第6話 お茶会のためにアップルパイを

 ここ一週間ぐらい何もしたくなかった。

 アップルパイも作りたくない。

 何かが抜け落ちたような心地だった。

 頭の中はシナーノ王子しか考えられなかった。

 あぁ、シナーノ……シナーノ……。

 そう嘆きながらテーブルの上に突っ伏していると、ドンドンと扉を叩く音がした。

「シナーノ王子!」

 私は頭の中で彼が出迎えてくる姿が思い浮かび、急いで駆けていった。

「王子……」

 勢い良くドアを開けると、そこにいたのは彼――ではなく、兵士だった。

「あぁ……」

 全身の力が吸い取られてしまったかのように落胆した。

「ユキ第二王女。ベニー第一王女からお茶会の招待状だ」

 兵士はそう言って赤い封筒を渡すと、スタスタと馬にまたがって行ってしまった。

 ベニーからお茶会の招待状?

 なぜ私なんかに……と思いながら開けてみた。


ユキへ

 シナーノ王子があなたのアップルパイを褒めていたので、私もぜひご賞味いただきたいと思い、この手紙を書きました。

 しかし、私だけ独占するのも申し訳ないと思い、友人を何人か連れてお茶会を開く事になりました。

 その際に、あなたの作ったアップルパイをお出ししようかなと考えています。

 最低でも二ホールぐらいあれば大丈夫かなと思います。

 あなたの手から直接お渡ししてくださると、友人達も喜ぶと思います。

 明日の午後三時。城の庭園でお待ちしております。

               ベニーより

追伸

 シナーノ王子にもこのお茶会の招待状を送りました。喜んで参加すると申し上げていました。


 私は最後の文章に釘付けになった。

 また彼に会えると思うと、胸が高鳴った。

「けど、ベニーの事だからまた悪質なイタズラをするよ」

 陶器の小人が頬杖をついて、私に話しかけてきた。

「けど、分からないわ。もしかしたら本当に私のアップルパイが食べたいかもしれないじゃない」

「そんな事はどうでもいい! 早くワシにパイを食べさせておくれ!」

 老人の小人が私に作るように訴えるが、私は首を振った。

「いいこと、明日のお茶会が終わるまでアップルパイは禁止! いいね?」

 私がそう言うと、小人達が「ふざけるなーー!」「いやだーー!」と抗議してきた。

 私は無視して庭を出た。

 しかし、重大な事を忘れていた。

「そうだ! 林檎が一個もないじゃない!」

 この前多めに作ったから無くなっちゃったんだ。

 あぁ、私の馬鹿……こんな事があるならもっと計画的に作ればよかった。

 私が溜め息をつくと、林檎の枝に止まっていた小鳥が話しかけてきた。

「だったら、アップルちゃんに頼めばいいんじゃない?」

「え? アップルちゃん?」

 その名前を聞いて少し考えた後、私はまたしても大事な事を思い出した。

「そうだ! 熊が住んでいる洞窟の近くに林檎の木があった!」

 私は小鳥にお礼を言うと、藁で編んだカゴを持って駆け出した。

 

 アップルパイが大好きな熊が住んでいる洞窟は、私の家からそう離れていなかった。

 駆け足で向かうと、アップルちゃんはちょうど蜂蜜を採り終えて洞窟に入ろうとしていた。

「アップルちゃん!」

 私が呼びかけると、毛むくじゃらの巨体が私の方を向いた。

 クリクリな目で私を見つめた後、「ユキじゃないか!」と壺を置いて駆け寄ってきた。

「珍しいね。ワシの所に来るなんて……何か急用かい?」

「実は……」

 私はお茶会に出すアップルパイが作れないので洞窟の近くに生えている林檎を採ってもいいかと尋ねてみると、熊は「もちろんだとも。せっかく招待されたんだ。いくらでも持っていきなさい」と快諾してくれた。

「ありがとう! アップルちゃん!」

 私は熊のモフモフの頬にキスをすると、林檎の木に向かった。

 かなりの数が実っていたが、私の庭に生えているよりも背が高くて届かなかった。

「ワシが手を貸してあげるよ」

 アップルちゃんはそう言って、私を掴んで持ち上げてくれた。

 熟してそうなのをカゴ一杯になるまで採った後、降ろしてもらった。

「ありがとう! もし出来たら一切れだけ分けてあげるね!」

 私がそう言うが、熊は首を振った。

「いやいや、ワシなんかいつでも食えるが、君のお姉さんやその友達は初めて食べるんだろ? 優先すべきはそっちだ。ワシの分も彼女達に渡してあげなさい」

 熊の優しさに私は泣きそうになった。

「ありがとう! アップルちゃん、大好き!」

 私は熊に手を振って、家へと戻った。


 帰宅すると、早速アップルパイ作りに取り掛かった。

 大量の林檎の皮を向いて、食感が良いアクセントになるように切った。

 林檎を砂糖水で煮てコンポートにして、パイ生地、クリームを作って。

 生地を重ねて形にした後、かまどに入れる。

 この焼き加減がなりより重要。

 ここで失敗すると、今までの苦労が水の泡だ。

 ジッとかまどの中で燃えるパイを見て取り出してみる。

 うん、完璧だ。

 小人達が「味見! 味見!」とせがんだが、彼らの舌は信用がないので私がする事にした。

 うんうん、美味しい。

 外がサクサクで中がトロッとしている。

 これだったら、お茶会に出しても恥ずかしくない。

「よーし! 頑張るぞーー!」

 私は腕まくりをして、お茶会に出す用のアップルパイを作った。

 そして、どちらも申し分ない出来上がりとなった。

 ちなみに味見用に作ったアップルパイは小人達に分け、残りはアップルちゃんに渡した。

 もちろん、以下の内容が書かれた手紙も添えた。


『アップルちゃんへ

 林檎、ありがとうございました。

 おかげでお茶会が大成功しそうです。

 これは味見用に作ったアップルパイです。

 さすがに一切れ欠けたのを渡す訳にはいかないので……冷めていますが、よかったら食べてください!

 ユキより』

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