第26.1話 四日目。夕方。デリカフレ(元川薙駅)(一)

 外に出たりくは、バスに乗り込もうとしているひまりを見つけた。


「ひまちゃ――センパイ!」


 どういうわけだかちっとも治らない言い間違いを諦めて、ひまりを呼ぶ陸。


 もしここで彼女を逃せば、咲久さくのお説教フルコースの刑か、さもなきゃ駅まで約2キロ、バスと追いかけっこする羽目になる。そんなのはどっちもゴメンだ。


「なに?」


 バスに乗りかけていたひまりが、不快そうに陸をにらんだ。


「オレ、先輩に謝りたくて」


「そう。分ったわ。サヨナラ」


「な……」


 まったく取り合おうとしないひまりだ。


 陸にだって分かっているのだ。今回のことは完全に自分が悪かったってことぐらい。

 でもこっちがちゃんと謝ろうとしているのにそんな態度を取られると、さすがにムッと来るわけで。


「ちょっ、ねえ! ひまセンパイっ」


 どうしても話を聞こうとしないひまりに、陸は彼女の手を掴んだ。


「ちょっ!? 放しなさい!」


「だからオレの話を聞いてって!」


「それはもう分ったって――!」


『出しますよ。乗らないんですか?』


 熱くなる二人に冷や水を浴びせたのは、スピーカー越しの運転手さんだった。


「あ。すみません乗ります」


 慌てて謝罪したひまり。そして、


「……貴方も乗って。話があるなら元川薙もとかわなぎで聞くから」


 これ以上周りに迷惑をかけられない。そう判断したひまりは、陸の同行を許した。


 ◇ ◇ ◇


 ▽ ▽ ▽


 元川薙もとかわなぎ駅。


 それは古都川薙の玄関口として栄えた駅だ。旧名・川薙駅。


 近年では、後発の川薙駅・・・・・・に、その名前とシェアを奪われてしまったけれど、それでも町屋まちや地区の最寄り駅として、根強い存在感を放っていた。


 △ △ △


「すみませんでした! オレ、センパイに失礼なことばっかりして……」


 ひまりにスムージーを渡した陸は、自分の席に着くなり頭を下げた。




 ここは、元川薙駅にあるベーカリーカフェ・デリカフレ。窓際の一席。


 陸の熱意に負けたひまりは、彼のおごり&自分がドリンクを飲み終えるまで、と言う条件付きで、彼の話を聞くことを受け入れたのだ。




「失礼なこと、ね……」


 ひまりはつまらなそうに窓を見た。

 夕緋色ゆうひいろに染まったガラスが、二人の姿をうっすらと映し出している。


 全面的に非を認め謝罪する正直な陸と、ムッツリ意地悪な自分。

 これじゃどっちが悪者なのか、分からなくなるような光景で――


「……ま、いいわ。貴方って思ってた以上にしつこいみたいだし、ここで突っぱねてもどうせ懲りずにまたやって来るんでしょ?」


 ひまりは、これまで以上に深く息を吐いて言った。


「え? じゃあ――」


「許してあげるって言ったの。二度も言わせないで」


「よ、よかったあ……」


 許された。彼女の言葉に、急に力が抜けた陸。


「ちょ、貴方どうしたのよ?」


「いや。だって許してもらえるなんて思ってなくて……」


「だからってそんなにならなくても」


「だってひまセンパイめっちゃ怖かったし」


 陸は、へへと笑った。

 こうなったのは自分のせいじゃない。こんなに怖いひまりが悪いのだ。


「ねえ。私、そんなに怖かった?」


「え? あっ!」


 口が滑ったことに気付いた陸。

 けれどひまりは、そんな陸に怒っているような感じでもなく、


「ねえ。私って、そんなに怖かったの?」


「……や……はいまあ……その、スイマセン」


「そう。ふふ……」


 白状した陸に、ひまりは微笑んでいた。


 ◇ ◇ ◇


奇稲田姫くしなだひめが現れて、あの子の破滅を予言、ねえ……」


 陸にとって真の本題――咲久の破滅を回避するために協力してほしい件――について話を聞かされたひまりは、いつも以上に胡乱うろんな目で陸を見ていた。


「や。まあ信じらんないとは思うんすけど」


 と、申し訳なさそうな陸。


 もし仮に、自分がこんな話されたとしても絶対に信じない。

 そんな自信だけはある陸だ。


 奇稲田がへそを曲げっぱなしなせいで、出て来てくれないのは痛かった。




「そうね。信じろって言われたってさすがにね」


 ひまりは予想通りの返事をすると、奇稲田の鏡に手を置いた。


 これは陸が提示した唯一の証拠品だ。けど、ひまりが触れてみてもなんの反応もなく。


「……なにも起きないわね」


「あ。そう言やこの鏡、誰にでも使えるわけじゃ――?」


 いまさらになって、この鏡の使い方をちゃんと聞いていなかったことを思い出した陸だ。

 もしこの鏡が陸にしか使えないのなら、奇稲田の機嫌がどうとか関係ないのでは?


「なに?」


「あ。や。もしかしたらこの鏡って――」


 この鏡、自分にしか使えないかも。陸はそのことを伝えようとした。

 すると――




 ――ぺこん




 スマホの通知音が、陸のポケットから聞こえていた。


「あっと」


 ちょっとだけ気が散った陸。でも無視を決めこむことにする。すると、またしても――




 ――ぺこん


 ――ぺこん


 ――ぺこん




「うるさいな」


 ひっきりなしに鳴ってくる通知音に、陸はちょっと恥ずかしくなった。


「別にいいわよ。どうぞ」


「や。でもたぶんサクだし」


 どうせ咲久のことだから、ひまりとちゃんと和解できたのか気にしているのだろう。

 ちょっと考えれば、まだ取り込み中だって気が付きそうなものだけど、そこに気付かないのが咲久と言う人間なわけで。


「だったらなおのこと出なさいよ。貴方、誰のために頑張ってるの?」


「あ……」


 言われて、はっとした陸だ。


 そうだ。自分の目的は、あくまでも咲久を守ること。

 なら、その咲久から連絡があったのなら最優先で対応しなきゃダメだろうに。

 ひまりとの交渉はもちろん大切だけど、咲久本人に勝るものじゃない。


 そうこうしている間にも、着信音はぺこんぺこんと鳴り続けている。


「分かったからちょっとは加減しろって」


 陸はしつこすぎる咲久に文句を言うと、スマホを取り出した。


┏━━━               ━━━┓


  riku


  りく


  リク


  陸


  あ


  できた


  よし


  おーい


  陸ー


  陸やーい


  返事しろー


  あれ?


  失敗かな?


  ビックリさせたかったのに


┗━━━               ━━━┛


「……なんだこれ?」


 まったく意味の分からないメッセージを連発する咲久に、陸は首をひねった。

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