第31話 行くべきか、行かないべきか……どうしよう。
「……あー」
その手紙を見た瞬間、私は一気に現実に引き戻されていった。
あんなに
視界がぼんやりになった。
自分が今、座っているのか立っているのかも分からない。
呼吸は?
苦しくないから、たぶんしている。
私はジッと毛皮のコートを見た。
この毛皮はかつて私の面倒を見てくれた熊の亡骸だ。
まさかこんな短い期間で大切なものを亡くすなんて。
兄とアップルちゃんを。
私がここまで生きられたのも彼のおかげ。
でも、もういない。
このまま私はどうなるのだろう――そう思っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
辺りを見渡してみるが、誰もいなかった。
気のせいかと思って、コートの鑑賞を続けていると、また声がした。
今度はすぐ近くで聞こえたので隣を見ると、黒いローブを着た老人がしゃがんでいた。
「実に酷いお姉さんだ」
老人は私に聞こえるような声で言った。
「君の大切な熊を寄りによってこんな屈辱的な方法で与えるなんて……憎いとは思わないかい?」
「確かにその気持ちはあります……ですが、もし報復なんかしたら、姉と同じになってしまいます」
私はそう言うと、老人は「君は優しいんだな」と独り言のように呟いた後、立ち上がった。
「そのお別れ会には出席した方がいい。森の動物達もそれを望んでいる。それに……」
老人はここまで言った後、何故か黙ってしまった。
「それに……のあとは何ですか?」
私は我慢ができなくてつい聞いてしまった。
老人は曲がった鼻をかいた後、「ただのど忘れしただけさ」と言って歩き出した。
私は案内状をもう一度読み返した。
アップルちゃんの事を思い出すだけで胸が張り裂けそうだけど、その気持ちを森の仲間達と分かち合えるのなら……参加してもいいかな。
「よしなよ」
すると、またしても近くで声がした。
隣に灰色の猫がちょこんと座っていた。
「なぜ止めるの?」
私がそう聞くと、猫は「今の君だと危険だからさ」と白い花を見ながら言った。
「危険? どうして?」
「また二択になるんだけど……参加するのとしないとで、未来が大きく変わる。
けど、僕にも分からないんだ。なぜだか分かんないけどね……」
何それ。そんな曖昧な選択でむやみに私の心を乱しても意味ないでしょ。
「私は参加するわ」
強い口調で言うと、猫は「分かった」とだけ言った。
「今の君に僕が何を言っても参加すつもりだろう。ただカラスの言う事は聞かないで。あいつは危険だから」
猫はそう言うと、花畑の中に消えていくように走っていった。
「ユキさーーーん!!」
すると、今度はオーリンの声が聞こえた。
振り返ると、オーリンと兵士達がゾロゾロとやってきた。
「オーリンさん」
私は夢見心地で彼女の方を向いた。
オーリンはなぜか息を荒くしていた。
「さ、探しましたよ……急に突然姿が見えなくなったので兵士達と手分けして捜索していたんですが……ここにいたんですね」
どうやら私は無意識に彼女達から離れた所でコートを干していたらしい。
そんなに遠い所で草花にご挨拶をした覚えはないけど、心が不安定な状態だったらあり得るかもしれない。
「ごめんなさい。もうコートは大丈夫だと思います」
私は広げていたコートを拾って鼻を近づけた。
すると、フワッと包み込むように暖かい香りがした。
陽だまりにいるような心地……間違いない。
「アップルちゃんだ……」
そう思った瞬間、私の頭の中で蓋をしていた感情が間欠泉のように一気に噴き出した。
「うわぁああああああああ!!!!」
私は押しつぶすようにコートを抱きしめたまま膝から崩れ落ちた。
「うわああああ!!! あぁぁぁぁぁ……」
顔はたぶん酷い有り様になっていたと思う。
けど、そんな事はどうでもよかった。
またあの匂いを嗅げた――それが何よりも嬉しかった。
心なしか、側で見守っているような気がした。
コートが突然暖かくなってきた。
アップルちゃんの魂はこのコートの中に宿ったのだろうか。
その真偽は定かではないけど、兎にも角にも陽だまりの匂いが嗅げてよかった。
本当に本当によかった……。
オーリンに優しく介抱された私は離れではなく、お城の一室で過ごすように言われた。
中に入ってみると、ビックリするぐらい広々としていた。
ベッドも二人分は寝れるのではないかと思うくらい大き……あれ?
何だろう。前にも来たような気がする?
おかしいな。初めて来たはずなのに。
どうしてだろう……つい最近入ったような。
「私、この部屋に入室した事ありますか?」
オーリンに聞いてみると、彼女は真顔で「いいえ」と首を振った。
条件反射みたいに返されたのでビックリしたが、実際にお城で暮らす彼女の言うので、単なる気のせいだと思った。
すると、オーリンから使い魔であるドラゴンに会ってみないと誘ってきた。
私は二つ返事で承諾すると、オーリンは手を引いて案内してくれた。
道中、王子様の部屋に行ってお見舞いをしてあげたかった。
が、オーリンが強めの口調で「伝染るといけないので」と断られてしまったので仕方なくお見舞いは断念した。
そうこうしていると、ドラゴンがいる場所に到着した。
お城から少し離れた場所にある牛舎のような建物があった。
中に入ると、牛達が牧草を食べていたり昼寝したりしていた。
しかし、その中に紛れて明らかに姿形が違う翼のはえた生き物がいた。
「紹介するわ。これが使い魔のドラゴンよ」
オーリンはそう言ってドラゴンの頭を撫でた。
「キュイキュイ」
ドラゴンは小動物みたいな声を出して甘えていた。
私がジッと見ていると、オーリンが「触ってみます?」と聞いてくれた。
「いいんですか?」
「えぇ、とてもおとなしい子ですから」
彼女にそう言われたので、私はそぉと手を触れた。
「ギャォオオオオオ!!!」
しかし、その瞬間、急にドラゴンが吠えたのだ。
つづく。
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