第28話 なぜあなたが……何が目的なの?
「分かりました。今、向かいます」
私はそう言ってドアを開けた。
兵士は「ご案内します」と言って歩き出した。
私は彼の背中を追った。
離れを出ると、すぐにお城に入った。
色んな絵画が飾られている廊下を通り過ぎていく。
掃除中のメイドや執事が私を見るや否や、逃げるように歩いていた。
巡回中だと思われる兵士も私と目が合うと、サッと顔を背けて歩行する速度を速めていった。
この反応を見た途端、私の心は締め付けられた。
あの時のトラウマが湧き上がってくる。
けど、深呼吸して冷静に考えてみた。
たぶん、私の気のせいだ。
給仕係が急いでいたのは来賓した客達にお茶か何かの用意をしていたかもしれない。
兵士が私の顔を見て背けたのは単なる偶然で、見張りが連れて来ている人は誰だろうと思って見ていたかもしれない。
そうだ。そうだ。きっとそうだ。
私は自分にそう言い聞かせながら心を落ち着かせた。
「こちらです」
兵士があるドアの前で立ち止まった。
彼はドアをノックし、向こう側から返事を確認すると、私が来た事を伝えてドアを開けた。
私は緊張しながら中に入った。
しかし、相手の顔を見た瞬間、私は凍りついてしまった。
「ユキ!」
姉のベニーが私の姿を見るや否や、立ち上がって真っ先に駆け寄ってきた。
「あぁ、ほんと……心配したんだから」
ベニーはそう言って、愛おしい子供みたいに優しく抱きしめていた。
いつも罵詈雑言を浴びせてくる姉がこんなにも優しいのは近くにオーリンが座っているからだろう。
だから、いつもみたいな恐ろしい言葉が耳元でボソッと言われる事はなかった。
ベニーはあり得ないくらい私を抱擁した後、涙目で私を見ていた。
「あなたがコールト王国にいるって聞いて急いで駆けつけたの。まさかあなたが国を出るなんて思っても見なかったから……何か不満でもあった? あの小屋が気に食わない? それともお父様とお母様のこと? あぁ、今はそんな事はどうでもいい。あなたが生きててくれてよかった……」
ベニーは再び私を抱きしめた。
そんな安っぽい演技で騙されると思うな。
きっと内心はコールト王国にいる事に憤慨しているんだ。
「あの……ありがとうございます。それでご用件は?」
私はベニーとの再会に喜ぶような反応は一切せずに、淡々とした口調で聞いた。
「ベニー様は贈り物をしてくださったんです」
オーリンが嬉しそうな顔をして言った。
「贈り物? 一体何ですか?」
私がそう尋ねると、姉はゆっくり離れた。
「それは後のお楽しみ♡」
ベニーはなぜか私にウインクしてきた。
いくら人前だからと言ってそれはやり過ぎではないかと思った。
しかし、だからといって私が無反応だとオーリンが怪しんでしまう可能性があったので、取ってつけたような笑顔を見せた。
ベニーとはいえ他国の王女が来たからか、豪華な料理が振る舞われることになった。
ただコールト王国の国王夫妻は出席しなかった。
たぶん年が近い私達との仲を深めるために気を使ってくれたのだと思う。
長いテーブルの上には一人一人置かれたカトラリーが並んでいた。
二人は慣れた様子で席に座っていたが、私はドキドキしながら腰をおろした。
そんな豪華な食卓に私とベニーは向かい合う形で座った。
私の隣にはオーリンがいたが、シナーノ王子の姿はなかった。
病気はかなり深刻らしい。
早速給仕係達が料理を運んできた。
見た事もないスープだった。
真っ白な水面の上に黒い岩みたいな塊が浮かんでいた。
「これは何ですか?」
私が訊ねると、執事が「干し肉のシチューでございます」と丁寧な口調で答えた。
干し肉のシチュー……初めて食べる料理だ。
「そういえば、シナーノ王子はどこにいらっしゃいますの?」
ベニーはようやく気づいたみたいな口調でオーリンに聞いていた。
オーリンはスプーンを持つ手を止めて、「実は体調が優れないんです」と悲しそうな顔をして言った。
「まぁ、それは大変ね」
ベニーは目を丸くした。
「だったら、ぜひ私があげた干し肉を食べさせてくださいな。滋養強壮に持ってこいのお肉だから」
ベニーはそう言うと、オーリンは「そうします」とニコッと笑った後、すぐにメイドを呼んだ。
どうやら姉が私にプレゼントしたのは干し肉らしい。
虫でも入っていないといいなと思いつつ一口食べてみた。
あれ? 美味しい。
噛めば噛むほど旨味が出てくる。
きっと信じられないくらい干し肉のハードルが下がっていたからか、余計に美味しく感じられた。
「どう? 干し肉気に入ってくれた?」
姉が声を弾ませながら聞いてきたので、私は「はい。とても」と微笑んだ。
「よかった。よかった。本当によかった……」
ベニーは嬉しそうな顔をしてシチューを一口飲んだ。
ベニーとの食事会は思ったよりも盛り上がっていた。
とは言っても姉とオーリンが色々と話をしていて、私は黙々と食事をしながら耳を傾けていただけだった。
ベニーはドラゴンの飼育方法や魔法について聞くと、オーリンがここぞとばかりに熱く語っていた。
その熱はメインの魚、デザートを食べ終えても続いた。
大いに盛り上がった食事会を終え、ベニーは国に帰る事になった。
私もオーリンも城門前まで見送る事になった。
「今日は泊まってくださればいいのに。テリーシャ王国に着く頃には夜深くなってしまいます」
よほど楽しかったのか、オーリンが名残惜しそうな顔をしていた。
ベニーは「えぇ、私もよ」と優美に微笑んだ。
オーリンは若干彼女の美しさにうっとりしていたような気がする。
こんな感じで周囲の人間を虜にしているのか……さすが魔性の姉。
「あ、そうそう」
ベニーは何かを思い出したのか、馬車に行って何かを持ってきた。
そこそこ大きめの箱だった。
「危うくあなたに忘れたまま帰る所だったわ」
そう言ってハイとを私に渡してきた。
受け取って開けてみると、コートだった。
毛皮を赤く染めているのだろう、フサフサしていた。
オーリンが私のプレゼントを見るなり「へぇ、いいですね!」と羨ましそうな声を上げた。
これにベニーは「でしょ? これから来る冬に備えて良いと思って」と微笑んだ。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言って、試しに着てみる事にした。
コートは私のサイズにピッタリだった。
「どう?」
ベニーはニコニコしながら反応を
「ありがとう。とても暖かいわ」
私はそう言ってコートの毛並みを触った。
何度か触っていくうちに、アレと感じた。
この触り心地、どこかで触った事がある。
つづく。
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