第25.4話 四日目。午後。むすひ(四)

「貴女も出て行くのなら止めないわよ。ただし、お代はお友だちの分もちゃんと払ってもらうけど」


 ひまりは、大人しくなった迷惑系・女子に告げた。


「そりゃあもちろん払いますよー。アタシ、別にドロボーしに来たんじゃないですし」


 と、彼女。さっきまで強要や業務妨害をしていた自覚はないのか、まるで善良な一市民気取りだ。


「あら、そうなの。だったらもう一つ。今日、貴女がここで撮った動画、全て消してちょうだい」


「ええ~? 今ですかぁ?」


「今よ。いいからやりなさい」


 静かに、けれどしっかりと命令するひまりに、女子はスマホをテーブルに置いた。そして一つ一つ手順を確認するように動画を消していく。


「はーい。これで全部ですけど、もーいいですよねぇ?」


「……いいわ。じゃあ次はお会計ね。さっさと済ませて出てってちょうだい」




 こうして、迷惑系・女子はひまりに付き添われるように会計を済ませると、むすひから出て行った。


 ◇ ◇ ◇


「あの……先輩。本当にありがとうございました」


 迷惑系の二人が退店してから少し。


 店の雰囲気が落ち着くと、咲久さく店員が、解決に大きく貢献してくれたひまりにお礼を言っていた。


「リクも。助けてくれてありがとね」


「や。オレはなにも……」


 かえってバツの悪い気分になった陸。

 お礼を言われたって、実質なにもしていないのだ。こういう時は放っといてくれる方がありがたいのだけど。


「それよりも咲久。貴女最近ちょっとつかれてるんじゃない?」


 ひまりが咲久を心配した。


「え? いえ。確かにちょっとびっくりはしたけど別に疲れてはないですよ?」


「じゃなくて、憑かれてる・・・・・って言ったのよ。貴女、一昨日大変な目に遭ったばかりなのに今日もこれって、普通じゃちょっと考えられないじゃない」


「あ~……アハハ……どうなんでしょうね? ねえリク?」


「ぅえっ!?」


 陸は狼狽ろうばいした。


 なんでそこでオレに振るのよ!? ――今の咲久が破滅憑きだってことは当然知っている。けど、それを馬鹿正直に「うん憑かれてるから注意しなよ」なんて言えるわけがない。


「さ、さあ? どうだろうな~。ア、アハハハハ……」


「なに焦ってんの?」


 へったくそなウソで冷や汗かく陸に、不審な目を向けた咲久。


 とは言え陸、咲久がたま~に見せるこう言う無自覚な核心の突き方には、本当にドキリとさせられているのだ。

 けどその反面、陸のこうした動揺どうようにも、あまり深いところまでは突っ込んでこないのが咲久と言う人間で、だから彼、本当ならそこまで狼狽するほどのことじゃなかったのだけど……


「――あれ? もしかしてコレ……オレ、全然脈なくない?」


 陸は気付いてしまった。

 ついに彼は、――陸の動揺を気にしない咲久=陸自身にあまり関心がない咲久――と言うロジックに、気付いてしまったのだ。


「や。ウソだろ……」


 陸はがっくりとうなだれた。そしてショックのあまり「はぁあぁ~あぁ~……」と、鼻の奥がツーンとするようなため息を吐き出す。




「貴方ね。人を呼び出しといてその態度はなに?」


「え?」


 ため息を吐ききった陸が顔を上げると、そこにいたのは不快感をあらわにしたひまりだった。


「……あ! や。違っ……そうじゃなくて!」


 慌てた陸。


 全然そんなつもりじゃなかったとは言え、ひまりの方を向いてため息を吐いてしまったのだ。これじゃ、彼女に対して不満を表明したと思われても仕方がない。


「なにが違うのよ? 人の顔見るなりため息って、失礼にもほどがあるわ。咲久がどうしてもって言うから来てあげたけど、やっぱり無駄足だったみたいね。帰る」


 ひまりはふっときびすを返すと、店を出て行ってしまった。


「あ……ちょっと……ねえ……」


 そんなひまりの後ろ姿を見送るしかできなかった陸。


 やっぱりダメだ。

 どういうわけだか、ひまりが絡むとなにをやっても裏目に出る。

 そもそも、彼女を勧誘するなんてこと自体が間違いだったのだ。


「ねえりっくん・・・・。アナタ、何やってんの?」


 陸が世の無情について悟ろうとしていると、背後から咲久の声がした。


 この声色。言い方。振り返らなくても分かる。咲久は今、きっと最上級の笑顔で自分のことを見ているはず。


「りっくん。お姉ちゃん・・・・・の言いたいこと、分かるよね? 早く追いかけないと、さすがのお姉ちゃんも、怒るよ?」


「で、でも……」


 もう無理だから。陸は恐る恐る振り返った。すると、そこにいたのは清々しいぐらいの笑みを浮かべた咲久で……


「でもじゃない! さっさと行って今までのこと全部謝って来なさい!」


「はいいっ!」


 こうして陸は、他の客の視線を独り占めにするという不栄誉にあずかりながら、むすひを飛び出したのだった。

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