第25.2話 四日目。午後。むすひ(二)

「あーちょっと!」


 りくは、問題のカップルに呼びかけた。


「ああんっ!?」


 そうして返ってきたのは、迷惑系・男子の威嚇いかくだが人語だかよく分からない返事。


「や、あの……」


 陸は早速後悔した。陸はああいうタイプの人間が一番苦手なのだ。

 けれど、あそこで咲久さくが困っている以上、このまま見捨てるなんてできない。


「あー、今そっち行きますんで」


 勇気を出した陸は、彼らの元へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「っす」


 陸が到着すると、そこにいたのはもう半泣き状態の咲久店員と、性質たちの悪そうな一組のカップルだった。




「あ……リクぅ……」


「なーにやってんだよ。ほら、立ちな」


 土下座寸前まで追い詰められ、座り込んでいた咲久を後ろにかばった陸。

 本当は陸にも余裕なんてない。ただ、咲久にだけはちょっといいところを見せたくて、強がっているだけだ。


「あ? あんだテメエ?」


「あっれぇ? なんなんですアナタぁ? これ、ウチらの問題なんでー、ちょっと引っ込んでてもらえませんー?」


 そんな陸を、彼らは敵とみなしていた。


 ◇ ◇ ◇


 なるほど。


 陸は理解した。

 この二人、男子がトラブルを起こし、女子はその様子を撮影する。そういう役割になってるらしい。


 なるべくなら一生関わりたくない連中に、陸は早くも嫌な汗をかき始めている。


「あ、あの。申し訳ないんすけど、ちょっとうるさいんで……その、静かにしてもらえます?」


「はぁん!? テメエにゃ関係ねえだろ!」


「う……」


 相手の剣幕に陸はたじろいだ。


 ちょっと注意しただけでこれ。今までどんな生き方してきたんだろう?


 それでも陸は引かなかった。なにしろ、こっちは咲久の破滅がかっているかも知れないのだ。


「や。関係あります。だって迷惑だし」


「ああんっ!?」


「や。だからあの……もうちょっと静かに……」


「おぉんっ!?」


「だから! うるさいって!」


「はあぁんっ!?」


「ぷっ……二人ともウケる」


 お互いに引こうとしない陸たちを、女子が笑った。


「いや。アナタも一緒すよ。撮影すんの、止めてくれます?」


 陸は女子に矛先を変えた。

 彼女、自分は関係ないみたいな顔してるけど、とんでもない。こんな動画を世界中にバラ撒かれたら、それこそたまったもんじゃないのだ。


 けれど陸の言葉は、彼女にはちっとも効いていないようで。


「どーしてぇ? むしろメーワクこーむったのウチらの方ですけど?」


「や。だってアレ、ヤラセっしょ? サ……あー、この店員に足引っ掛けてたの、オレ見てたし」


「はぁ? 足掛けたぁ? 誰がぁ? 証拠はー? 証拠はあるんですか?」


「え? ……と、それは……」


 撮影を止めようとしない女子に、陸は言葉を詰まらせた。

 証拠なんてない。それどころか、本当はその瞬間すら目撃していないのだ。


 たまたま他の客がそう話していたからそう言ってみただけで、その客もさすがに犯行を撮影なんてしてないだろう。




「ないんですかぁ? はい言いがかり決定ー。あ~あ、アタシ傷付いちゃったな~。ひぼーちゅーしょー? これもう慰謝料でしょ?」


 なにも言い返せない陸を、女子がここぞとばかりに責め立てた。


「ほ~ら~、証拠ー。証拠出してくださいよー?」


「や。だから、その……」


 責めまくる女子に、目が泳ぐばかりの陸。


 もうかれこれ15年も事なかれ主義でやってきた彼なのだ。

 そんな人間が、いきなりこんなキツめの場面に首を突っ込んだって、満足に戦えるわけがなかった。




「ショーコ出せってんだよオラァ! ねーんならテメエも土下座しろやっ!」


 陸は追い詰められた。

 これ以上やっても勝つ見込みはない。なら、ここは相手の言う通りにすれば、これ以上怒鳴られずに済むんじゃ……


 そんなふうに考えてしまった陸。


 すると――


「証拠ならあるわよ」


 突然聞こえてきた声に、陸は振り向いた。

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