第32話 あなたは誰?

 ドラゴンは今にも私の頭をかぶりつきそうだった。

 あぁ、このままかぶりついたらこの苦しい人生から解放されるかもしれない。

 私はゆっくりと前へ進んでいた。

 すると、ドラゴンは何かを察したのか、急に動きを止めてジッと私を見ていた。

「ぐぉっ?! グォオオオオオ!!!」

 そして、何故か翼を広げて天井を突き破ってしまった。

「ちょっと?! ねぇ、どこにいくの?! まちなさーーい!!!」

 オーリンは慌てて走っていってしまった。

 私だけ取り残されてしまった。

 何がなんだか訳が分からなかった。

 どうして、あのドラゴンは私を見た逃げるように飛び去ってしまったのだろう。

 もしかしたら何かよくない出来事の前触れではないのか……そんな不安を抱きながら私は他の使い魔も見る事にした。

 ドラゴン以外にもたくさんいた。

 図鑑で見た事あるのもいれば、普通の人々動物ではないかと疑うのもいた。

 皆、私を見ると唸ったり吠えたりして警戒していたが、私が近づくと命乞いするかのようにか細く鳴いたり、奥へ逃げたりしていた。

 そんな中、一際異様な雰囲気を漂っていたのは、猿だった。

 他の使い魔の敷居と敷居の間にある石に、王のごとき風格で鎮座していた。

 猿は真っ黒な眼で私を見ていた。

 白目もなく、光沢感もなく、闇みたいに黒い瞳で見つめてくる姿は不気味だった。

 けど、ドラゴンみたいに逃げ出したい衝動には駆られなかった。

「アップルさんのお知り合いですか?」

 私がそう尋ねると、猿は「いいや」と首を振った。

「君こそ、なぜ私に声をかけようと思ったんだい?」

「アップルさんのお別れの会の案内状を受け取ったかなと思って」

「案内状? よかったら見せてくれないか」

「いいですよ」

 話し方からして紳士的な雰囲気を感じた。

 この対応に私はホッとした。

 もし凶暴で襲われたりしたらどうしようかと思った。

 私は猿に近づき、案内状を見せた。

 彼は器用に紙を広げて、闇の瞳で端から端まで目を通していた。

 どうやら字も読めるらしい。

「ふむふむ、なるほどね……残念だが私は森の出身者じゃないんだ。そしたら、君とすでに知り合っていると思う」

 確かに。言われてみたらそうだ。

「大変失礼しました。それでは失礼します……」

「待ちなさい」

 すると、猿が呼び止めてきた。

「何でしょうか?」

 ゆっり振り返ると、猿は咳払いした。

「私を使い魔にしてくれないか」

「え?」

 私は目を見開いた。

 まさか使い魔の方から頼まれるなんて予想外だったからだ。

 でも、私なんかに付いて何が楽しいと言うのだろうか。

 そんな事を思っていると猿は続けてこう言った。

「私なんて……と思っているかもしれないが、君には才能がある。

 そうだな……アップルパイを作る才能だ。君のアップルパイを多くの人達に分け与えれば、幸せになるかもしれない」

 猿の言っている事は分かる。

 アップルパイを作る才能は多くの人達を幸せにすることができる……と。

 でも、それと猿の使い魔を連れて行くと関係があるのだろうか。

「できるよ」

 猿は私の心を見透かしたように言った。

「今の君に必要なのはパートナーだ。もちろん、君が密かに思っている王子様でも、私でもいいんだがね……」

 思わずドキッとしてしまった。

 本当に心を読んでいるのだろうか。

「当然だ。私は他の使い魔とは違うんだ」

 猿はそう言って、私の足元まで近寄った。

「今日から私を使い魔にしてくれたら、君に素敵な贈り物を授けよう」

「贈り物?」

「亡くなったお兄さんと熊に逢わせてあげるんだ」

 ジョナとアップルちゃんに会える……そう聞いた瞬間、私の心は揺れ動いた。

 ……あれ?

 いつもだったら、ここで灰色の猫が私を止めようとしてくるはずなのに……今回は出てこない。

「猫の事なら心配しなくていい。入って来られないようにまじないをかけておいた」

 へぇ、そんな事もできるんだ。

 確かに普通の使い魔とは違うかもしれない。

 もしかしたら、嘘ではなく本当に逢わせてくれるかもしれない。

「わか……」

「おっと、これを言い忘れていた」

 私が返事をする前に、猿は急に思い出したかのように声をあげた。

「私を使い魔にするにあたってだが、この書類にサインをしてくれ」

 猿はそう言うと、両手から紙と鉛筆を出現させた。

 私は言われるがままに受け取り、書類に目を通した。

 が、奇怪な図形がズラッと並んでいて、何が書かれているか分からなかった。

「単なる注意事項だよ」

 私の隣に黒いローブの老人が立って囁いた。

「使い魔を裏切るよう行為をしてはならない。例えば……殺人とかね」

 殺人……その言葉を聞いて心臓が跳ね上がった。

「もし破ってしまったらどうなるんですか?」

「破滅の運命が待っている」

 老人はそう言った後、猿が「何をブツブツ言っている。早くサインをしろ」と催促した。

 私は自分の名前を書いて、猿に見せた。

「ユキ……っていうのか」

「はい。テリーシャ王国の第二王女です」

「テリーシャ王国……なるほど。道理で私が視える訳だ」

「え?」

 あなたが視える事と私が住んでいる国と何か関係があるの?

「ねぇ……」

「ユキさん」

 オーリンの声がしたので振り向くと、彼女がキョトンとした顔をして立っていた。

「あれ? ドラゴンはどうなったんですか?」

「丘の上で休んでいました。どうやらお散歩がしたかったみたいです」

 オーリンはそう言って、肩をすくめた。

「ところで、私が戻るまでの間、何をしていたんですか?」

「え? 使い魔と話をしていたんですけど……」

「使い魔と話?」

 オーリンは何故か驚いたような顔をしていた後、キョロキョロと何かを確認するように見渡していた。

「どの子達と話をしていたんですか?」

「えっと、猿と」

「猿? 猿……」

 オーリンは首を傾げていた。

「どうかしたんですか?」

「いえ、あの……私の使い魔に猿はいないんです」

「……え?」

 あの猿は使い魔だって言っていたけど、もしかして嘘だったの?

 じゃあ、私は……何と契約を交わしたの?


づづく。

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