第21話 三日目。夜。自室。

 三日目。夜。自室。




『あっははははは……』


 りくは、スマホの向こうで腹を抱えているらしい海斗かいとの笑い声を、じっと我慢して聞いていた。


「や。笑い事じゃないんだけど」


『いやいや、笑うなってそんな……御代官様、いくらなんでもそれはご無体で……ははははは……』


 彼、どうしても笑うのを止められないらしい。


 なぜ海斗がそんなに笑っているのか? それは、たった今陸から聞かされたことにあったのだけど……


 ◇ ◇ ◇


 時はさかのぼって、午後。遊饌ゆうせん――




 一瞬の閃きを得た陸は、なけなしの勇気でひまりに氷室の守りを押し付けていた。


「……なに? どういうこと?」


 その意味を尋ねるひまり。


「これ……これ……」


 けれど、陸には質問に答えるだけの勇気なんて残っていなかった。

 だた下を向いて、お守りを受け取ってもらえるようにグイグイと押し付け続ける。


 ――突き返されたっていい。一瞬でも触ってくれさえすれば、きっと彼女の荒ぶるみたましずまってまって、自分にも優しく接してくれるようになるはずなのだ。


 すると……


「ねえ。顔を上げて?」


 それは、陸の想いが通じた瞬間だった。


「ね? 顔上げてくれないと私、困るのよ。だから……ほら」


 愛情すら感じるひまりの言葉。


 陸は自身の閃きに感謝した。やっぱりひまりのキツさは荒魂あらみたまが原因だった。


 陸は顔を上げた。

 すると、そこにいたのはとても穏やかな微笑みを浮かべたひまりで……


「ね? どうして私が困ってるか、分かる?」


 ひまり微笑みは本物だった。


 笑った彼女はとても素敵だ。

 彼女、笑うとこんなにも禍々まがまがしいオーラが現れるなんて思いもしないことで――え? 禍々しいオーラ・・・・・・・


「え? ――ああっ!?」


 陸は気付いた。


 自分の押し付けたお守りが、ひまりのどこに・・・・・・・当たっていたのかを。


「歯、食いしばりなさい……まさか言い訳なんて、しないわよね?」


 それは、陸が未だかつて見たことがないほどに慈愛に満ちた笑顔だった。


 ◇ ◇ ◇


『――で、思いっきりビンタ食らって逃げてきちゃった、と?』


「だから笑い事じゃないんだって……」


 事の顛末てんまつを話し終えた陸は、まだヒリヒリしている頬をでた。


『でもあれだよね? 陸君、別にあの人のことが推しだとか、好きだとか、そう言うことじゃないんだよね?』


「え? うんまあ」


『だったらもう無理に仲良くなる必要ないじゃん。諦めたら?』


 それは、もっともなアドバイスだった。


 でも、それができたら苦労はない。

 と言うか、それができるんなら喜んでそうしたいと思っている陸だ。

 でもできない。

 だって、咲久さくが学校にいる間の護衛を頼める相手なんて、彼女以外に知らないのだから。


「ん……や。でももうちょっとだけ頑張ってみたい……んだけど」


『……まあ、そこまで言うならぼくも一緒に考えるぐらいはするけど』


 事情を知らない海斗は、諦めない陸に疑問を持ったようだった。


 ◇ ◇ ◇


(まったく……無断で女子おなごの乳房に触れるなど、そなたもとんだ助平野郎じゃな!)


 海斗との通話を終えると、奇稲田くしなだが開口一番でお小言を始めた。


「や。でもオレだってそんなつもりじゃ――」


津森つもり家守やもりもないわ! このれ者が! 助平! 痴漢! 変質者!)


 言い訳がましい陸を、あらん限りの悪口で罵倒ばとうする奇稲田。


(大体そなた何がしたかったのじゃ? 我が氷室の守りを持って女子の胸を突くなど……共犯か? もしやそなた、わらわを共犯にせんとはかりおったのか? しかもそなた、またしても娘を放って逃げ出すなどという愚行に出おって! そんなんじゃから、そなたは――)


「や。だから違うって! だってセンパイがオレのこと嫌ってるの、荒魂が悪さしてるせいでしょ? だから、小宮山君の時と同じ方法を使えばって……」


(……ああ……)


 理由を聞いた奇稲田は、怒りを収めた。


 ◇ ◇ ◇


「え!? 荒魂は関係ない!?」


 奇稲田の解説を聞いた陸は、今日一番驚いた。


(さよう。全てはそなたの思い違いじゃ)


「じゃ、なんでセンパイ、あんなにアタリが強いんです?」


(そりゃ単純にそなたのことが嫌いなんじゃろ)


 割と傷付くことを平気に言ってくる奇稲田に、痛恨の思いの陸。


 でも言われて見ればその通りだ。

 確かにひまりは、咲久さく雨綺うきに対しては普通に接していた。

 もし荒魂が原因であんな性格になっていたのなら、誰彼構わずケンカ腰になっているのがあるべき姿。


(自ら考え、解決せんとしたその姿勢は良いのじゃがなあ……)


「う……」


 奇稲田のなぐさめが、かえって陸をさいなんだ。


 なんで先走ったかなあ? その道の専門家クシナダがすぐ傍にいたのに。一言相談すれば、こんな失敗しなくて済んだのに。


「すんません……」


(いや。もう済んだこと。くよくよするより次の手を考えるのが上策じゃ)


「うう……」


 優しさが痛い。陸はますます落ち込んだ。


(あ。そうじゃ陸よ。わらわな。そんなそなたに一つ、とっておきを教えてやろうと思うのじゃが……)


 突然そんなことを言い出した奇稲田に、陸は耳を傾けた。

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