六日目 昼休み

第38話-ひまり 六日目。昼。生物室。

 3階・生物室。




「貴女。あの子になにかしたわね?」


 ひまりと朱音あかね。両者の間に緊張が走る中、先に口を開いたのはひまりだった。


「あっれぇ? 証拠もないのに決めつけるとか、それってもしかしてひぼーちゅーしょーじゃないですかぁ?」


 わらう朱音。


「一昨日も思ったんですけどぉ、アナタってそう言うところありますよねぇ? もしこれでアタシがケーサツとかに訴えたら、アナタ捕まっちゃうんじゃないですかねぇ?」


 朱音はスマホを見せつけた。

 彼女、一昨日の仕返しでもしたかったのか、今のセリフを録画していたらしい。


「そうかしら? もし貴女が本当に提訴するのだとしたら、おそらく刑法231条・侮辱罪か232条・名誉毀損罪のどちらかになるんでしょうけど、この二つの罪が成立するためにはどちらも公然性が認められる必要があるのよ」


 けれどひまりは余裕綽々に返した。


 今、生物室にはこの二人以外に人はいない。


 ついさっきまでは少ないながらもまだ他の受講生も残っていた。

 けれど、さっき咲久さくりくにビンタをかましてくれたおかげで、彼らは犬も食わないような高校生の痴話ゲンカなんか――と、退出していたのだ。


「どう? ここには私と貴女、二人しかいないじゃない。これじゃ公然性があるとは言えないわよね? まあどうしても警察に駆けこみたいって言うのなら、それはそれで貴女の自由だけれど……それで恥掻くのは一体誰なのかしらね?」


「……ちっ……」


 言い合いでは、さすがにひまりは強かった。


 揚げ足取りやへ理屈ぐらいしか武器のない朱音に比べると、明らかに世間のルールを理解し、味方につけることが出来ている。


「やっぱりアタシ、アナタのこと嫌いだわ」


「あら気が合うわね。私もよ」


 負けず嫌いの両者。互いに「フフフ……」と、笑い合う。


 ◇ ◇ ◇


 緒戦はひまりの優勢だった。

 けれど彼女、その裏でもう手詰まりになっている自分に焦っていた。


 ――さあ、ここからどうしたものかしら?


 それがひまりの心境。

 なにしろ彼女、神霊きの人間なんて相手にしたことがない。


 口八丁で撃退するだけなら一昨日むすひでやってはいる。

 けれど、あの時は朱音の正体なんて知らなかったし、たまたま出くわした迷惑系を追い払うことだけを考えていればよかったのだ。


「念のためってことで持たされたけど……」


 ひまりはポケットの中のお守りに触れた。


 このお守り、公園で陸から渡された例のあれだ。

 その時に使い方も聞かされてはいるけれど、本当に効くのだろうか?


「急なことだったから、『貴方は行って』とかカッコつけちゃったけど……こんなことなら私があの子を追った方が良かったわね……」


 ひまりは、陸に咲久を追わせたことをちょっとだけ後悔した。


 けど、今さらそんなことをしたところで、事態が好転するわけでもなし。


「でもま、やるしかないわよね。ここで私が少しでも時間を稼いでいれば、きっとあの子たちも戻ってくるでしょうし」


 ひまりは弱気な自分を奮い立たせて、朱音と対峙し続けた。

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