第35.1話 六日目。午前。作戦会議(前編)

「ごめーん。遅れたー」


 海斗かいとがやって来たのは、陸が雨綺うきから渡された袋を、確認もせずに自分のバッグに押し込んだ時だった。


「遅ーいっ。罰金っ」


 謝るのは口ばかりで、ちっとも急ぐ気のないらしい海斗にそう言ってやった陸。


 これから決戦かも知れないと言うのに、なんだその腑抜ふぬけた態度は。

 土講どこう開始までまだ時間はあるから、そんなにカリカリする必要もないのだけれど、気が緩み過ぎなのも良くない。


「はいこれ」


 陸はパンパンになったバッグを海斗に押し付けた。


「これぼくが持つの?」


「うん。罰だから。あ。別にホントに罰金でもいいけど」


「えー? ちなみにおいくら?」


「一億万円でーす」


「あー今ちょっと持ち合わせがー」


 手持ちのお金が足りなかった海斗は、陸からバッグを受け取った。


「あ。よければ、センパイのも持つけど」


 自分と陸、二人分のバッグを持った海斗が言った。

 けれどひまりは、


「20分の遅延ね。あんまりのんびりしてるわけにもいかないし、行きましょ」


「あ、ちょっと」


 先に行ってしまったひまりを、慌てて追いかける海斗。


「あの。ホントごめんなさい。今度から気を付けますので、怒らないでいただけますと……」


「……? 別に怒ってないけど?」


 謝ってくる海斗に、ひまりが眉をひそめた。


「え? でも遅刻したの怒って――」


「怒ってないわ」 


「いやいや。でも今、スゴい目でぼくのこと見て――」


「だから怒ってないって」


「またまたー、無理しなくていいよ。悪いのはぼくなんだから――」


「……じゃあこうしましょう。今から私、貴方のこと引っ叩くからそれでこの話はおしまい」


「え?」


 逆にひまりを怒らせてしまった海斗は、手痛い一発をお見舞された。


 ◇ ◇ ◇


 ▽ ▽ ▽


 県立川薙かわなぎ女子高等学校。通称・川女かわじょ


 S県公立高校でも屈指の進学校であるこの女子高は、元川薙もとかわなぎ駅から徒歩8分と言う好立地にあった。


 そして、その短い道中で、話すことの絶えない陸たちは……


 △ △ △


「あーまだジンジンしてる……いくらぼくが悪いっても手出すことないじゃん。ねえ?」


「……」


 陸は無視した。


 もしここで「そうだね」なんて言おうものなら、ひまりの不興ふきょうを買いかねない。

 と言うか、さっきのあれはどう見ても海斗が悪い。


 ひまりは遅刻について本当に怒ってなかったのに、あんなウザい絡み方すれば、そりゃあね……ってものだ。


「そう言えば陸君。神様と仲直りできたんだって?」


「あ、うん」


 陸は頷いた。


 なんだかなし崩し的ではあったけれど、奇稲田とはもう普通に会話できるようになっている。


「てことは、ぼくがその鏡持ったとしてさあ、神様と話せたりする?」


「え? あーどうだろ?」


 陸は考えた。

 もし海斗やひまりにも奇稲田の鏡が使えるのなら、やれることは大きく広がる。

 けれど、その会話を聞いていた奇稲田は……


(んん~……いや。鏡は陸が持つべきものじゃよなあ……)


 彼女は、今一つ乗り気じゃないようだった。


「そうなんすか?」


(うむ。まあ絶対に人に渡してはいかん物ではないが、それでも由緒正しき遺物じゃし、わらわの認めた者以外が持つことははばからねばならぬ。そもそもじゃな。なにゆえわらわがそなたを見込んだのかと言えば……)


「――だってさ」


「うーん。残念」


 これは絶対長くなる。陸は、まだしゃべっている奇稲田をそっと放置した。


 ◇ ◇ ◇


 それから、陸たちは昨日も使った公園へと入った。




「ここからは別行動ね」


 そう切り出したのはひまりだった。


「じゃ、オレたちは近くを見回るんで」


 答えた陸。


 ひまりは学校で咲久さくを護衛し、陸たちは周囲を警戒しつつ緊急時に備える。

 昨日の取り決めた通りの内容だ。


 破滅の導き手である朱音あかねが何をしてくるは分からない。

 けど、相手がどんな手を使おうと、そもそも咲久と接触させなければ、その安全性は相当高まるはず。

 だからこの布陣、見ようによってはひまりよりも陸たちの方がよっぽど重要だ。


「クシナダ様。これでいいんすよね?」


(む、まあまずまずじゃ。それよりも陸よ。忘れぬうちに例の物を二人に)


 奇稲田が言った。


「じゃ、これ」


 二人に封筒を差し出した陸。


「ん?」


「なにかしら?」


 二人は封筒を受け取った。そして中身を確認する。


「お守り? 赤……いえ、朱、かしら?」


「ぼくは……うん、緑ね」


 それは、陸が普段持ち歩いているのと同じ、氷室ひむろ神社の身上守みのうえまもりだった。


(良いか? 二人ともこれからわらわの言うことを心して聞くのじゃぞ? それはの……創建から優に千年を超え、延喜式えんぎしきにもその名を記されし神社川薙氷室神社が丹と精を込めて作成せし、身上守じゃ。それだけでも十分ありがたい物なんじゃけど、なんと! 今渡した物は更にわらわが「追い加護」してやったスーパー身上守りなのじゃ。どれくらい凄いかと言えば、おそらく出力は3割増し。威力に至っては3倍は凄い。じゃからして、いざその身に危険が及んだ時は、それをもって身を守るがよいぞ。――ほれ、陸)


「……なんか危ないと思ったら使えって。クシナダ様が」


 陸は、「むふーん!」と得意げな奇稲田に代わって、その意味を伝えた。


「へえ。それはいいね」


「ありがとうございます。奇稲田様」


 奇稲田の厚意に感謝する二人。


 けれど、その一方で陸だけは、


 ――クシナダ様なんで急に自慢話始めたの? 必要ないでしょ?


 奇稲田の声が聞こえないおかげで、素直にありがたがれる二人がうらやましい。

 陸は、奇稲田の緊張感のなさに呆れていた。

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