第7話 楽しい楽しいお茶会になるはず……そう思っていた。

 迎えたお茶会当日。

 カゴの中にアップルパイを二個入れた。

 私はパイ作りが終わった後、徹夜して作ったドレスを着て、馬車に乗った。

 ドレスは森を抜けた所にある花畑を摘み取って散りばめてみた。

 王族クラスの上等な布はなかったが、普段着ている薄汚れたものよりはマシだ。

(喜んでくれるといいのだけれど)

 私はカゴの中に入っているパイを見ながら思った。

 もし美味しくないと言ってフォークを投げられたら……そんな未来は考えたくもなかった。

 でも、大丈夫。

 王子がいるからそんな事にはならない……はず。

 あぁ、シナーノ王子に会えると思うと、心臓がドキドキしていた。

 会ったらすぐにあの晩について謝ろう。

 私はそう決めて、カゴの持ち手をギュウと握った。


 そうこうしていると、お城に着いた。

 あのパーティーの時みたいに浮いていた格好ではないので、見張りの兵士達も二度見する事なく通してくれた。

 メイドに招待状を見せると、すぐにお茶会が開かれている場所まで案内された。

 噴水のある庭園だった。

 あれを見ると、王子と踊った日を思い出して、胸が張り裂けそうになった。

 けど、そんな気持ちも今日でおしまい。

 私は爛々らんらんとした心地で王子を探した。

 その前にベニーを見つけた。

 噴水の前でテーブルと椅子が置かれていて、そこにはお淑やかな陶器のティーポットやカップが置かれていた。

 テーブルの上には既にクッキーやスコーンなどが置かれていたが、何も乗せていない皿が二つあった。

 それを見て内心ホッとした。

「ユキ!」

 私を呼ぶ声がしたので向いてみると、姉のベニーが赤を基調とした優雅なドレスを着てやって来た。

 私のドレスが貧相に見えるくらい豪華だったので、恥ずかしくなってしまった。

「あの、お姉様……これを」

 私は恐る恐るカゴに入ったアップルパイを差し出すと、ベニーが抱きついてきた。

「ありがとう。楽しみにしてたわ」

 その言葉に胸がジーンとなった。

 けど、招待客達の前だからそう言っているのか、本心なのか分からなかった。

「みんな! 私の妹のユキよ」

 ベニーが友人達に私の紹介をしてくれた。

 友人達は立ち上がると、「ご機嫌よう。ユキ様」と一礼した。

「ご、ご機嫌よう……」

 私はしどろもどろになりながら挨拶をした。

「さぁっ! 主役もご登場した事ですし……お茶会を始めましょう!」

 ベニーがそう言って手を叩くと、メイド達がやってきた。

 私はメイドにカゴを渡すと、彼女はアップルパイを取り出してお皿に乗っけた。

「どうしたの? あなたも座ってちょうだい」

 ベニーがそう促され、私は「失礼します……」と縮こまりながら座った。

 ふと隣に空席がある事に気づいた。

 なるほど、ここにシナーノ王子が座るんだなと思った。

 そんな事を思っていると、私の作ったアップルパイが切り分けられ、彼女達のお皿に盛り付けられた。

 ベニーや友人達が「美味しそう!」「これが噂のパイね!」と嬉しそうな顔をしていた。

 よかった。本当に食べたかったんだ。

 直接姉達の反応を見て胸を撫で下ろした。

「それではいただきましょう」

 ベニーがナイフで一口サイズで切った後、フォークに刺して食べた。

 すると、姉の目がさらに大きくなった。

「なんて美味しいの! みんなも早く食べて!」

 ベニーにそう言われて、友人達も同じような切り方で一口食べた。

「美味しい!」

「あなたの妹は天才ね!」

「私のお菓子職人が作るものよりも美味しいわ」

 皆、アップルパイを絶賛していた。

「ユキ、こんなに美味しいのを食べさせてくれてありがとう」

 ベニーに感謝の言葉を授けられたが、私は何だか恥ずかしくなり「きょ、恐縮です」とドギマギしながら紅茶を一口飲んだ。


 お茶会は大いに盛り上がっていた。

 主にベニーと友人達が各々興味のある事を話題にして盛り上がっていた。

 私はそれを静かに見守りながら紅茶を飲んだり、パイを食べたりしていた。

 姉の友人達はどれも豪華で優雅な雰囲気をまとっていたが、どことなくベニーと同じ雰囲気を感じた。

 しかし、中にはそれを一切感じさせない人もいた。

 けど、今はシナーノで頭がいっぱいだった。

 彼はいつ来るのだろう。

 きっと手が離せない野暮用があるのね。

「あ、そうそう! ユキ」

 すると、ベニーが突然私に話しかけてきた。

「えっと……何でしょうか?」

 私は緊張しながら聞くと、ベニーは「実はあなたに内緒で作ってきたものがあるの」と言うと、メイドに持ってくるように命じた。

 友人達はニコニコ(ニヤニヤ?)しながら私を見ていた。

 一体何だろうと思って見てみると、小さなパイだった。

 ちょうどお皿に乗る大きさで、一人分しかなさそうだった。

「もしかして……私のために作ってくれたんですか?」

 私がそう聞くと、ベニーは「そうよ。あなたばかり苦労させて、私が何もしないのは姉として恥ずべき行為。だから、お礼もかねて作ったの」と笑顔で答えた。

 姉の特製のパイ……姉が私のために?

 今までそういう事がなかったので、嬉しくなって感情が込みがってしまった。

「もしかして嫌だったかしら?」

 ベニーの表情が曇ったので、私はすぐに首を振った。

「いえ! そうではないんです。本当に嬉しくて……」

 私は涙を拭っていると、姉は「涙が出るほど嬉しいなんて……作った甲斐がありますわ」とハンカチを取り出して目元を拭っていた。

「さっ、冷めないうちに早く……」

 感動的な雰囲気の中、私は「いただきます」と言った。

 これはナイフで切るとグチャグチャになってしまうので、クッキーみたいに手で食べるタイプだった。

 手に取ってパクっと一口食べてみた。

 うん、美味しいブルーベリージャム……だけど、食感が変だった。

 なんて言うのだろう。

 グニャグニャというか、グニグニというか……。

 それに少し苦い。

 中身を確認するためにパイの方を見てみた。

 食べて欠けた部分から芋虫の死骸が顔を出していた。


つづく。

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