第34話 六日目。朝。元川薙駅。

 六日目。朝。元川薙もとかわなぎ駅。




「今日が勝負の日になるかもとは聞いたけど……」


 やってきたりくにそんなことを言ったのは、ひまりだった。


「――そこまでするなんて、貴方もまたずいぶん思い切ったものね」


 と、感心したようにスマホを見せてきた彼女。


┏━━━               ━━━┓


  咲久さくから制服を借りました


  センパイからSOS来たら

  これ着て突入します


┗━━━               ━━━┛


 そこに映っていたのは、陸がついさっき送ったばかりのメッセージだった。


「これなら、学校でなにかあってもすぐ対応できるじゃないすか」


「まあその思い切りは買うけれど……」


 ひまりは、呆れたような視線で陸を観察した。


 どうやら彼女、陸の制服姿を想像しているらしいのだけど……


「あ。や。オレも分かってるんすよ? 女子の制服なんて似合うわけないって」


 陸は言い訳した。


 実は陸、高1男子としては少し小柄な方だ。

 それこそ平均よりもやや長身の咲久と、どっちが大きいのかと言ったぐらいのもの。


 でもただ身長が近いと言うだけで、女子の制服を着こなせるものだろうか?

 答えはNO。

 陸がれっきとした男子高校生である以上、骨格の差は如何ともしがたい。


 けれどひまりは、そんな陸に頷くと、


「……そうね。でもまあ案外イケると思うわ」


「え? ……そっすか?」


「ええ。と言うか、これだけウチの制服が似合う男子も、そうはいないんじゃないかしら。胸張っていきなさい」


 予想外の高評価。


 自分でも薄々そんな気はしていた。もしかしてこの制服、自分にピッタリなんじゃないかって。




 陸 × 川女の制服 - 違和感 = パーフェクト女装男子(男の娘)




 これが当初陸が想定していた方程式だ。

 でも実際この式を検証しようとすると、




 陸 × 川女の制服 - 違和感 = 陸 × 川女の制服

 ∴ 違和感 = 0




 でしかなく、こんな現実を突きつけられた陸は、


「違和感サボんな……仕事しろよ……」


 彼は落ち込んだ。


 そんな事実知りたくなかった。こんなことなら制服なんか借りるんじゃなかった。


「でもその頭はどうするつもり? 貴方みたいな子、ウチにはいないしすぐバレるわよ」


「え?」


 ひまりの指摘に、気付かされた陸。

 今の陸の髪型は世の平均的男子高校生のそれで、とても女子には見えない。


 制服さえあればどうにかなると思っていたけど、これじゃあ、どう見たってただの女装男子。




 違和感 = 髪型




 と言う式が追加されてしまう。


 それはそれで陸としてはありがたいのけれど、でもそれじゃあ川女に突入したって、すぐに不審者としてお縄になってしまうわけで。


「ひまセンパイ。もしかして、ヅラとか持って来てないすか?」


「ヅラって貴方……ウィッグなんてあるわけないでしょ。て言うかね。制服が必要ならまず私に相談しなさいよ。その方があの子から借りるよりも確実でしょうに」


 いつも肝心なところでツメが甘い。ひまりはため息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


「あ。リック見っけ! どーん!」


 不意の突き押しに陸が振り向くと、そこにいたのはサッカーのユニフォームに身を包んだ雨綺うきだった。


「雨綺? なんで?」


「あら弟くん。土曜日なのに早いのね」


「おはようございます。今日サッカーあるんで。――はいリック。忘れ物」


 まるで咲久みたいな言い方で袋を押し付けてきた雨綺。


「忘れ物?」


「うん。これ、ねーちゃんのジャージなんだけど。あれ? もしかしていらなかった?」


「あ」


 はっとした陸。

 そう言えばさっき、すね毛をどうにかしろとか言われてたっけ。別に絶対に必要な物ではないけれど、あるならあるで、その方がいいのは間違いない。


「あとその頭。そんな頭のJKいねーから」


 雨綺は袋をからなにかを取り出すと、陸の頭に乗せた。


「……ぷ……ぷぷ……に、似合ってんじゃん。り……りっちゃん」


 ニヤニヤする雨綺に、陸は頭のそれを取った。

 ウィッグだ。ちょうど咲久と同じぐらいの長さか。欲しかった物をピンポイントで持ってくるなんて、こいつ、男子小学生の皮を被ったただのシベリアンハスキーじゃなかったのか。


「それと、あと他にもなんか使えそうな物入れといたから。ちゃんと確認しとけよ。じゃ、おれサッカー行ってくる。しっかりな。りっちゃん!」


 雨綺は言いたいことを言うと、足早に去っていった。


 そして、その見事な去り様に陸は、


「あ。おう……行ってらー」


「なんか、弟くんに任せといた方が上手くいきそうな気がしてきたわ」


 最後まで小学生に主導権を握られっぱなしの陸に、ひまりがため息を吐いた。

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