第25.1話 四日目。午後。むすひ(一)

 夕方も5時を過ぎたころ。むすひ。




「お待たせしましたー。こちらご注文のコーヒーでーす」


「……」


 いつもの席で、いつもと違うドリンクを突き出されたりくは、店員の様子をジトっとした目で見ていた。


「ご注文は以上でよろしいですね? 何かございましたら、そちらのボタンでお呼びくださーい」


「……あのさ」


 陸は、立ち去ろうとする店員に言った。


「――サクも一緒に謝ってくれるんじゃなかったっけ?」


「まあうん、最初はそのつもりだったんだけど、やっぱり店長に急用できちゃって」


 と、咲久さく店員。彼女はそれだけ告げると、忙しさをアピールするように去っていく。


「……やっぱり・・・・ってなんだよ? はぁ……」


 厨房の方に消えて行く咲久店員の背中を、恨めしく見送った陸。それからカバンに目をやって、またため息。




 陸がカバンに目を向けたのは、そこにおはしが入っていたからだった。

 お詫びのしるしに――なんてつもりで遊饌ゆうせんで女子が好みそうな箸を見繕ってはみたけれど、ひまりの好みなんて知るはずもない。


 本当にこれでいいの? 不安の尽きない陸なのだ。




(わらわ思うんじゃけど、そなたって結構チキンじゃよな? 男子おのこならもっとドンとふんぞり返っとればいいのに)


 どうにも気持ちが沈みがちな陸に、奇稲田くしなだが言った。


「そりゃ、クシナダ様の時代ならそれで良かったんでしょうけど」


 彼女の言い草にちょっとムッとした陸。そして最期に、「これだから老害は」と、ぽつり。


 だってこの神様、案外デリカシーがないのだ。こないだも人のことぼっちとか言ってたし。

 そりゃあ彼女、昔のヒトだからそう言うの分かんないのかも知れないけど、それにしたって限度ってものがある。


 すると奇稲田、年寄り扱いされたのが意外だったようで、


(な、なんじゃと! まさかそなた、わらわを年寄りじゃと思っとったのか!?)


 彼女は珍しく狼狽ろうばいした。


「や。思うもなにも、生まれたのが二千年前~とかなのは事実でしょ?」


 ただ事実を述べただけ。と、陸。


 だいたい普通に考えて、神話に出てくる奇稲田姫が若いわけがない。

 それに三貴子の一柱ひとはしら素戔嗚尊スサノオノミコトに嫁いで、子どもまでいるようなヒトがなにをいまさら。


(そ、それはそうじゃが……ぬぐぐっ!)


 歯噛はがみする奇稲田に、ちょっとだけを溜飲りゅういん下げた陸。


 と――


 ◇ ◇ ◇


「きゃあっ!」

「ああっ!? なにやってんだテメエ!」




「――っ!?」


 突然の聞こえてきた不穏な声に、陸は目を向けた。

 どうやら、ずっと向こうの席でカップルがブチ切れているようで――




「す、すみません」


「あーあー。どーしてくれるんですかコレー?」


「すみません。あの、今タオル持ってきますから」


 どうやら彼ら、店員の粗相で服を汚されたらしい。

 店員はミスを認めて謝っていた。けれど彼らは――


「土下座」


「はい?」


「だから土下座だ土下座。できねーってんならケーサツ行きだコラ!」


「あはっ。アンタひっどいこと言うねー? でもサイコーじゃん。やってもらおーよ、それ」


 どうやら、お世辞にも素行の褒められたカップルじゃなかったらしい。

 金髪を刈上げた体格太めの男子と、派手な髪色とネイルが特徴の女子の二人が、店員を責め立てている。


「すっ、すみませんっ。今、タオルを――」


「んなこたいーから土下座だコラァッ!」


 男が、ドンッ! とテーブルに拳を叩き付けると、店員がビクっと怯えた。




「あっ! あれ、サク!? ああもう。なにやってんだよ」


 やらかした店員とは咲久のことだった。気付いた陸は、腰を上げた。


 すると、他の席から――




「ねえあれ……」

「うん。さっきわざと足引っ掛けてなかった? たぶんアレ、迷惑系の……とかじゃない?」

「でも普通そんなことする? そんなことしたら逆に晒し者決定じゃん」

「あー、きっとそんなことも考えられないぐらい底辺なんじゃ……」




 事故の瞬間を目撃していたらしい客のひそひそ話が、陸の耳に届いていた。


「クシナダ様! サクが!」


 咲久のピンチだ。陸は相棒を呼んだ。


 けれど、


(……)


 相棒は、返事をしなかった。


「あれ? クシナダ様?」


 反応の悪さに、陸はもう一度声をかける。


 すると今度は、


(わらわ老害じゃから、イマドキの迷惑系ムーブなんてどうすればいいか知らんもん。勝手にすれば?)


「ええ……」


 陸は困惑した。

 どうやら彼女、さっきの件でへそを曲げてしまったらしい。


「ね、ねえ。サクのピンチなんすよ。助けに行きましょうよ?」


(つーん)


「ね? そこを何とか」


(つーん)


「お願いしますから!」


(つーん)


「……だってほらアレ。サクが! これも破滅的なアレかも知れないでしょ?」


(……チラっ……つーん) 


「ああもう! 分りましたよ!」


 これ以上構っていられなくなった陸は、席を立った。

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