第20話 三日目。午後。遊饌。

 三日目。午後。


 ここは、川薙かわなぎ最大の観光名所・町屋まちや通りにあるおはし専門店・遊饌ゆうせん




「ねえ」


「はい?」


「なんで貴方がついて来てるの?」


 ひまりがりく胡乱うろんな目を向けてきたのは、三人・・がそれぞれに箸を選び始めてからのことだった。


「や。たまたまオレもここに用があって」


 と、向こう側に見えるもう一人・・・・を気にしながら、陸。


 一行いっこうの三人目、咲久さくは今、店の奥の方で熱心に箸を眺めていた。

 彼女、昨日のことがあって午前中は家族からバイトを休まされていたけど、実際は見ての通り。まったくもって元気な様子。


「だったらその用事ってのサッサと済ませて帰って。私、貴方と一緒だと落ち着いて選べないのよ」


「ええ……」


 けんもほろろな態度のひまりに、早くも泣きそうな陸。




 ――午前中。

 陸は「ねーちゃん押し倒した件」について、ひまりに説明する羽目になっていた。

 けど、それもケガの功名と言うべきか。

 陸が、倒壊する絵馬掛けから咲久を守ったことを懇切丁寧に説明すると、感心したひまりが、「私、貴方こと少し誤解していたみたいね」とのお言葉をくれたのだ。

 そんなことがあったから、この流れなら彼女の勧誘も上手くいくんじゃ? なんて淡い期待していた陸なのだけど……




「貴方のこと見直したとは言ったけど、好きじゃないことに変わりないの。分かったらなるべく早く帰ってちょうだい」


「あ。やっぱり好きじゃないんすね」


 言いたいことを言って咲久の所へ行ってしまったひまりに、陸は傷付いた。


 初めて会った時からそんな気はしてた。ひまりは自分を嫌ってるんじゃないかって。

 でもあらためて面と向かって言われると、やっぱりショックでしかない。


(なにをしておる。早う誘わんか!)


 傷心の陸を、ぷんすかと叱咤しったしたのは奇稲田くしなだだった。


「そう言われても……」


 躊躇ちゅうちょした陸だ。どうしても脚が出ていかない。

 それどころか、気力も出てこない。絶不調。


 もうすでに望み薄なのだけど、どうしろと?


(そんなこと言っておる場合ではなかろう! 娘のため! 誘えったら誘うのじゃ!)


「ええ……」


 陸は困った。

 彼女、咲久のためと言えばなんでも通ると思っているらしい。


 勿論、陸にだって分かってる。

 今のままじゃ、咲久を守りきれないし、ひまりの協力が不可欠だってことぐらい。

 でもこんなに分かりやすく嫌われてるんじゃ、何を言ったって逆効果なんじゃ?


「ハァ~……こんな時、小宮山君だったら……」


 陸は嘆いた。

 あの、相手が誰でも平気で話しかけられる性格が自分にもあったなら。


 すると、


「呼びました?」


「なんでいるの!?」


 いつの間にかそこにいた海斗かいとに、陸は驚いた。


 海斗の家はたしか川薙の隣の市。なにもなければ、こんな所にいるはずがないのに。


「あそうだ、陸君。昨日ぼくが帰った後、事故があったってホント? それ、ばあちゃん話したら見て来いって言われちゃって――」


 なんでもばあちゃんのせいにするな。陸は思った。


 ◇ ◇ ◇


「ふーん。嫌われてる人と仲良くなる方法、ねえ」


 事情を話したくなかった陸が要点だけ説明すると、それでも海斗は快く相談に乗ってくれた。


「それってあの人? さっきなんか話してたみたいだけど」


「あ。まあはい」


 見てたのかい。――気恥ずかしくなった陸。


 念のため言っておくと、陸は別にひまりに気があるわけじゃない。

 ただ、咲久が学校にいる間に破滅が来たら困るから、彼女の協力が必要なだけ。

 だから、決して下心があるとかじゃないのだけれど……


「うーん。あれはちょっと難しいかな。じゃ、ぼく神社行ってくるんで」


 海斗の答えは無情だった。

 彼は陸がウダウダと言い訳を考えている間にあっさりと攻略難易度を見極めると、そのまま神社の方へと向きを変えたのだ。


「またあとで考えてみるけど……ムリじゃないかな」


 それだけ告げて、さっさと休日の人ごみの中に消えてしまった海斗。


「あ。ちょっと……」


 呆気にとられた陸は、彼の背中を見送るしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


(ふふ……それにしてもあやつ。すっかり健やかになりおったな)


 取り残された陸ががっくりしていると、嬉しそうに言ったのは奇稲田だった。


「あ。それってお守りの?」


(うむ。氷室ひむろを信ずる心も育まれとるようじゃし、良いこと尽くめじゃ)


「氷室を信じる?」


(ああいや。これはそなたには直接関係のないことじゃが……とにかく。そなたは善い行いをした。と言うことじゃ)


 満足そうな奇稲田に、まだちょっと消化不良気味の陸。


 ――つい先日、荒魂あらみたまの働きが弱っていた海斗を救ったのが、陸の渡した氷室のお守りだ。

 奇稲田はその成果を純粋に喜んでいるみたいだけど、偶然たまたまそういう流れになっただけの陸には、やっぱり実感なんて湧かないわけで――


「あ!」


 陸は突然声を上げた。


 そう言えば、奇稲田が言っていた。

 荒魂と和魂にぎみたま。この二つが調和することで人は健やかになれるのだ、と。

 そして荒魂とは荒々しさを司る存在。要はやたら怒りっぽい人とかは、これが強すぎることが原因だったりするのだ。


「てことは……」


 陸は、興奮する自分を落ち着かせて考えた。


 ひまりのあのキツさは、強すぎる荒魂が原因なんじゃないだろうか。そして、もしその仮説通りなら、お守りの力・・・・・で治せるのでは? いや。治せる!


「っし。やるぞ!」


 希望が見えてきた陸は、ひまりの元へと向かった。




「あ、あのっ! ひまちゃ――長谷センパイっ!」


 ひまりが咲久から離れた瞬間を見逃さなかった陸は、思い切って声をかけた。


「え?」


 珍しく思い切りのよい陸に、はっと驚いたひまり。


 陸は動いた。

 いつも持ち歩いている例のお守りを取り出すと、決心が鈍らないうちに彼女にアタックする。


「あの……これ、貰ってくださあぁいっ!」


 陸は、ひまりにお守りを押し付けた。

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