第4話 私の秘密を打ち明けた満月の夜

 暖かい――直感的にそう思った。

 人のぬくもりを忘れたのはいつだったのだろう。

 兄が亡くなった後? それよりも前?

 あるいは生まれた頃かもしれない。

 でも、どっちでもいい。

 まるで雪山で遭難した時に現れた山小屋みたいに。

 私の心が凍え死にそうだった時に。

 あなたが現れてくれた。

 それでいいじゃない。

 今は温もりを、人の温もりを感じていたい。

 父に見棄てられた直後の心を補ってくれるのは愛しかないの。

 けど、彼は初めて会った人。

 たぶん優しさ。

 私をあわれんで差し伸べてきたのかもしれない。

 あぁ、私の馬鹿。

 今はそんな事を考えている場合じゃないでしょ。

 私は王子の顔を見た。

「あの……ご親切にどうもありがとうございます。ですが、もう大丈夫です……」

 彼から離れようとしたが、王子は「いけません」と手を握りしめた。

「あなたの足を治さないと……どこか静かな場所に行きましょう」

 王子はそう言うと、私をお姫様だっこした。

(えぇ?!)

 突然の事に心臓が跳ね上がった。

 シナーノとの顔の距離が近い。

 なんて素敵な顔――いや、そうじゃない。

「お、お気になさらずに! 大丈夫ですから!」

 私がそう言っても、王子は聞かずに人混みを抜けていく。

 当然参加者達は驚いていた。

「シナーノ王子?! どうして、あいつと一緒に……」

 一番驚いていたのはベニーで、目を大きくさせていた。

 ただでさえ衣装で注目が集まっているというのに、こういう事をされたら……もう。

 私は周りの視線から逃げるように王子の胸に顔をうずめた。


 お城の外にある庭園に連れて来られた。

「さぁ、ここだったら落ち着けるでしょう」

 シナーノ王子はそう言って、噴水のふちに私を座らせた。

 そして、私の足に触れた。

「いたっ!」

 ちょうど捻った部分にあたり、声を出してしまった。

「痛むのはここですね? では……」

 シナーノはそう言うと、両手で包み込んできた。

 何とも言えない暖かさに、なぜか顔が熱くなった。

治癒パーラ

 王子がそう唱えると、私の足が光り出した。

 すると、さっきまで感じていたズキズキとした痛みが消えていったのだ。

 彼が手を離すと、私は試しに足を動かしてみた。

 本当に痛くなかった。

「一体何を……」

「魔法を使ったんです」

 王子はニコリと微笑んで言った。

「魔法……あなたは魔法使いなんですか?」

「いえ、そうではないです。我がコールト王国の王族は代々治癒魔法を継承していくのがしきたりなんです」

 しきたり――その言葉を聞くと、頭が痛くなった。

 何の疑問をなしに赤いドレスを着ていた自分を刺し殺してしまいたい衝動に駆られていた。

「……差し支えなければ聞いてもいいですか?」

 シナーノが神妙しんみょうな顔をして聞いてきた。

 一体私から何を聞きたいのだろうと思ったが、暫く王子と話がしたかったので、「どうぞ」と無理やり笑顔を作ってこたえた。

「どうして国王……君のお父さんとか、周りの貴族達は君を邪険に扱っているのかな?」

 心臓にグサリと来る質問だった。

 頭の中であらゆる事が思い浮かんだが、私は心を落ち着かせるために深呼吸をした。

 この反応に彼はすぐに「すまない。今の質問は忘れてほしい」と謝った。

「謝る事はございません。他所よそから来た方でしたら誰だって不思議に思いますから……」

 私は王子の顔を見ながら話した。

「呪われているんです、私」

「呪われているって……どういうこと?」

「母は私が産んだ直後に死んでしまったんです。それに私を育ててくれた乳母も相次いで亡くなったり失踪したりして……その噂が王国中に広まって、みんな私を『呪いの子』として見るようになりました。

 お父様やベニーお姉様も私が母を殺したと思っていて、私を城に追い出してしまいました」

「それは……確かに奇妙だけど、君のせいじゃないと思う。悪魔のイタズラだよ」

 悪魔のイタズラ――その言葉を聞いた途端、私の頭の中に兄の顔を浮かんだ。


『悪魔のイタズラさ』

 兄がアップルパイを美味しそうに食べながら言った。

『でも、私とこれ以上いると……』

 まだ幼い私がそう言うと、兄は『僕はそんな事は気にしないよ』と言って笑った。


「……ユキ王女? 大丈夫ですか?」

 シナーノ王子の言葉に私は我に返った。

 いつの間にか頬が濡れていた。

「ご、ごめんなさい……あまりにも兄にそっくりな事を言ったのでつい思い出して……」

 私は涙を拭いながら言った。

 そして、彼を真っ直ぐに見つめて言った。

「ですから……私とは関わらない方がいいです。また失ってしまうのが怖いので……」

 すると、いきなり王子が私の手を握った。

「関係ない」

 シナーノはジッと見つめて力強く言った。

「君が呪われているとか、大切な人が亡くなったのは君のせいとか……そんなの憶測に過ぎないじゃないか」

「でも、私の周りばかり……」

「もし君が本当に呪われているのなら、僕がその呪いをかけた奴を殺してやる」

 王子はそう言って私を抱き寄せた。

 私は何がなんだか分からなくなった。

 あぁ、この気持ち。どうしたらいいの?

 あなたは本当に兄の生まれ変わりみたい。

「シナ……」

 彼の名前を呼ぼうとした瞬間、ふと誰かの視線を感じた。

 嫌な視線だ。

 まるで睨みつけるような……。

 私は彼から離れ、辺りを見渡したが、人影らしきものは見えなかった。

「どうしたの?」

 私の異変に王子は瞬時に感じ取っていた。

「……いえ、なんでもないです」

 彼に変な心配をかけないように笑ってみせた。

「ありがとうございました。では、失礼しま……」

「待って」

 私が立ち去ろうとすると、王子に腕を掴まれてしまった。

「……まだ何か?」

「僕と一緒に踊ってほしい」

 急に何を言い出すんだ。

「音楽もないのに急には踊れません。それに私となんか踊っても……きゃっ!」

 しかし、腕を引き寄せられて自然と互いに向き合う形になった。

「僕がリードしてあげる」

 シナーノはそう言って歌い出した。

 その歌声は私の心を掴み、自然と身体が動いた。

 彼の金色に輝く瞳に吸い込まれそうだった。

 噴水の水面みなもに写る私と王子とまんまるお月様。

 こんなロマンチックな体験をしたのは生まれて初めてだった。


つづく。

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