第3話 この世界に私の味方はいない

――ドンドンッ!!

 背後から突然聞こえた物音に私はビクッとなった。

 こんな時間に訪問者だなんて。

 一体何の用だろう。

 私は不可思議に思いながら「はーい」と言ってドアを開けた。

 王国の兵士が箱を持って立っていた。

「国王様からの伝言を預かっています。『今夜、それに着替えて城に向かいなさい』との事です」

 どうやら今夜パーティーが開かれるらしい。

 兄の葬式の日に不謹慎だなとは思うが、死者を明るく見送るのが我が一族の伝統だから仕方ない。

「……分かった」

「では、表に馬車が停まっていますので、着替えが終わったら速やかにご乗車ください」

 兵士は一礼すると走って行ってしまった。

 外を見てみると、確かに馬車があった。

 兵士はそれとは違う馬に乗って、王国へと戻っていった。

 私はドアを閉め、箱を開けた。

「何これ」

 一目見て異様だと気づいた。

 まさかとは思い取り出してみると、真っ赤なドレスだった。

 いくら故人を陽気に見送ろうとはいえ、赤の衣装を着るのはおかしいのではないか。

 そうは思ったが参加を拒否して、この家を失うのが怖かったので、しぶしぶ着る事にした。

 着付けしてくれる召使いがいないので、自分一人でやらなくてはならず大変だったが、どうにか着替え終えると、ドレス同様赤いパンプスを履いて外に出た。

「お待たせしました」

 私は気品ある所作で御者ぎょしゃに挨拶した。

 無愛想な髭を生やした男は私の姿に二度見したが、黙ってドアに指を差した。

 私は自分でドアを開けて中に入ると、馬車が動き出した。


 私はお城に着くなり、酷く後悔した。

 参加者は皆黒い格好をしていたのだ。

 兵士達は私の姿に目を丸くしていたが、「ようこそ。第二王女様」と一応敬意をはらってくれた。

 私は俯いたまま大広間に向かった。

 廊下が長いのが辛かった。

 その間に参加者達の声否が応でも耳に入ってくる。

「ねぇ、あれを見て」

「あぁ、何なんだ。あの格好は」

「いくらパーティーを開くとはいえ、真っ赤なドレスを着るのは不謹慎じゃないのか」

「やっぱり第二王女だ。葬式の時にいたかしら?」

「いや、いなかった」

「もしかして、ジョナ王子の死を喜んでいるのかな?」

「なんて奴だ……」

 皆、口々に私の悪口を言う。

 それもそうだ。

 黒の中に赤の異物が混ざるんだ。

 拒否反応を起こさない方がおかしい。

 私は足早に大広間へと向かった。

 けど、さらに目立ってしまった。

 視線がさらに痛くて辛い。

「ユキ! なんだその格好は?!」

 国王がすぐに私に駆け寄ってきた。

 でも、なんで驚いているのだろう。

「何って……お父様に頼まれてこの格好にしました……」

「はぁ? 私はそんな派手なドレスに着替えろと命じた覚えはないぞ!」

「……え?」

 私は言葉を失ってしまった。

 まさかと思い、辺りを見渡してみると、遠くでベニーが口元に手を抑えて嘲笑わらっていた。

 彼女の反応を見て、私は直感した。

 あなたの仕業ね。

 この衣装を着て、私に恥をかかせたのね。

 私はすぐさま父に頭を下げた。

「お父様、申し訳ございません。すぐに着替えて……」

「あーら、別にいいんじゃない?」

 ベニーがカツカツとハイヒールを鳴らして近づいてきた。

 容姿端麗な彼女は全身黒のドレスでも魅力的だった。

 事実、パーティーに参加していた殿方が「おぉっ! ベニー王女だ!」「なんとおうるわしい」と漏らしていた。

 ベニーは私に侮蔑ぶべつするような眼差しを向けた後、「こんな奴に構っているより早くパーティーをはじましょ」と国王の耳元で囁いた。

「あぁ、そうだな。お前の言う通りだ」

 国王はベニーに穏やかな口調で頷いた後、「では、我が息子であるジョナ王子を偲ぶ会を始める!」と宣言した。

 すると、優雅な音楽が流れ出した。

 兄の死を哀しむような音色だった。

 一部の参加者がそれに合わせてお淑やかに踊り出した。

 黒と黒が混じり合っても、所詮は黒である事に変わりはない。

 けど、調和が取れていた。

 まるで、兄の死の辛さをなだめるかのように。

「ユキ……ユキ! 返事をしなさい」

 私は彼らの踊りに見入っていたせいで、国王の呼びかけに聞こえなかった。

 我に返った私は「何でしょうか?」と聞いた。

「お前を勘当かんどうする。二度と我が城に足を踏み入れるな」

 勘当……嘘でしょ。

「お父様、待ってください!」

「うるさい! 私に手を触れるな!」

 私が国王に駆け寄ろうとしたが、まるで害虫を跳ね除けるかのように突き飛ばされてしまった。

「きゃっ!」

 私は尻もちをついてしまった。

「アハハハハハハ!!! 本当に惨めねぇ……」

 ベニーは指を差して嘲笑ちょうしょうしていた。

 周囲がざわついていた。

「おいおい、見ろよ。国王に縁を切られたぞ」

「やっぱり、いずれそうなると思った」

 あぁ、終わった。

 私は何もかも失ったんだ。

 誰も私に味方をしてくれる人なんていない。

 私は独りぼっちだ。

 そう思いながら身体を起こし、立ち上がろうとした。

「いつっ……」

 しかし、突き飛ばされた際に足をくじいてしまったのだろう、痛くて立ち上がれなかった。

「誰か……」

 私は助けを呼んだが、手当てをしてくれる人は現れなかった。

 ベニーも国王もどこかに行ってしまった。

 母は……義理の母はどうしたのだろう。

 どこにも姿が見えないけど。

 でも、まぁ、いいや。

 今はそんな事より早くここから出たい。

 けど、足が痛くて出られない。

 兵士も助けてくれない。

 私は正真正銘の天涯孤独……。

「ユキ王女」

 絶望に打ちひしがれていた時に、突然天から舞い降りてきたかのように私の名前を呼ぶ声がした。

 顔を上げると、目の前にシナーノ王子が立っていた。

「どうぞ、僕の手を借りてください」

 彼はそう言って、手を差し伸べてくれた。

「……ど、どうも」

 私は恐る恐る手を出すと、彼に引っ張られるかのように立ち上がった。

 そして、勢いそのまま私は彼の胸へ飛び込んだ。


つづく。

 

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