第44話-朱音・海斗 六日目。午後。廊下。

 りくが1-A教室でひまりと対峙していた時。廊下では――




「あれ?」

「陸君?」


 教室の様子をうかがっていた朱音あかね海斗かいとは、想定外の方向に急転した状況に、戸惑いを隠せなかった。


 ひまりが、咲久なんてどうでもよかったと言った時も驚いた。けど、今起きていることはそれ以上に衝撃的な光景で。




「――好きっス。付キ合ってくだサイ」




 なんとあの陸が、ひまりに告白したのだ。

 それも、朱音の時みたいな紛らわしい言い方じゃないやり方で。


「なんで……」


 失望の言葉を漏らしたのは朱音だった。


 あれは陸の作戦なんだと信じたい。けど、どうしてもそう思えない。

 朱音の知っている陸は、基本的に正直で、そしてへたれだ。

 そんな彼が、ウソや演技であんなハッキリと好意を示せるものだろうか?


 しかもその考察により真実味を与えてしまっているのが、ひまりにいているあれ・・の存在。

 人の虚実には人一倍敏感そうなあれ・・が、陸の告白を受け入れている。




「……いいや」


 急にバカらしくなってきた朱音は、作戦の中止を決めた。


 あれ・・の本当の狙いが陸だと言うのなら、もう咲久さくの身に危険が及ぶこともないだろう。今操られているひまりだって、ほとぼりが冷めればきっと解放される。


 まさかあれ・・の正体が女子で、カレシ欲しさに絵馬小路えまのこみちを崩落させて恋敵を消そうとしてたなんて、考えただけでも恐ろしい。けど、それももうどうでもいい。


「アタシ帰る。悪いけどあとヨロシク」


「え? ちょっと――」


 完全に冷めてしまった朱音は、海斗を残して立ち去った。


 ◇ ◇ ◇


 3階、階段――




「待ってよ福士ふくしさん! まだ帰っちゃダメだって!」


 追ってきた海斗の言葉に、朱音は足を止めた。


「なんで? もう全部終わったでしょ? もう誰も傷付かないし、まさかまさかのカップルまで成立。氷室ひむろさんは元々りってぃに興味なかったみたいだし……ほら。そう考えるとこれって、みんな仲良くハッピーエンドってやつじゃん。だからもうアタシみたいなモブはいらないでしょ?」


「だからダメだって」


 海斗は、意地でも帰ろうとする朱音の腕を取った。


「なんかおかしいんだよ。気付かなかった?」


可笑おかしい? そりゃ可笑しいでしょ! あれ・・の目的が、カレシ作りだったとか!」


 海斗の手を振り払った朱音。

 そしてわなわなと震える体を「ふう」と鎮めると、


「もう全部どうでもいいわ。それよりももう二度とアタシに関わらないでってあの二人に言っといて。じゃ」


「じゃなくて!」


 海斗は、今度こそ帰ろうとする朱音の前に回り込んだ。


「福士さんの気持ちも分からなくはないよ? けどそうじゃなくてさあ。陸君、なんかおかしいんだよ。どう言ったらいいのか分かんないんだけど、いつもよりも言葉が固いって言うか……」


「そりゃあんなハイスペックなのに告ったら、固くもなるでしょ」


 朱音は言った。

 ひまりと言う女子は、同性の朱音から見てもつい感心してしまうような器量の持ち主だ。

 そんなのを相手に告白にしようとすれば、あのへたれが舞い上がったってなんの不思議もない。


「そんな感じじゃなかったと思うんだけど……」


 けれど海斗は納得しなかった。


「ぼくさあ、陸君が告った時、なんか急にAIみたいになったような気がしたんだよね」


「AI?」


 朱音はその時のセリフを思い返した。


――センパイ……好きっス。付キ合ってくだサイ――


「……?」


 別に普通。確かにちょっと固いかも知れないけど、陸が緊張してることを考えれば普通。

 それでも朱音は、念のために反芻はんすうした。


――センパイ……――

――センパイ……好きっス。――

――センパイ……好きっス。付キ合って――

――センパイ……好きっス。付キ合ってくだサイ――


「――っ!? なんでもっと早く言わないの!」


 違和感に気付いた朱音は、海斗を叱りつけた。


 そうだ。あれ・・は人の心に入り込んで、操ることができるやつだった。

 自分だってついさっきまで同じことやられてたのに、どうしてもっと早く気付いてやれなかったのか。


「なにしてるの! 戻るよ!」


 朱音は海斗を誘うと、階段を戻ろうとした。


 早く助けに行かなくちゃ手遅れになる。

 元々、罪滅ぼしのつもりで協力を申し出た朱音だ。いざとなったら自分が犠牲になってでも陸を助けるぐらいの覚悟はある。でも――


「助けるって、どうやって?」


「え?」


 海斗の質問に、朱音の脚が止まった。


 そうだ。駆け付けたところで、あれ・・を止められなければ意味がない。


 ひまりを陸から引き離せば、正気に戻る?

 いや。そんな簡単なことで戻せるとは思えない。


 なら、単純な暴力?

 いや。もっとない。


「うう~……なにか……なにかあれ・・に効きそうな……」


 朱音は武器を求めて、自分の体をペタペタと触った。でもそんな物都合よく持っているわけがない。


 自分が持っていたそれっぽい物と言えば、例の黒のお守りだ。

 けど、それももう陸に渡してしまったし、そもそもあれは使っちゃいけない物のような気もするし。


「なに? あ。ぼく、ハサミとカッターなら持ってるけど」


「図工じゃないんだから……じゃなくて。あれ・・に効きそう物」


「あ。じゃ、これは?」


 海斗は差し出した。


 それは今朝、陸から渡された虎の子の一つ。お守りだ。

 本来なら、ひまりと戦う陸に渡しておくべき物だったのだけど、別に使う機会もなかったので、海斗自身その存在を忘れていたのだ。

 でも、今回はそれが幸いしたようで。


「……これどう使うの?」


 朱音は海斗ととお守り、交互に眺めながら尋ねた。

 自身もこれで正気を取り戻した経験のある朱音だ。だからお守りの効果を疑うつもりはない。


「ん~、よく分かんないんだけど、相手に直接触らせればいいらしいよ。あ。でもこれには注意点があって――」


「じゃアタシやってみるから、サポートよろしく!」


「あ、ちょっと。ねえ――」


 海斗からお守りを奪い取った朱音は、話も聞かずに駆け出した。

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