第18話 二日目。夜。反省会。

 二日目。夜。時計の短針が11を指した頃。




「ああ~疲っがれだ~」


 やっとのことで家に帰って来られたりくは、自室に直行するなりベッドに突っ伏していた。


(今日はようやった。頑張った。にじゅうまるじゃ)


 と、いつになく優しい|奇稲田くしなだ


「今日のあれ……やっぱアレすよね?」


 陸は枕に埋まった顔を起こして尋ねた。


「てことはすよ? これでサクの破滅は回避できたってことになったり――」


 今日は本当に危なかった。もし咲久さくがあのまま絵馬掛けの下敷きになっていたら、無事じゃ済まなかったはず。

 あれが破滅じゃなかったら一体何が破滅になると言うのか?


(せぬな。残念じゃが)


  けれど奇稲田は、陸の甘い観測をばっさりと斬り捨てた。


 奇稲田の分析はこうだ。――自分は咲久の破滅を予見して現れた。なら、破滅が去ったのなら、自分もまた消えていなくてはおかしい。


(――要はわらわとそなたがこうして話しておる内は油断できぬ、と言うことじゃ)


「え……」


 淡々と分析結果を伝える奇稲田に、陸は胸がキュッと締め付けられた。


 破滅がまだ終わってないのは仕方がない。でも、咲久の無事=奇稲田の消滅なんて初耳だったのだ。

 今の状況に慣れ始めている陸にとって、奇稲田が消えるとは、友だちの死に近い。


「消えるって……それ、どうにかならないすか?」


(なんじゃ? そなた、わらわのことを案じておるのか? しかしどうにもならぬ。摂理せつりじゃからして受け入れよ)


 リクとは反対に、奇稲田はどこまでもドライだった。


 ◇ ◇ ◇


(しかし、よもやよもやの事態よな。まさか我が神域の内であのような事が起ころうとは)


 奇稲田がそんなことを言い出したのは、陸がもう寝ようとした時のことだった。


「よもや?」


 陸は言葉の意味を考えた。


 よもやと言えば、今日の事故のことだろう。

 氷室神社ひむろじんじゃなんて奇稲田の本拠地みたいな場所で事故が起きるなんて、正によもやよもやだ。


 それにもう一つあるとすれば、あの事故が結構な騒ぎになってしまったこと。

 実は陸、あの一件で脚を怪我していて、あのあとすぐに病院へと急行したのだ。

 まあそれ自体は大したことじゃなくすぐに戻れたのだけど、問題はそのあと。戻ってみたらなんと現場に警察が来ていたのだ。

 それからの陸は聴取に追われたりなんかして、だから結局こんな時間になるまで家に帰れなかったのだ。


「うん。確かにあれはわ」


 陸は今日の出来事を思い返して面白がった。


 なにしろ陸、病院に急行するのも、警察に聴取されるのもこれが初めてで、大変だと思う反面、楽しくもあったのだ。


(なにを気楽な。そなた、此度こたびのこと、どこで起きたのか分かっておるのか?)


「え~?」


 呆れる奇稲田に、もう一度考え直す陸。


 事故が起きたのは氷室神社。奇稲田の言う通り、あそこは彼女の神域で……


「ああっ!」


 陸は飛び起きた。

 そうだ。事故が起きたのは神社の中!


 昨日、「家にいる分には咲久も安全」とか奇稲田が言うから、自分もこうしてのんびり反省会なんぞしていられるのだ。

 なのに、それが必ずしも安全じゃないとなれば……


「ど……どどど、どうするんすか!?」


 陸は取り乱した。


 一刻も早く咲久の元に行かなければ。じゃないと咲久が――


(落ち着け。今日はもうなにも起こりはせぬ)


「なんでそんなこと分かるんすか!?」


(声。じゃ)


「声?」


 意味不明な回答に、陸はピタリと慌てるのを止めた。


(うむ。そなたも聞いたじゃろう? 我らに敵対せし悪しき神霊の怨嗟えんさの声を)


 ◇ ◇ ◇


「――あれ、空耳じゃなかったんだ」


 奇稲田の説明を聞いた陸は、今日聞いた声を思い出した。


 陸が奉仕中に聞いたあの空耳。


 ――ねーまだー?――


 と、言っていたあの声。あれこそが、破滅をもたらす仇敵の正体だ。と、奇稲田は言うのだ。


(わらわの鏡を持っていたことで、予期せずそなたにも聞こえたのじゃろう)


「へーえ」


 奇稲田の分析に陸は感心した。

 因みに、奇稲田の分析はこうだ。


 ――あの時の声は、誰かに催促さいそくしている様な感じだった。と言うことは、たぶん相手は奇稲田と同じように人間と協力関係にある者。

 そして予想通りなら、夜間に行動を起こされる心配はない。

 なぜなら、夜の神社にノコノコと踏み入ってくるような人物がいれば、氷室の御祭神ごさいじんたる奇稲田に見つからないはずがないのだから。




(――此度のこと、人の多い日中だからこそ紛れることができたと言えよう。夜の間はそう心配せずともよい)


 奇稲田は、次こそはしくじらぬと息巻いた。


「その相手の神霊っての、もしかしてクシナダ様の知り合いだったりしないすか?」


(いや。神と一口に申しても八百万やおよろずもおる。それはなかろう)


 奇稲田は答えた。


 ▽ ▽ ▽


 八百万やおよろずの神。


 日本には、創生以来誕生した数えきれないぐらい多種多様な神様が存在していて、それらの神様たちを総称するときに使われる名称。

 本当に800万はしらいるとかそう言うことではない。


 因みに、神も妖怪も本質は一緒だったりする。


 △ △ △


(なんにせよ、今後はあの声の主とその従者を探す事じゃな。それが娘の破滅を防ぐ最短最良の道となろう)


「なるほど」


 奇稲田が示した方針に陸は頷いた。そしてごろんと寝転がると、奇稲田と一緒に現状分かっていることを整理する。




 ①破滅をもたらす者の正体は神霊。

 ――奇稲田の鏡で声を傍受できた。神かあやかしかまでは不明だけど、声のノリはなんか軽かった。あと、そいつに協力している人間がいるっぽい。


 ②神社は必ずしも安全ではなくなった。けど、夜ならまだ大丈夫。

 ――一度はしくじったとは言え、夜間であれば奇稲田も警戒しやすい。今度こそしっかり守ってもらおう。


 ③協力者は必須。

 ――情報が増えたとは言え、陸一人じゃ限界がある。咲久を守るためにも仲間を増やそう。




「なんにしても仲間は必要かあ」


 陸は天井を仰いだ。もう覚悟できてるとは言え、仲間候補のことを考えると気が重いのだ。




 第一の協力者候補・長谷はせひまり。

 ――異様なまでの目力で陸を睨みつけてくる咲久の先輩。

 咲久によると、明日あらためて遊饌ゆうせんに行くと言うことだったから、その時が勧誘のチャンスなのだけど……




「あ。ちょっとお腹痛いかも……」


 陸はうずくまった。こんなにお腹が痛いのは、氷雨が降りしきる受験の日以来。


(なにを情けないことを……いい機会じゃし、そなたもいい加減ぼっちを卒業してはどうじゃ? そのための試練だと思えば、そう苦しくもなかろう?)


「いやいやいや。別にオレぼっちじゃねーし!」




 ――二日目。陸はいよいよ襲い掛かってきた破滅をどうにか防ぐことができた。


 しかし神託で示された期間は最長であと五日。


 陸は、この勝負の五日間を乗り切るための次なる一手として、胃腸薬を取りに行った。

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