第38話-陸 六日目。昼。1年教室前廊下。

 生物室で、ひまりと朱音あかねにらみ合っていたその一方で――




「サク! 見つけた!」


 逃げ出した咲久さくを追いかけていたりくは、4階廊下でようやくその背中を見つけていた。


「来ないで!」


 けれど、そんな陸を拒絶した咲久。


「……ごめんね。りっくんも男の子だし、お姉ちゃん、別にりっくんのすることに口出しする気はないけど……でもやっぱり自分が気持ち良くなりたいからっていうだけで……その……女の子を……そんなふうに利用するのは良くないと思うの!」


「へ?」


 陸は、咲久がなにを言っているのか分からなかった。


 咲久の言う「気持ち良いこと」ってのはつまり、その……たぶん、そういう行為・・・・・・のことだ。


 てことは咲久は、自分のことを「そういうことをするために女子を道具扱いするクズ」だと言っているってことになるわけで……




「なっ!? そんなわけあるかっ! なんでオレがそんなこと――」


「ウソよっ!」


 あまりにもひどい誤解に、陸は気色けしきばんだ。けれど振り返った咲久は、その言葉を絶叫のような反論でかき消してしまう。


「リクだけがって言うんじゃない! 男子なんて本当はみんなそうなんでしょ!」


「ちょ、待て。サク。さっきからなに言って――」


「近寄らないで!」


 咲久の拒絶が廊下中に響いた。


 ◇ ◇ ◇


「どうなってんだ……?」


 陸は、咲久の言動がおかしいことに気付いていた。


 確かに咲久は普段から早とちりなところはある。

 けど、こういう大事な話をする時は、こっちの言い分も聞かずに決めつけるようなことは絶対にしない。そういうやつなのだ。


 でも、今の彼女はどうだろう?


 朱音あかねになにを吹き込まれたのか知らないけど、完全に陸を悪者だと信じてしまっているらしい。


(なんともおぞましいものじゃな。これほどまでに荒れ狂う霊魂と言うものは、わらわ久しく見ておらん)


 そんなことを言ったのは奇稲田くしなだだった。


(そなたも確認してみよ。今、娘の霊魂がどのようになっておるか。今のそなたなら見えるじゃろ?)


「あ、そか」


 気付かされた陸、鏡を取り出すと咲久を映し出す。


「ん、と……な! なんだこれ!?」


 陸は驚愕きょうがくした。


 鏡に映された咲久の像が揺らぎまくっているのだ。

 て言うか、これは本当に揺らいでるって言うの?

 朱音あかねの時は、陽炎かげろうぐらいの揺らぎ具合だったのだけど、今の咲久はなんかグニャングニャンし過ぎて、なんて形容したらいいのか……とにかく、そこに映っているのがなんなのか分からないぐらいなのだ。


「これ、やっぱり荒魂あらみたますか?」


(おそらくはな。気を付けるのじゃぞ陸よ。このままではあの娘、なにを仕出かすか分からぬ)


「っす」


 陸は、緊張で体が強張こわばるのを感じた。


 気を付けろ。なにをするか分からない――今、奇稲田は確かにそう言った。


 けど、陸には彼女の忠告が、


 ――絶対に間違えるな。もし間違えたら咲久はそこの窓から身を投げる――


 と言っているように聞こえたのだ。


(よいか? 今そなたにできることは一つじゃ。そなたの持つ氷室ひむろの守りに、あの娘への想いをありったけ込めてぶつけること)


「……」


 事の重大さに、陸は神妙に返事をした。いや。返事したつもりだったけれど、声は出ていなかった。


 それから陸は、ポケットに手を突っ込むとお守りを握った。


 ◇ ◇ ◇


 咲久までの距離はおよそ20メートル。


 そして咲久は今、窓に手をかけてこっちの出方を窺っている。そしてその窓は換気の為か、最初から開いている。

 これだけ離れていると、ただ闇雲に突っ込むだけじゃ間に合いそうになかった。もしそんなことをすれば、陸のお守りが届く前に咲久は校庭へと真っ逆さまだ。


「サク……まさか本気じゃないすよね?」


(娘が本気かなど些末さまつなこと。そなたがしくじれば娘は破滅する。上手くやればたすかる。そう言うことじゃ)


「つか前から思ってたんすけど、クシナダ様って結構なんでも簡単に言ってくれません?」


(そうかえ? じゃがそれも、そなたならどんな期待にも応え、乗り越えてくれると信じておればこそ。言ってみれば、そう、あれじゃ……愛の鞭? ってやつなんじゃが?)


「それ、ブラック企業の常套句じょうとうくす」


 奇稲田の言い訳にほどよく力が抜けた陸は、あらためて咲久を救う覚悟を決めた。

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