第8話
「紡」
ふと、思いついたようにシロガネが呼びかける。普通に友人に呼ばれたような感覚で、「ん?」と顔を向けると、先ほどまでとは打って変わった晴れやかな笑みを浮かべたシロガネが俺を見ていた。
「儂に教えろ」
「は?」
いろいろと考えていたので、現実の方をあまり見ていなかったせいもあるかも知れない。シロガネの笑みに、どこか面白い玩具(おもちゃ)を見つけたような含みがあるのに気付けなかった。
「何を?」
思うままに俺は訊き返す。シロガネは覚えたての言葉を口にするようなたどたどしさで、無邪気に言い放った。
「せっくす、だ」
「──のあっ?!」
待って待って、誰だよ、飼い犬にそんな言葉教えた奴! あと多分その犬、それが何かも知ってるみたいだし! そうでなきゃ、犬神サマであるシロガネが知るはずがない。せいぜい「交尾」と言うだろう。
「何故驚く? 人間は発情期がないと聞く。いや、常に発情しているとか。ならば紡も、いつでもせっくすが可能ということであろう?」
……純粋過ぎる……。
思わず俺は、両手で顔を覆った。
可能と言えば可能なのだろう。女子だったらまぁ、危険日とかそういう兼ね合いもあるかも知れないけれど、男は確かに年中オッケーだ。しかも俺くらいの年齢のピチピチ男子なら、一日に何回だってやれる──らしいよ。
ああもう、そうです俺はまだ童貞です、でもそれをシロガネにどう説明したらいいんですかー!?
見知らぬ犬とその飼い主だった奴に腹が立ったけれど、目の前で俺の返答を明らかなワクワク顔で待っている姿を指の隙間から見ると、遠回しに言っても通じないだろうとわかった。
とは言え。だったら俺に何ができるだろう? もちろん人並みの知識くらいはあるけれど、実体験がないから具体的に説明できない。そもそもそんなもの、言葉で教えられるモンじゃないし!
「えーと、シロガネ?」
「うむ」
威厳のある返答だけれど、やっぱり純粋無垢なワクワク顔は変わらない。多分シロガネは、断られるという想像などまったくしていないんだろう。次に俺が言葉を発する時は、説明が始まる時だと思っていそうだ。
「ちょっと、まず一旦落ち着こう」
「儂はとうに落ち着いておるぞ?」
そうだね、落ち着きが必要なのは俺だよね。
──だから時間を稼ぎたいんだっての!
「まず俺の方が訊きたいんだけど、シロガネはどの程度知ってる? その……セックスについて」
いかん、言葉にするだけでこんなに恥ずかしいとは思わなかった。いや、普通に友人とエロ本の読み回しとかしたこともあるし、人生で初めて口にする言葉というわけでもない。そもそも四分の一はフランス人の血が入っているし、「シックス」とか「エックス」とかの似た音の言葉でも勃起できる年頃だ。何を今更恥ずかしがってるんだ俺、とは思うけれど。
こんな純粋でキラキラした瞳で見つめられたら、背徳感が半端ないんだよ……。わかれよ、犬。あと、そいつの元飼い主は死んどけ。人間用の地獄へ行け。
「程度か……うむ、まぁ恥を忍んで言えば、ほとんど知らぬ。我々で言うところの繁殖行動であると聞くが、発情期のない人間が行う行為には、快楽があるのであろう? 我々は繁殖を目的にしておる故、雌に発情期が来なければ受け入れられぬ。快楽を求めておるわけでもない」
ああ、動物ってなんて純粋なんだろう……なんて、自分が人間なのが恥ずかしくなるようなキラキラオーラだった。無邪気で屈託のない犬神サマなんて……きっと庶民というか、そこらの犬は知らないだろう。いや、知ったらダメだ、絶対。
そうだ、ひとついいことを思い付いたぞ俺。
「そっか。シロガネの言う通りで間違いないんだけど、人間も犬と同じで、普通は雄と雌がするもんなんだよ、そういうことは。だから、相手が嫌がったら普通はしないもんだし、問答無用でねじ伏せようもんなら、怖い人に捕まって暗いところに閉じ込められるような罰が与えられたりもする」
「ほう。それは聞いたことがあるぞ」
それはいい傾向だ。一応、人間の常識も多少は通用するらしい。
「で、だから基本的にまず男同士ではセックスはしないわけ」
「する者も多いのではないのか?」
誰だその飼い主と犬! マイノリティを犬の常識にするんじゃねぇ!
「……多くはない……と、思うけど」
別に差別する気はないけれど、ひとまずここでは数えない方向で行きたい。しかしシロガネはなかなか譲らない。
「多かろうと少なかろうと問題ではない。そもそも、犬と人間のせっくすというものさえあるのだ。性別など関係なかろう」
俺の見た目以上のイレギュラーが世の中にはたくさんいるんですねー! と、もうまったく意味がわからなくなって叫びたい気分だった。シロガネには一切の悪意はないようなので、尚更タチが悪い。邪険に扱うのも気が引けるし、そもそもは俺が蒔(ま)いた種……になるのか?
「だいたい、紡は何故そんなにせっくすを嫌がるのだ? 人間は常に発情しておるのだし、紡も雄なのだから、いつでもできるのであろう? それとも、儂が犬神だから気遣っておるのか?」
……そんないい人じゃないよ俺……。
じっと汚(けが)れのない美しい色の瞳で見つめられると、罪悪感が募るばかりだった。犬神サマであることが悪いわけでもないし、今の俺に自分以外を気遣える余裕なんかはない。
が、驚いたことに、実は俺の下半身がじわじわと膨張し始めていることを自覚し始めたのだ。理由はわからない。眼の前にはシロガネしかいないし、脳内で妖しい妄想ができるような状況でもない。
ただあまりにも純粋無垢なシロガネの美しい視線が俺を射抜くので、鼓動まで早まるのがわかる。
──もしかして俺、シロガネを見て勃ってる?
待て、待て待て俺。それはヤバいだろ。
すると、どうにも我慢ならなくなったのか、シロガネがすっくと立ち上がった。やっぱり思った通りデカい。そのまま二足歩行で俺に近付く。対する俺の股間は暴走寸前。
「これは、人間の正しい形か?」
ばさ、と和装の帯を解いたシロガネは、中には何も身に着けておらず、完全に裸の状態だった。当然下着も未着用なので、体格に比例してか俺のよりもたいそうご立派なモノがそそり勃っている。
「……」
返答に困った。形状が正しいかと言うのなら、確かに人間のものと同じ形をしている。まぁ、犬のブツなんか見たことがないので、比べようがないけれど、さすがにあの体型にコレが付いているはずがないと思う。
何も言えないまま、俺は頷いた。シロガネは満足そうに口唇の端を上げる。
「咥えてみよ」
「へ?」
へ、の発音をした半開きの俺の口を強引に割るように、シロガネのソレが差し込まれて思わず息苦しくなる。が、反射的に歯を立ててはいけないと俺の脳が判断してしまったようで、心の中で思っているのとは裏腹に、傷付けないように丁寧に迎え入れてしまった。
「んは……」
思わず艶(なま)めかしい吐息を出したシロガネが、やたらに色っぽくて俺の股間ももうどうにもならない。とにかくヤバいことだけしかわからなくて、俺の上と下をどうするべきかなんて、まったく思い浮かばなかった。
呼吸が苦しいので鼻呼吸で精一杯頑張ってはいるものの、口の中に溜まる唾を飲み込むこともできないので、端から流れ出しそうになる。無意識に俺はそれを零(こぼ)さないようにと、舌を動かす。
「んんっ」
シロガネがもう一度艷(つや)やかな声を出すものだから、さすがの俺のリミッターもブッ千切れてしまった。童貞のくせに、エロ本とエロ動画は結構見ているお年頃なんだ。相手に抵抗する気がないなら、何をどうすればいいかくらいはわかる。
俺は貪(むさぼ)るようにシロガネの太ももにしがみつき、あえてシロガネの感じそうな──つまり俺自身が好きな部分を舌で責めた。シロガネは腰を突き出すように俺の喉の奥を突き、そこが正解だと教えてくれる。
自分でも不思議なくらいに違和感なく男のモノを咥えて、さらには悦ばせている自分に満足していた。そのうち自分の股間も我慢の限界を訴え始める。とっくに中の下着はびしょ濡れだろう。
不器用ながらも何とかシロガネを咥えたままで自分の学生ズボンを脱ぎ捨て、シロガネの手を引いて寝そべるように促す。尻から落ちるように座り、そのまま青紫色の草の上に背を付いたシロガネを裏返して、俺は咥えていたものを口から出した代わりに、自分のモノをシロガネの尻に当てた。とっくにヌルヌルになっているから、適当に転がしていたら穴を見つけたので、躊躇せずにそのまま力を込める。勢いのまま吸い込まれた。
「ああっ」
「んー!」
二人して快楽だけの声を出す。
やべぇ、すげぇ気持ちいい。あったかくて、めちゃくちゃに締め上げられる。腰が自然に前後して、両手を前に回して俺の唾液まみれになったシロガネのモノをしごいた。シロガネは出し惜しみもせずに快楽に任せて声を上げるので、俺もどこをどうすればいいのかがよくわかる。けれど、もうダメ。我慢の限界。
「シロ……出る……つ!」
「あああ!」
ほぼ同時にシロガネのモノも暴発し、俺のよく知っている白い粘ついた液体が両手を伝った。けれど俺はまだ腰を動かし続ける。初めてわかった。これが若さってやつか? まだまだイケそうな気がする。両手の動きも休めず、シロガネもされるがままでいたので、さらに俺はシロガネの新しいポイント探しに熱中した。前も後ろも、だ。
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