第10話

 気が付くと、俺は服を着て小屋の中のベッドに横たわっていた。周囲には何の気配もない。

「……シロガネ……?」

 声を掛けてみたものの、思った通り返事はなかった。上半身を起こそうとしたところ、腰にものすごい痛みが走って、バタンと背中を付いてしまう。

 え? 何? セックスってこんなに大変なの? っつーか俺、今まで何やってた?

 思い出せる限りでも相当恥ずかしいことに行き当たる。途中で意識も朦朧状態だったし、自分でも記憶があやふやな自覚はあった。いや、どうせなら全部忘れたい。なかったことにして欲しい。

 布団の中で手探りで自分の股間に手をやる。ちゃんとそこにあるものはあるし、寝起きのようだけれど勃起もしていない。まぁ、これが正常なんだけど。

「はあぁ……」

 よりによって、童貞喪失(?)の相手が犬って何だよ……いや、神様ってのもアレだし、どっちにしてもまともじゃねぇじゃん。

 いやしかし、今の俺は魂の状態だったっけ? つまり人間で言うところの霊体って感じだと思う。強引に言えば夢だ。

 よし、じゃあこれはノーカンだ! そうだ、そうしよう!

 とは言え、俺をここに置いていってくれたのはシロガネしかいないだろうし、それは感謝すべきだ。遠野家では礼儀を重んじるのだ。

 ひとまず外を見て、今が夜なのか、もうとっくに明けてしまったのかを確認したい。窓がないので、扉を開けるしか方法がないのだが、今の俺にはそこまでの距離さえとても遠い。

 そう言えば、身体がキレイになってるな。風呂という概念は、ここにもあるんだろうか? 犬にシャワーを浴びさせる飼い主は多いし、噴水のある公園でもジャバジャバやってたり、泳ぐ犬を見たこともあるから、どんな形なのかはともかく、身体を洗う場所くらいはあるのかも知れない。

 ということは、シロガネがそこまでしてくれたということか? いや、それは尽くし過ぎだろう。俺は飼い主じゃないし、第一シロガネは犬神サマなのだ。

 びしょ濡れだったはずの下着も不快ではないので、洗ったかどうかはさておき、乾いてはいるらしい。

 ともかく時間を知りたい。そしてシロガネに会いたい。もしも外が明るくなっていたとしたら、俺がここにいられるのはあと三日程度ということになる。どこか落ち着かない。

「聞こえてるか、シロガネ?」

 ここが犬神サマの領域なら、呼べば聞こえるのではないかと思った。だからはっきりと、意志を込めてその名を呼んだ。

「何だ?」

 思った通り、小屋の中にどこからかシロガネの声が聞こえてきた。中にはいないのだろうけれど、どこからか俺を見ているのか、気配を感じているのか。

「今、どこにいる?」

「どこにでもおるし、どこにもおらぬ」

 神様らしい答えだった。なら、呼べば来るということか?

「来いよ」

「何故(なにゆえ)に?」

「会いたいから」

 口が滑るにもほどがある、と言いたくなるくらいに素直に言ってしまった。すぐに自分の顔が熱くなるのがわかる。やっぱり来なくていい。どうして顔が赤いのかとか、無邪気に訊かれたら困るから。

「いつでもそばにおる」

 確かに声はするけれど、姿は相変わらず見えない。小屋の中にはあの小さな蛍のような光があるので、真っ暗闇というわけでもないから、そこにいればわかるはずだ。犬の姿か、人間の姿なら。

「今、夜?」

「そうだ」

 少しほっとする。何故だろう。時間が過ぎるのが惜しい。そう言えばシロガネは眠らないのだったっけ。

「夜明けまでどれくらい?」

「──人間の世界のように正確に計れるものはないが、紡の感覚で言えば、あと一眠りはできるであろう」

 確かに、真っ昼間からあんなことやってたわけだし、いくら時間が経ったと言えども、そうそう簡単に日は変わらないということか。少し安心している自分がいて、なのにどこか気持ちがざわざわする。

「眠れ紡。日が昇ればまた会える」

 と言うことは、夜は会えない理由でもあるのだろうか? なんだかそちらの方が気になるけれど、触れてもいいものかどうか迷ったので、ひとまず黙った。犬神は眠らない、と言った時のシロガネの淋しそうな顔を思い出したから。

「……わかった。じゃあ、おやすみ」

「ああ」

 シロガネの声が消えて、空気がふと変わった。その途端に眠気が襲ってくる。自然と瞼がくっついて、すぐに意識が遠のいていった。

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