力抜いて」

「んん……」

 そうしたいのは山々だけれど、身体が動かないとばかりにシロガネが震える。

 俺は握っていた手の動きを早めて、わざとシロガネに声を出させる。

「あ、は、つむ、ぐ……」

 ビュッ、白濁した液体が飛び出し、青紫色の草原に水溜りを作った。それでも俺は手の動きをやめない。そうするうちに、俺のモノもするりとシロガネの中に収まった。

「ああっ」

 昨日経験したはずなのに、今日の方が余裕がないように見える。逆に俺はどこか冷静で、シロガネの一挙手一投足を、呼吸の仕方さえも刻みつけようと必死だった。

 あと三日。いや、もうそんなにはないだろう。一緒にいられる期間は短い。しかも夜には会えないようだし、ひとつひとつの手順を踏むことさえ、本当はもどかしかった。

 でも、俺はシロガネに自分を刻みたかった。愛した証を残したい。愛されたことをシロガネに覚えていて欲しい。まったくもって、俺のわがままでしかないのだけれど。

 シロガネの身体の中で、俺は何度も果てては膨らみ、両手と口唇と舌で身体の表面をくまなく味わう。

 ふと振り返ったシロガネと目が合い、それが交代の合図だとわかった。もう一度ぎゅっと抱きしめて、俺は体勢を変える。

 するとシロガネもまた同じように俺を背後から抱きしめ、不器用に呟いた。

「紡。儂も愛している。これは紡から学んだから言うわけではない。犬でも愛は知っておる。先に言うたであろう。名を呼ぶと愛着を持つと」

 シロガネの言葉より器用な指が俺の胸に触れ、臍の辺りを撫でる。ああ、そんな部分まで気持ちいいのかよ、知らなかった、本当に。

「しかし、儂は名を呼ばれたせいで紡に愛着を持ったわけではない。ただわかるのだ。儂のここがこうなるのは、紡のことを考えた時だけなのだと知った今では」

 何だよそれ、俺で興奮してるっていうのかよ。嬉し過ぎだろ。

「儂の身体は紡でなければ癒やせぬし、儂の心もまた、紡を求めるのだ」

 シロガネの手が、俺の身体のあらゆる場所に快感を与える。むしろ、シロガネの手だからこんなにもどこでも感じるのだろう。そうでないと、身体中性感帯だらけで日常生活に差し支えるほどだ。

「んんあっ」

 するりとシロガネが俺の中に入ってくる。シロガネの身体ならばどこだって、俺はいつでも受け入れられるようになっているかのようだった。

「離れたくないほどに、儂が愛しているのは紡だけだ。これまでに一度もこのような感情を抱いたことなどないというのに、紡を見た時から突然世界が変わったように見えたのだ。発情期のない儂がこうして紡と交わっておるのだから、これを愛していると言わずして何をそう言うのか」

 頭の中にシロガネの声がこだまする。愛してる愛してる愛してる。シロガネシロガネシロガネ。自分でも心の中で叫び続ける。

 言葉でも身体でも伝えきれないようなもどかしさばかりが溢れて、それが体液となってどんどんと零れ出す。声にならない吐息になる。身をよじって視線でせがむ。

「俺、シロガネと離れたくない。本当に」

「儂もだ」

 なら、離れなきゃいいじゃん──とは言えない。お互いにわかっているから。これが期限付きの愛だということを。今しか時間がないのだということを。

 どんなに言葉を選んでも伝えきれないし、どれだけ身体を動かしても流し込めない本音。

 現実世界で、どこかの外国人が馬とセックスしたという記事を読んだことがある。多分調べれば、想像しているよりもたくさんそんな例は出てくるのだろうけれど、俺とシロガネではそんな話とはまったく次元が違うのだ。

 今の俺は魂だけの状態だというし、シロガネは犬たちを統べる犬神サマで、犬だろうと神様だろうと、とにかくただの人間の俺とは根本的に違う。単に異種族とかいうレベルの話ではない。

 それでも今ここにいる間は、俺は人間の形で実体を保っていられるし、シロガネもまた、人間の姿になることができる。だからこうやって、お互いの身体を貪り合うことができるのだ。

「ああ……シロガネ」

「んん?」

 お互いに腰を動かし、手や舌で絡み合っている。でも、一番肝心なことをするのを忘れていた。何しろ俺だって初めてだったから、自分の本能を抑えるのにも手間取る。

 俺はぐるりとシロガネの正面に回り、そのまま首を抱きしめる。一旦下の方の繋がりは離れたが、それだけが愛情表現ではない。

「これが、本物の愛情表現の時にするやつ」

 口唇をシロガネの口唇に重ねる。既に咥えられて知ってはいたけれど、柔らかくてしっとりとしている。舌で開いて中に入り、シロガネの舌に触れると、それは恐る恐るといったふうに動いて俺に絡まった。

 しばらくそうやって、静かな中でぐちゃぐちゃぴちゃぴちゃと音を立てて愛し合う。

 そう、これが、愛し合う、ってことだ。

 シロガネの両腕は俺の腰に回され、お互いの勃起したモノ同士が触れ合っているせいか、それだけで興奮して快感が高まる。嬉しいことに、シロガネも同じように感じているようだった。

「……あは、やべぇ俺、もう止まらない」

「儂もだ。良いではないか。止まるまで止める必要もあるまいよ」

 ここには誰もいない。犬神サマの能力で作られた、俺の──人間の魂を保管しておく場所だから。

 ふとよぎった淋しさを引き千切って、俺はもう一度シロガネに口付ける。両手を下ろしてシロガネのモノに触れ、愛おしく撫で付けたり、激しく擦ったりすると、口の中でシロガネの反応が変わるのがわかる。愛おしい。世界中で一番愛おしい存在。シロガネ。

 何度愛を叫べばここに留まれる時間を伸ばせるのだろう。百万回で一日伸びるなら、何億回でも叫ぶのに。シロガネを愛していると、誰にはばかることもなく、堂々と断言できるのに。有限である時間が憎い。死が二人を分かつまで、どころか、俺が生還するために離れなければならないなんて、理不尽だ。

「もっと……もっとして、シロガネ」

 甘えた声を出して、俺は自分でも驚く。泣き出しそうな子供のような自分が情けなく、それほどに大きな愛着を持っていたことが、この痛みを引き起こしているのだと知った。

 確かにシロガネは言った。愛着には責任が伴う、と。痛みも重みも含めて、と。

 愛情を知らないはずのシロガネにはそれがわかっていたのに、当たり前のように家族や友人からの愛情を受け取っていた俺は、そんなに深く考えたことなんてなかった。今頃になって気付くくらいなら、最後まで気付かずにいたかった。

「紡。貴様の求めることには何にでも応じよう。しかし今は儂とて余裕がないのだ。多少手荒な真似も許せ」

 傲慢な口ぶりではあったけれど、そこには溢れんばかりの優しさが込められていて、俺は完全に自分の身体をシロガネに預けた。俺が思っていた以上にシロガネの身体は昂ぶっていたようで、俺は串刺しにでもされているのかと思うほどに激しく突かれ、溶けるほどに舐め回される。それでも痛みは感じないし、不快感もない。ただただ深く真剣な愛情を感じて、幸せ過ぎてどうにかなりそうだった。どうなってもいいと思ったし、いっそどうにかなれればいいのにとさえ思ったくらいだ。

 俺もシロガネも、何度も達したし果てたし発した。それでもまだまだ満ちてくる精気は何なのか。白濁した液体があちこちに飛び散った青紫色の草原を見ながら、俺はだらしなく思った。こんな草ごときで、俺たちの気持ちは止まらないんだ。

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