第26.3話 四日目。夕方。デリカフレ(元川薙駅)(三)

 ◇ ◇ ◇


 これは昨夜。反省会もたけなわ・・・・となったころのことで――




「すんません……」


 昼間はムダにひまりを怒らせただけだった。そのことを知ったりくは、しょんぼり自己嫌悪におちいっていた。


 すると、そんな彼に奇稲田くしなだが、


(わらわな。そなたに一つ、とっておきを教えてやろうと思うのじゃが……)


「とっておき?」


 顔を上げた陸。


(うむ。此度こたびあやまち、そなたの早とちりが原因だったじゃろ? じゃが、このとっておきさえあれば、そなたはもう二度とそのような過ちを犯すことはなくなるじゃろう)


 ふんす! もったいつけた奇稲田が、鼻息を荒くする。


(よいか陸よ。今後、霊魂をすこやかたらしめたい相手がおる時は、まずはその者を我が鏡に映すのじゃ。像が揺らいでおれば、霊魂が病んでおる証。そうでなければ――)


「へえ。この鏡にそんなエンチャントスキルが……」


 奇稲田の話に、陸は感心した。


 なるほど。ひまりは怒らせ損になったけど、確かにこの技さえあれば、もう二度と同じてつは踏まなくて済む。


「でもそんなスキルあんなら、最初から教えといてくれればいいのに」


(これ! 文句を言うとはなにごとじゃ! これでもわらわ、こんなこともあろうかと大急ぎで鏡をアップデートしてたんじゃぞ! ……とにかくじゃな。これは、霊魂の状態を知ることのできる支援系の特技じゃろ? じゃから名付けて――!)


 ◇ ◇ ◇


 ――それが昨夜の出来事だった。


「ネーミングセンスェ……」


 あまりと言えばあまりの技名まで思い出して、げんなりした陸。


 この技名、薬の名前みたいで分かりやすいし、味があると言えばその通りなのだけど……


「まあ……うん」


 気を取り直した陸は、鏡を取った。


 くー様の言う通りに騒ぎに介入するつもりなんて全然ない。けど、せっかくの新技を試すチャンスなのだ。それに、


「あそっか。これをセンパイに見せれば……」


 陸は気が付いた。

 これは、ひまりに奇稲田の存在や力を証明するチャンスだ。いくらひまりが破滅の件に懐疑的だって言っても、実際に力を見せれば――


┏━━━               ━━━┓


  お?

  やる気出た?


  ならゴーゴーゴー!


┗━━━               ━━━┛


「……」


 やっぱり近くにいる? 陸は辺りを見回した。


 ◇ ◇ ◇


 くー様のことは置いとこう。

 そう決めた陸は、迷惑系・女子を鏡に収めようとした。

 けれど……


「……ん? ……あれ? あ。や。どこだ?」


「貴方、何してるのよ?」


「や。昨日クシナダ様からこうしろって言われたんすけど……」


 四苦八苦する陸が言った。


 奇稲田から授かったこの鏡、スマホよりも小さな欠片かけらなのだ。

 その上、今はターゲットまで距離もある。だからちょっと手がブレるだけで鏡界から外れてしまうのだ。


 せっかくの新技も、肝心のターゲットを鏡界に収めることができなければ意味がないわけで。


「ならもっと近づいてやれば?」


「あそっか」


 ナイスなアドバイスを貰った陸は早速席を立った。そして迷惑系・女子にバレないよう、腰を低くして近づこうとしたのだけど……


「ん?」


 陸はピタッと足を止めた。そして――


「なんでいるの!?」


「よっす」


 返って来たのは相変わらずのあいさつだった。


 そう。今アドバイスをくれたのは、ひまりではなくお馴染みのメガネ。小宮山海斗かいとだったのだ。


「や? え? ホント。なんでいるの?」


 意味が分からない。目を白黒させた陸。


「そんなのいいから。早くそれ・・やろうよ。あ。それともぼくがやる?」


「え? ……や。いい」


 色んな疑問を全部置き去りにさせられた陸は、とりあえず行動を再開した。


 ◇ ◇ ◇


 ベーカリーコーナーでは、依然として迷惑系・女子と店員が不毛なやり取りを繰り広げていた。




「だからぁ、あとで全部まとめて払うって言ってるじゃないですかー? てかなんです、人のことドロボー扱いしてぇ? ウチれっきとした客なんですけどー?」


「あの。でしたらまずはお会計の方を……」


 責任者らしい店員が出て来ても事態は一向に良くならなない。これじゃどういう結果になろうと、店のイメージはマイナスだ。


 けれど、その陰で利を得た者もいる。そう。陸だ。

 彼、騒ぎに乗じてまんまと接近に成功すると、近くの席に背を向けて座っていた。


「と、じゃあこうして……」


 陸は相変わらず迷惑なあの女子に鏡を向けた。すると……


「お。これって」


 感動した陸。鏡に映し出された女子の像が、奇稲田の言っていた通りに揺らいでいたのだ。


「ほほう。あー、確かに揺れてるわ。なら……」


 ちょっと楽しくなってきた陸。女子と店員と交互に映してはその違いを楽しむ。


「っと、こうしてる場合じゃないか」


 気が付いた陸は、鏡をしまうと代わりにお守りを取り出した。


「なるべくそーっと近づいてって……肩トントン……で、振り向いたところを、ぐいっと」


 それはなんだか姑息な手段だった。

 その様子ははたから見ると、小学生の頃一時期流行ったつっかえ棒。


「ん。じゃ、やるか」


 ともあれ、そんなバカっぽいシミュレーションをやり終えた陸は、そーっと立ち上がった。

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