第33話 帰ってきた。私のふるさとへ

「……ユキさん、どうかしたんですか?」

 オーリンは私の顔が青ざめている事に気づいたのか、訝しむように聞いていた。

「実は……」

 私はオーリンに猿の使い魔と交わした契約やそれに至った経緯を全て話した。

「えぇ?! サインしちゃったんですか?!」

「そ、そうです。そしたら死んだ兄とアップルちゃんに逢わせてあげると……」

「はぁ……それは完全に罠に嵌めるための常套句じょうとうくですよ」

「罠……罠ってどういう事ですか?」

 オーリンの話を聞いているうちに、私は何か取り返しのつかない過ちをおかしたのではないかと不安になった。

 オーリンは「口で説明するのも大変だから、図書室に行きましょう」と言って私の手を引いた。

 

「えーと……あった!」

 オーリンは本棚の中から一冊取り出すと私に見せてきた。

 タイトルには『悪魔の契約書』と書かれていた。

「悪魔……まさか私は悪魔と取り引きをしたんですか?」

「えぇ、その可能性があります。ちょっと待っててください……」

 オーリンはページをパラパラめくると、「あったあった! 悪魔の容姿についての記述」と私の方に向けた。

 しかし、覗いてみたが、全部真っ黒だった。

「あー、えーと……なんて書いてあるんですか?」

「もしかして見えないんですか?」

 オーリンは目を丸くした。

「そうです。全部黒で敷き詰められていて……」

 私がそう言うと、オーリンは「ますますマズイですね」と考えるような仕草をします。

「えっと、だったら、読み上げますね……がちゃべゆあありあはは」

 思わず耳を塞いでしまうほど不快な声が聞こえてきた。

 オーリンは瞬時に私の変化に気づいたのだろう、すぐに読み上げるのを止めた。

「どうやら情報を入れさせないようにしていますね……うーん」

 オーリンは腕を組んで考えた後、「よし」と両手を叩いた。

「分かりました。この件に関しては私が引き受けます」

「大丈夫ですか?」

 私が心配そうに聞くと、オーリンは「私、こう見えて優秀な魔法使いなんです」と微笑んだ。

「それに頼りになる使い魔もいますし……仮に悪魔が来ても蹴散らせるぐらいの力は持っていますよ」

 オーリンの力強い言葉に私は安堵した。

 彼女だったら、大丈夫かもしれない。

「よろしくお願いします」

 私は深々と頭を下げて顔を上げると、オーリンは少し照れた顔をしていた。


 私はオーリンと別れた後、離れに向かおうとした。

 が、行く前に誰か立っている事に気づいた。

 立派な角の生えた鹿だった。

「ユキ様、お迎えに上がりました」

 鹿は丁寧に頭を下げると、後ろを向けた。

「どうぞお乗りください」

 鹿に言われるがまま私が乗ると、走り出した。

 すると、目の前に黒い光が現れた。

 鹿をそのまま光の中へと突っ込んでいった。


 気がつくと、私は森に帰ってきた。

 けど、以前住んでいた時より死後の世界みたいに静かだった。

 まだ昼間だというのに、まるで日暮れと夜の合間みたいに薄暗かった。

 木々は成長を遂げて、陽の光をほとんど遮っているからだろう。

 しかし、全く見えない訳ではない。

「ありがとう。鹿……あれ?」

 私は鹿にお礼を言おうとしたが、どこにも姿が見えなかった。

 でも、まぁ、いいか。

 また会えると思うし。

 私は鹿の件は保留にして、長年住んでいた勘を活かして小屋に辿り着いた。

 庭は手入れをしていなかったが、相変わらず草花が好き放題に生えていた。

 しかし、林檎の木は生気に溢れていた。

 枝葉の端から端まで真っ赤な果実が実っていたからだ。

 まるでタップリと作ってくれと言っているかのように、私は全ての林檎を入れて中に入った。

「おかえりなさい!」

「おかえり!」

「待っていたよ!」

 すると、小人達が私に駆け寄ってきた。

「もしかして、ずっとここにいたの?」

 私がそう尋ねると、小人達は互いの顔を見合わせて頷いた。

「だって、僕達の身体は陶器で出来ているから、ユキが動かさない限り、僕らはここから出られないんだよ」

 小人の言葉で私はハッとした。

 今までコールト王国にいた間、彼らがどんな気持ちで私を待っていたかと思うと、胸が痛んだ。

「ごめんね。アップルパイを作って、お別れの会に行ったら連れてってあげる」

 私は小人達の頭を一人一人撫でた後、早速パイ作りに取り掛かった。

 念のため、棚を開けて、小麦粉などが虫や動物にに喰われていない事を確認してから作った。


 暫く作っていなかったせいか、最初の何個かは失敗してしまった。

 小人たちには申し訳ないけど、その失敗作を食べてもらう事にした(彼らはそれでも喜んでいたけど)。

 そして、どうにか上出来な一個が完成した後、林檎が無くなるまで作り続けた。

 その結果、大量のアップルパイが出来上がった。

 全部で十三個ある。

「ちょっと、作り過ぎたかな」

 でも、これだけあれば森の動物達も満足すると思う。

 私は家の中からカゴをもう一つ持ってきて、二つのカゴに六つずつ入れた。

 しかし、困った事に一個入らなかった。

 そういう場合は小人達に食べさせるのがお決まりだ。

 が、何故か止めといた方がいいような気がした。

 でも、こういう時はいつもみたいに灰色の猫が出てきて選択させられるはずだけど……今回は出てこない。

 という事はあげて大丈夫……いや、止めておこう。

 私は無理やり一個入れた後、小人達にいってきますの挨拶をして小屋を出た。

 その時、風が吹いた。

 何となく庭の方を見ると、林檎の木にまだもう一つ実が成っていた。

 真っ白な果実だった。

 私はその林檎が気になり近づこうとした――が。

「カァ」

 カラスの鳴き声がした事で、私は我に返った。

 振り返ると、カラスが木の枝に止まりながら私を見ていた。

「もしかして案内してくれるの?」

 私がそう聞くと、カラスは応答しているかのように鳴いた。

「じゃあ、案内して」

 私がそう言うと、カラスは森中に響き渡るくらい鳴いた後、バサバサと飛んで違う木の枝に止まった。

 まるで『早く来いよ』と言っているかのように。

「分かった。すぐに向かうから」

 私がカラスにそう言って付いて行こうとした時、何となく白い林檎の事が気になってサッと振り返ってみた。

 しかし、枝にぶら下がっていたはずの真っ白な果実はどこにもなかった。


つづく。

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