第29.2話 五日目。放課後。むすひ(後編)

「それじゃ、明日の配置を確認するわ。私は咲久さくと同じ講義に出る。貴方たちは学校の周辺を見回る。いいわね?」


『はい』


 ひまりが明日の方針をまとめると、りく海斗かいとは見事に返事をハモらせた。


 結局は今日とほぼ同じ布陣。違うのは、特別講義には学年関係なく参加できるらしいので、明日はひまりが直接咲久を守るという点だけ。


 ひねりもなにもない体制だけど、結局はこれが一番良いとの結論に至ったのだ。


 すると、それまで陸の後ろの席で白玉抹茶クリームあんみつを食べていた雨綺うきが、こんなことを尋ねてきて、


「じゃあおれはなにすればい?」


「なにってお前明日サッカーあんだろ? そっち行けよ」


「ええ~?」


 不満そうに白玉を頬張る雨綺に、陸はため息を吐いた。


 これは小学生の出る幕じゃないのに、どうしてこいつはなんでもかんでも首を突っ込みたがるんだ? まったく、これだから雨綺は……


「――て、あれ!? 雨綺!?」


 雨綺の存在に気付いた陸は、くわっと振り返った。

 すると雨綺、


「へっへへへ」


 と、もう残り少なくなったあんみつを持って陸の隣に移って来る。


「つか待て。なんで雨綺がここにいんだよ? いちゃダメだろ?」


 陸は勝手に横に座った雨綺を叱った。


 そうだ。まだ雨綺は小学生なのだ。だから一人でむすひに入ることは家庭のルールで禁止されている。なのにどうして――


「お使い。そしたら食べてけって」


「はあ?」


 あまりにも都合の良い回答に、陸は嫌な声を上げた。




 ここ、むすひは氷室神社ひむろじんじゃ宮司の妹が経営する店だ。

 咲久は女将おかみを店長とか呼んでるけど、要は咲久たちの叔母。それなら、せっかくお使いに来てくれた甥っ子に叔母がなにか食べさせたとしても、まあおかしくはないのだろうけど……




「だからっておま……そういう時は遠慮しろよ!」


 陸は相変らず食べるのを止めようとしない雨綺を叱りつけた。

 けれど雨綺はキョトンとして、


「なんで?」


「な、なんでって……し、小学生ってそう言うもんだろ?」


「は? なに言ってんの?」


 雨綺の純粋な視線に、しどろもどろになった陸。


 自分も中学に上がるまでは基本出入り禁止だったのにズルい。――実は、それこそが今陸が怒っている一番の理由なのだ。

 けど、そんなカッコ悪いことを、この犬みたいに懐いてくる小学生男子に言えるはずもなく。


「意味分かんねー。リックそれどういう意味?」


「……」


 陸は視線を合わせられなかった。

 けれど、そんな陸に助け舟を出してくれた者がいて――


「弟くん。そんなに揺すったら彼、目回しちゃうわよ」


「うん。困ってるから止めた方がいいよ」


「センパイ……小宮山君……」


 陸は、頼れる仲間たちに感激した。


「でもリックが意味分かんねーこと言うじゃん?」


「そうね。今の理屈は私もおかしいと思う。じゃあ揺するのは止めて、どういうことなのかだけ聞いてみましょ?」


「うん。それぼくも知りたい」


「センパイ……? 小宮山君……?」


 息をするように裏切ってくれた彼らに、陸は仲間の絆のはかなさを見た。


 ◇ ◇ ◇


 とまあ、そんなふうに陸をいじめるのも可哀そうと言うことで……


 ひまりたち三人は、つまんないことで怒っていた陸を寛大な心で許すと、雨綺がどれだけのことを聞いてしまったのかを聞き取った。




「どうやら全部聞かれてたみたいね」


 ヒアリングを終えたひまりが、ため息交じりに結論付けた。


「でもすっげーなリック! ウチの御祭神ごさいじんと友だちなんて!」


「友だちではないけどな。――でもこいつ、どうします?」


 陸は、キラキラと尊敬の目で見てくる雨綺を突き放しながら、ひまりに尋ねた。


「今さらどうしようもないでしょ? ……て言うか、それを決めるの貴方の役目でしょ。なんで私に聞くのよ?」


「え? あ、や。スンマセン」


 予想外のところで叱られた陸。シュンと小さくなる。


 言われて見れば確かにひまりの言う通りで、この仲間のリーダーは自分だ。なのだけど、リーダーシップ、判断力、決断力――どれをとってもひまりの方が優れているのは明らかなわけで……


「まったく……貴女がもっと気を遣っていれば、こんなことにならなかったのに。ちゃんとしなさいよ」


「や。でもひまセンパイだって雨綺のこと気付いてなかったじゃないすか」


 なんで自分ばっかり悪者に? 陸は反論した。けれど――


「なに言ってるのよ? 私は最初から気付いてたわよ」


「あ。それぼくも」


「え?」


 ひまりはともかく、海斗まで? 陸は間の抜けた声を上げた。


「私、弟くんのことは店に入った瞬間から気付いてたんだけど……こんな分かりやすい席にいたのに気付かないって貴方、一体なにを見てたのよ?」


「ぼくはまあ弟君のことは知らなかったけど、なんか陸君に手振ってるし、まあそうなんだろうなって」


「ま?」


『ま』


 本当に雨綺は最初からいたの? 陸は痛恨の思いだった。


 とは言え実は彼、店に入ってからここまで、ずっと咲久店員だけを追いかけていたのだ。周囲への注意が疎かになっていても無理はない。


「で、おれなにすれば?」


 早く役割をくれと催促する雨綺。


「なにもすんな。いいからお前はサッカー行ってろ」


「ええー!? でもそれじゃつまんねー」


「ならこうしましょ。貴方はお姉さんが家にいる時に見守る係。なにかあったらそこの人に連絡するの。いい?」


「おけ。分かった!」




 こうして、なし崩し的に雨綺が仲間に加わった。


 陸はあまり乗り気じゃなかったけれど、奇稲田が不在の今、自宅の警備を任せられる雨綺の存在がありがたいものなのは確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る