第31話 五日目。夜。札の辻。

 五日目。夜。町屋まちや地区・ふだつじ


 ここ札の辻は、町屋地区の中枢にあって、普段から観光客でごった返す交差点だった。


 けど、それはあくまでも昼間の話。


 これも観光地の宿命か。

 一度ひとたび夜のとばりに覆われてしまえば、如何いかな札の辻と言えど、薄気味悪いぐらいに人気のない場所へと変貌へんぼうすることは避けられず――




福士ふくしー! 福士朱音ふくしあかねー!」


 陸は自分勝手に呼び出してくれた朱音を呼び出していた。


「だからシュオンです。そんな大声出すと近所迷惑じゃないですか?」


 すると、どこに隠れていたのかクックッと笑いながら暗闇から現れた朱音。


「お前が言うな。で、話って?」


 陸は朱音の言い草にイラつきながら聞いた。


「せっかく会ったのにせっかちすぎません? モテませんよ、せっかちな男子って?」


「うっせーわ。もう10時過ぎてんだよ。早く言えっての」


「まだ10時の間違いじゃないですかぁ? ああ。でもまありってぃマジメキャラですもんねぇ」


 わらった朱音は、陸のことをめ回すように観察した。


「な、なによ?」


 彼女の視線に、恥ずかしくなってきた陸。


 けれど、それも無理のないこと。

 今の陸は上下スウェット、足にはサンダルをツッカけて、およそ人に会うような格好じゃなかったのだ。


「いいえ、なんでも~。マジメなりってぃらしくていいんじゃないですかねぇ?」


 ニヤニヤとそんなことを言ってくる朱音。


 ◇ ◇ ◇


「ところでりってぃ、ここなんて呼ばれてるか知ってます?」


「は?」


 やぶから棒の質問に、陸はいぶかしんだ。


 勿論答えは知っている。札の辻だ。

 と言うか、自分から「札の辻に」とか指定してきたくせに、なにを言ってるんだ?


「ここ、札の辻って言うんですよ」


 朱音は、陸の回答を待たずに正解を告げた。


「本当はもっと別の名前があったと思うんですよ……ほら。川薙かわなぎってあれで有名じゃないですかぁ? お札を収めに参りますーってやつ? たぶんここ、その関係だと思うんですよねー」


「……?」


 朱音がなにを言いたいのかサッパリな陸。


 ここ川薙が、とある童謡の舞台らしいことは勿論知っている。けど、それと今の状況になんの関係が?


「札の辻。お札を収めに参りますー。行きはよいよい帰りは……ねぇ?」


「……」


 ねぇ? とか言われても。


「これだけ言ってもまだ分かんないんですか……」


 朱音はそんな陸にため息を吐いた。


「アタシね、あれ以来・・・・ずーっと見てた・・・・・・・んですよ。あの時あんなに健気けなげだったアナタが、成長するとどうなるのかなって。でもそれは間違いだった。時間が経てば経つほど、アナタはアタシの期待を裏切るようになって……」


 一つ……二つ……と、指折り何かを数え始めた朱音。


 なにを数えているんだろう? 見てた時間? ――陸はゆっくりと折られてゆく朱音の指に視線を奪われた。


 でも、見てたってなにを?

 自分が彼女と知り合ってから、まだたったの二日だ。折りきった指をまた一つずつ開き始めた朱音に、疑問しか沸いてこない。


「だからアタシ考えたんです。もうこれ以上は見てられないし、諦めて片付けようって。それに今ならまだギリギリキレイ・・・だし」


 そう言った彼女の指の形は「10」を示していた。


「えと、じゃなに? もしかして今日福士さ――シュオンが帰っちゃったのは、その、見てた物っていうのを片付けるため?」


「ぶふふっ、なに言ってるんですかぁ? そんなわけないじゃないですかー」


 苦し紛れの回答に、朱音は笑い出した。


「でもまー100ハズれってわけでもないかなぁ? おかたしすんのに準備がいるのはそのとーりだし。まーとにかくそんなワケだから、こっちもいー加減勝手にやらせてもらうことにしたんですよぉ。あ。でもでも勘違いしないでもらいたいんですけどー、勝手って言っても、勝手に細道・・を通るとかそーゆー意味じゃないですよ?」


「……」


 朱音の言うことがちっとも理解できない陸は、もう黙るしかできなかった。


「10年……ずいぶん経っちゃったけど、いーですよね? 最期くらいはお母さんに会わせて――とかも考えたけど、もうそんな時間ももったいないですし、アナタはここで終わっちゃいましょ?」


 朱音が今までにないぐらいの晴れやかな笑顔を見せると、彼女の髪がざわっと動いた。

 その動きはまるで蛇。八重に分かれた彼女の髪が、その動きに合わせるように色を変えてゆく。グラデカラーからピンク。ピンクからブラック。


 彼女から黒い霧のようなものが湧き出した。夜の帳をさらに黒く染め始める。


「――え?」


 陸は呆気に取られていた。


 なんだあれ? オーラ? でもあれ、どっかで見たことあるような?


「あ。そうそう。アタシ、導く人・・・にはホントの名前教えてあげることにしてるんですよぉ。聞きたいですかぁ? 聞きたいですよねぇ? じゃあ教えてあげますけどぉ……アタシは、コノハ――」


(――退け! ここは一旦逃げるのじゃ!)


「はっ!?」


 聞き覚えのある声に、陸は我に返った。

 見れば、奇稲田くしなだの鏡を突っ込んでおいたポケットが、光を放っている。


「え? あれ!? クシナダ様!?」


(話は後じゃ! 今はとにかく逃げよ! 氷室ひむろへ……我が聖域へと駆けるのじゃ!)


「は、はい!」


 言われるがまま、きびすを返した陸。


「あれぇ、逃げるんですかぁ? まーアタシは別に構わないですけど、たぶん結果は一緒ですよぉ? じゃ、明日迎えに行きますから、氷室さん共々首洗って待っててくださいね」


 朱音の宣告を背後に聞いた陸は、恐怖に駆られながら氷室神社ひむろじんじゃを目指した。

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